男子校の女王は、冴えない鏡に暴かれる


『第2幕』

「最近、夢を見るんだ」

パッと舞台に照明が点る。舞台中央には赤いソファが残されたままだが、女王と騎士はいない。

その代わりに、大きな姿見と、3人の人間がいつの間にか現れていた。
シルクハットを被った紳士と、青い作業着を着た小太りの男、それから制服姿の青年「A」だ。

青年「A」は、さっきまで横たわっていた女王と同じポーズで、赤いソファに体を横たえている。
夢見るように観客席を見つめながら、彼は第1幕の冒頭と同じ台詞を口にする。何枚も焼き増しした、古い写真をなぞるように。

「濡れた烏の羽のような黒髪。赤々とした薔薇の唇。この世のものとも思えない、絶世の美女。
いつの時代にも、どこの国にも現れる彼女を、けれど俺はけっして捕まえることはできない──何故なら彼女は俺の前世、なのだから」

「絶世の美女が前世?馬鹿を言っては困る」

青年の傍らに立っている、スーツ姿の紳士が嘲笑した。彼の革靴が、舞台の上を甲高く鳴らして、姿見の前で止まった。

「ご覧。君の姿を。君には君がどう見える?」

姿見は紳士の手によって、青年の顔を映す。青年は口ごもりながら、己の姿について説明しだした。

「僕は……どこにでもいる、普通の……とるに足らない……一人の男だ」

「さよう。君の症状はよくある現実逃避ですよ。夢と現実の境目が混ざり合って混迷きわまる──これも現代社会では『よくある病』なのです」

「ならば、先生。どうして繰り返し夢に見るのでしょう。僕にはあの夢が、『女王』が、なにかを伝えたくて現れる気がしてならないのです」

青年は鏡の中の自分を見つめる。鏡を通じて、青年がなにを見ているのかは、観客達には見えない。

「『欲望』でしょうね」

紳士がちょび髭を指でさすりながら、青年の肩越しに囁いた。

「あなたの『顔』はあなたに最も近い存在でありながら、あなたから最もかけ離れている。あなたの意のままにならないものの最たるものです。
あなたはあなたのなりたい『顔』を夢の中で何度も思い描いている。世の中の全てに愛されて、屈服させたい。『女王』でありたいという『欲望』があなたに夢を見させるのでは?」

「女王で……ありたい……僕が……」

「ゴチャゴチャとうるせぇなぁ!」

青い作業着を着た、小太りの男が、紳士を押しのけるようにドカドカと舞台中央に躍り出た。

「センセイのご託は聞き飽きた!青白い精神分析はもう結構だ!ボウズ、そこまで強く『女王』への憧れがあるのなら『女王』を作ればいい!」

「作る?」

戸惑う青年の肩を掴み、作業着姿の男は彼の視線を、姿見から舞台の観客席へと向けた。

「遙か古来から人は『美』を夢見るだけではなく、芸術作品として作り上げてきた。自分が『女王』でないのなら『女王』を『作ればいい』!」

「女王になる……女王を作る……」

何かを見いだしたように、青年はハッとした表情を浮かべた。

そこから、舞台はしばし、青年の試行錯誤が描かれる。

「女王」に「なろう」として、派手でトンチンカンなメイクと扮装をする青年。
「女王」を「作ろう」として、粘土をこねたり、戯曲を書き上げようと苦心する青年。

ユーモラスな音楽を背に、三人の舞台は軽やかに進む。

精神分析書を持つ紳士に分析され、小槌とノミを持った職人に批評され、青年は自分の人生を駆け抜けていく。
観客席の表情は様々だ。青年の失敗を笑う者、難解な内容に眉をしかめる者、どこか悲しい瞳で見守る者。

俺は──自分の出番を待ちながら、その様子を見ている。
昨日の練習まで空っぽだった講堂が、たくさんの顔で埋め尽くされている。その顔が多種多様で、浮かんでいる表情もすべて違う。
そして皆、目の前の舞台に夢中になっている。

そんなことがひどく新鮮だった。

「楽しいって顔をしているな、黒鵜凛」

傍らのイズルが小声で囁いた。

「ミスコンの時は自分に必死で、こんなふうに客の顔見てなかったから、なんか……その、楽しいな」

「初舞台で客席を見渡せる余裕があるのはさすがだな」

ウンウンと嬉しそうに頷きながら、イズルはグッと親指を突きたてた。

「舞台裏で張り詰めいた緊張感が、いざ舞台が始まればスパークしたように溶けていくだろう。
 身も心もほぐれている証拠だ。1幕は素晴らしかった。自分でもそう思うだろ?」

「なんでもお見通しなんだな、名演出家は」

「演者の心を理解できずに演出はできないよ」

紳士と職人が喧嘩をし始めるシーンで、観客達がドッと笑った。
青年が「あー!もうめちゃくちゃだぁ」と嘆きながら座り込む。滑稽だが、どこか哀しみも感じさせた。
こんな複雑で不思議な戯曲を、どうしてイズルは思いついたのだろうか。

きっと血も汗も涙も流して、才能のなさを嘆いたり、挫折を味わったこともあるのだろう。
美にとらわれた青年の劇は、演劇を志したイズル自身の劇でもあるのだと思った。

──いや、違う。この劇は、俺にとっても、そして……。

「イズル、頼みがある」

「ん?」

俺はイズルの顔を見つめて、言った。

「お前の精魂込めたこの舞台を、俺も全力で演じきる。だから」

反対側の舞台袖にゆらりと影が見えた。まもなく3幕が始まる。

これで舞台が終わる。

そして、坂崎とも決着がつく。

「最後の幕で、アドリブの台詞を一つだけ、俺に言わせてくれ」