鬼の巫女姫

第二話

〇富士川村(鬼灯村)にある神社  昼
境内の神殿から離れた場所にある建物。
その一室へ男を寝かせる。
六畳ほどの和室。窓がひとつあり、そこに布団が敷かれている。
椿モノ『ここは神社の敷地内にある伽耶家族の家。この男が暴れでもしたら大変だ』
椿(念のため結界を張はろう)
 椿は呪文を唱え、畳に指で文字のようなものを書く。すると呪符が浮かび上がる。
椿(よし。これでこの男は部屋から出ることはできない)
椿「湯を沸かして、あとは清潔な衣類を持ってきてくれますか?」
 椿に指示された伽耶と男たちは部屋を出ていく。
 部屋には郡司と椿だけが残る。二人は顔を見合わせる。
 宮司は汚れた男の服を脱がす。
 目をそらしつつも立ち会う椿。
宮司「これは……」
 宮司は男の左胸に浮かび上がる黒い紋様に目を見張った。
その声に椿ものぞき込む。
椿「やはり呪詛がかけられていたんですね……。単に鬼たちに襲われたというわけではなさそうです」
椿モノ『鬼の中にも宮司のように呪術を得意とする者はあるが、呪詛を使う者はいない。そう断言できるのは強大な力を持つ鬼が呪いという姑息な手段を使うことを忌み嫌うから。しかし、時代が変われば考え方も変わるものなかもしれない』
宮司「呪いをかけられ襲われるなど尋常ではありません。この男、いったい何をしでかしたのやら」
椿(もしかすると、とんでもない厄介ごとに首を突っ込んでしまったのかもしれない。伽耶や村の者たちに迷惑をかけてしまうかもしれない)
一抹の不安に襲われた時、宮司が椿の肩を叩く。
宮司「私は姫さまの直感を信じますよ。助けようと思われた、ならば我々はそれに従うまでです。ひとまずこの呪いを解く方法を調べてみましょう」
椿『宮司様は私にとって父のような存在だ。家族から疎まれている自分を敬ってくれる。なんてありがたいことなのだろう』
 「ありがとう」
 椿は深々と頭を下げる。
伽耶の声「椿さま]
ゆっくりと襖があく。
伽耶「湯が沸きました。体を拭くのでしょう? 手拭いも持ってきましたよ! あと浴衣も」
 伽耶が湯をはった桶を手に部屋へ戻ってくる。
皆で手分けをして男の体を拭き、傷に膏薬をぬり、清潔な布で被う。それから浴衣を着せた。
大柄で筋肉質であったので、少々キツくはあるがしかたがない。
伽耶「これはどうしましょう」
 脱がせた衣類は所どころ破れ。血と泥で汚れている。携帯していた刀は日本刀ではなく西洋の剣。
椿「服は洗濯を。刀は、保管させてもらいましょう」
椿(男の荷物はこれだけ。金銭は所持していない。盗まれたのかもしれないけれど……)
宮司「姫さま、我々はこれで失礼します。なにかありましたらすぐにお呼びください」
椿「ええ、ありがとう。伽耶も下がっていいわよ」
 皆が部屋を出て行く。
椿は男の深い傷に手をかざした。
椿(これで治癒が早まるはず)
椿モノ『幼いころから”気”を操るのが得意だった。自分の生気を他人に分け与えることで病気を治したり傷を癒したりすることが出来るのは鬼の中でも稀有な存在』『でもこれじゃ鬼とは呼べない。一族は山を動かすほどともいわれる強大な力をもち炎や雷を操れる』
※鬼の描写
怪物的ではなく、筋骨隆々ながらも美しい雰囲気の男性。金色の瞳、銀色の髪。額上部から角が生えている。
椿モノ『私だけがその力を持たなかった。けれど、そんな私のことを乳母も伽耶も、その家族も素晴らしい力だといってくれた』

〇男の部屋 夜
 椿は男の顔を見つめていた。
月明かりに照らされた頬には若干赤みがさしている。
椿モノ『細面で目鼻立ちのはっきりとした整った顔立ち。鍛錬を重ねてきたのであろう鍛えられた体。それでいて、肌のきめ細やかさ。絹糸のような黒髪。鬼とは違う繊細な美しさについ目を奪われそうになる』
『髪や肌は日ごろから手入れがされていたのではないかと思われて戦いに身を置くような人ではないように見えた』
額に乗せた手ぬぐいを水で絞って乗せ換える。
宮司声「姫様、よろしいですか」
 襖の向こうから宮司が声を掛ける。
椿「どうぞ」
宮司「失礼いたします」
 行燈を手にした宮司が部屋に入ってくる。
宮司「この男にかけられた呪について調べたのですが、ずいぶん複雑なもののようでして解除の方法が分かりませんでした」
 項垂れて頭を左右に振る。
椿「そうですか。解除できないのですね」
 椿は肩を落とす。
椿(身体が回復しても呪いが解けなければいずれ命を落とすだろう)
宮司「はい。ですが方法がないわけではありません。呪いを書き換え無効にするのです。しかしこの方法は身体に大きな負担がかかります。成功するかどうかはこのものの生命力次第ですが………いかがいたしましょう」
 椿は押し黙った。
椿(この男の生命にかかわる決断を軽々しく決めることなんてできない)
男の声「――やってくれ」
椿と宮司は同時に男を見る。
椿「目を覚ましたのですね」
 男はうっすらと目を開けて椿を見た。
朦朧としているのか焦点が合っていない。
男「――ああ」「でも体がまったく動かない……だから、その方法を試してくれないか」
椿「ですが、あなたの命にかかわります。よろしいのですか?」
男「……かまわない。このままいても死ぬだけだろう」
 そうとだけ言って男は目を閉じた。
椿(最後の力を振り絞ったのだろうか。限界が近いのかもしれない)
椿は宮司と目を合わせ頷き合う。
椿「やりましょう」
宮司「承知いたしました」

〇本殿 夜
祭壇の前に座る宮司と椿。
二人の目の前には横たわる男。
男からはドス黒い邪気が霧のように立ち上っている。

ふたりは祈祷を始める。

しばらくして男はうめき声をあげた。
苦しそうに顔をゆがませ玉の汗が滲む。
男の体から禍々しい黒い霧のようなものは一瞬にして立ち消える。
椿は立ち上がると男の元へ歩み寄り、膝をつく。
そろりと男の浴衣を開いて胸元を見る。
呪いの紋様が消えていく。

椿「よかった」「成功したのですね」
ホッとする椿。
深く頷く宮司。
天を仰ぐ椿。