鬼の巫女姫

第六話

時麻呂「あな、恐ろしや」
表情を歪めて大袈裟に怖がる。かと思えば椿に気付きにんまりと笑う。
時麻呂「……おや、この娘は?」
 時麻呂はまとわりつく様な視線を向ける。その異様さに椿はゾワリ、背筋を凍らせる。
椿モノ『この男の気配。人のものとはかけ離れている』『とにかく、関わってはいけない。そんな予感がする』
椿の額に冷や汗が滲む。
時麻呂ニタニタとわらいながら、
時麻呂「確かこの屋敷には鬼の娘が三匹いるはずだったかの」
椿「ヒッ」
悍ましさに慄いて後退りする椿。庇うように前に出る鐡。
鐡「この子は里の神社の巫女だ」
時麻呂「ほう」「だが、鬼ならば狩る。見たところあまり高値が付きそうもないがのう……」
ジロジロと椿を見る。
時麻呂「まあよい」「女であれば使い道はいくらでもある」
椿モノ『この男にとって鬼は物でしかないのだ』『これまでも同胞を捕えてきたのだろうか。だとすれば許せるはずがない』
椿は怒りを覚える。
鐡「だまれ、時麻呂」「鬼たちはお前の道具じゃない!」
椿は自分の思いを代弁してくれた鐡への信頼の高まりを覚える。そんな思いを込めた眼差しで彼を見つめ、小さく頷く。
鐡はニッと笑い返す。
二人のアイコンタクトに苛立つ時麻呂。地団駄を踏みながら、
時麻呂「うるさぁい!」「また呪いをかけてやろうか」
袂から呪符を取り出してブツブツと呪いの言葉を呟き始める。
時麻呂から禍々しい黒い霧が湯気のように立ち上る。その黒い霧が鐡を包む。
鐡「ウッ」
 苦しみながら膝をつく鐡。
椿「鐡さま!」
椿ら鐡の背をさすりながら、時麻呂を睨みつける。
椿「やめなさい!」
沸々と血が沸きあがり、腹の底から黒い感情が競り上がってくる。
瞳は黄金色に変わり、黒髪もまた銀色に染まっていく。
仁王立ちで鐡を庇うように時麻呂と対峙する椿。
時麻呂「ほほう」
 時麻呂は嬉しそうに目を細める。面白いものを見つけたといわんばかりに。
鐡「鎮まれ椿!」
 鐡の声は椿には鐵の声は届かない。
次の瞬間には時麻呂目掛けて飛びかかった。
椿モノ『闘い方など知らない』『けれど、体が勝手に動く』
椿の青い炎が時麻呂を覆った瞬間、彼はその姿を消した。
椿「消えた⁉︎」
鐡「逃げやがったな」
 吐き捨てるように鐡が言う。
鐡を覆っていた霧も同時に消えている。
椿「いなくなってくれて、好都合です」
上がった呼吸を整えながら椿は鬼を見据える。
椿モノ『アレは仲間ではない。敵だ』『容赦などする必要はない』
じりじりと間合いを図る。
椿(兄や父よりも大きい)(きっと私に勝ち目はないわ)
椿は床を蹴って飛び掛かった。
椿「だったら、お姉さま達だけでも取り返す!」
その瞬間、空中で身動きが取れなくなる。まるで蜘蛛の巣に囚われたように。
椿「うっ」
鐡「椿!」
椿「鐵さま……」
鐡「いま助けてやる!」
 鐵はが椿に触れようとするとバチバチと電流のようなものが流れる。
鐡「うぐっ」
鐵はうめき声をあげた。腕の広範囲が焼けだだれている。
椿「離れてください」「腕が、腕がっ……」
鐡「俺は平気だ」「椿は大丈夫か?」
椿「はい」
椿は大きく頷く。
椿(全身に力が入らないけれど、痛みはない)
どうにか脱出しようと手足を動かそうとするが、張りついている感じで動かない。
時麻呂声「ほほほ」
 薄気味悪い笑い声が響くと鬼の背後から時麻呂が姿を現した。

鐡「時麻呂、貴様っ!」「卑怯だぞ!」
時麻呂「はて? 勝手に引っかかっておいて卑怯とは?」「言いがかりもほどほどにせいよ、虫ケラどもが!」
 時麻呂は顔を歪めて高笑いを始める。広い屋敷の中に響き渡る。
鐡「なんだと? 言わせておけば‼︎」
 鐡は剣を抜いて構える。
椿「鐡さま!」「気を付けて」
 鐡は首をコキコキと鳴らしながら足首をくるくると回した。
次の瞬間、鐡の姿は時麻呂の目の前にあった。
椿(なんて早い)
 椿は瞬きを忘れた。
※これまでの鐡よりも動きが機敏。本気モードな感じ。
剣を持つ腕を後ろに引いて時麻呂の腹目掛けて突き立てる。
しかし、キンという金属音が鳴り響き鐡は二、三歩後退する。
※時麻呂の目の前に透明の壁があるイメージ。

鐡「チッ」「結界か!」
鐡、諦めずに何度も剣を振り下ろすが時麻呂には傷ひとつつけられない。
時麻呂「ほほほ、無駄無駄」
 余裕で高笑いをする時麻呂の白い頬にスッと赤い線が引かれる。そこからツゥーっと血が流れ出す。
鐡の力が結界を破りかけているのだ。
椿「結界が……」
鐡「いつまでそうしていられるかな?」
 鐡は不適な笑みを浮かべる。
椿、ゾクリ、と背筋を凍らせる。
椿は確かな恐怖を抱いた。同時に美しいとも思ってしまう。
椿モノローグ「戦いの最中、不敵に笑う鐡の横顔は獲物を見据える狼のように気高くてゾッとするほど美しい」
棗「う、ん……」
 微かなうめき声に椿はハッと鬼の方に目をやった。次姉が意識を取り戻したようだ。
椿「お姉さま!」「起きてください棗《なつめ》お姉さま‼︎」
 椿は大声で呼び掛ける。
棗「……椿?」「 ハッ、これはいったい⁉︎」
 即座に状況を飲み込んだ棗は鬼の腕からの脱出を試みながら長姉に呼びかける。
棗「姉さま、起きて柚《ゆず》姉さまっ!」
時麻呂「お、お黙りなさい!」
 時麻呂は焦りを見せた。結界が解ける。※ドロリと溶けるように。
鐡の刃が届く。左肩を切り裂く。
時麻呂「ぎゃああ、痛い痛い痛いー!」「なにをしておる餓鬼、撤収じゃ!」
餓鬼と呼ばれた鬼は反応が鈍く、ワンテンポ遅れて時麻呂のほうをジロリと見る。
時麻呂「早うせい‼︎」
ムキーっと怒りながら「はようはよう」と言い続ける。
餓鬼はようやく理解したのか、鬼の姉妹をガッシリと掴み直す。※この後消えるので体制を整えている感じ。
鐡「逃がすか!」
 鐡が飛びかかる。
けれど、時麻呂と鬼は二人の鬼姫を連れたまま、その姿を消した。
それとともに椿を絡め取っていた呪術が解かれる。
※巻きついていた蜘蛛の色が千切れて解ける感じ。
解放された椿は力なく床に倒れ込む。
立膝をつく感じでドサリと。
椿「お、お姉さまたちが連れていかれた……」「う、ううう」
 救えなかった悔しさに椿は泣き崩れる。
非力な自分を責めずにはいられない。
鐡「くそっ! 俺としたことが取り逃すとは……」「すまない、椿。ふたりとも救えなかった」
 鐡は両膝をつくと拳で床を叩く。
椿「謝らないでください、鐡さま」「あなた様は十分戦ってくださいました。私たちのために」
  椿は鐡に駆け寄る。
負傷した両腕に手をかざす。
ポウっと光が発生する。浅く小さな傷はあっという間に消えていく。
しかし、深い傷は治癒には時間がかりそうだ。
鐡「ありがとう椿。もう十分だ」
 鐡は痛々しい腕を持ち上げる。
椿「ご無理なさってませんか?」
鐡「いいや」
安心させるかのように微笑みながら首を振る。
鐡「椿こそ、立ち上がるのもやっとだろ?」
 椿は慌てて首を横に振る。自分より、鐡の方が酷い傷を負っているのに弱音は吐けない。
椿「私は大丈夫で、きゃっ」
 椿の体はふわりと宙に浮いた。鐡が彼女の体を抱き上げている。ジタバタしながら、
椿「おやめください、鐡さま!」「あなたも怪我を負っているではないですか!」
鐡「たいしたことない、それより急ぐぞ!」「炎が迫ってきている」
黒い煙が床を這い、中庭には大きな炎がみえる。轟々と迫ってくる。
椿は状況を理解したようにピタリと腕の中に収まる。
鐡「しっかりと、捕まっておけ」
 椿はそっと鐡の顔を見上げる。時麻呂と対峙していた時とは違う、凛々しい表情に変わっている。
椿「はい、鐡さま」「そこの廊下の奥に、抜け道がございます」
 椿は長い廊下の先を指す。一見して行き止まりのようだが、床に細工があるのだ。
 鐡は椿を抱いて走る。
火の手が迫ってきていた。