世界で一番可愛くないね



毎朝、起きるのが楽しみで仕方がない。

まだ薄暗い時間帯に軽くジョギング。じんわりと肌に滲む汗をシャワーで流してスキンケア。化粧品を肌に馴染ませながら、俺はパチリと目を開ける。ようやく「お楽しみの時間」だ。

艶のある黒髪。健康的な小麦色の肌。薄い唇は薔薇を溶かしたように赤い。少しつり目気味だが、扇情的なアーモンドアイの瞳。瞬きをすれば、星を散らしたようにキラキラと輝く。
鏡の中の美神に思わず、微笑む。

──おはよう、俺。今日も完璧だ。

それからスマホをチェックする。

SNSの自撮り投稿に、雑誌やファッションブランドのアカウント、それから高校の公式アカウント。様々な媒体に映る、俺、俺、俺。
合わせ鏡のように俺で埋めつくされている。そんな俺に対して、世界中から届く「ハート」やら「いいね」やらが星屑のように振り注ぐ快感。 

『黒鵜 凛、めっちゃイケメンだよね』

『この顔に産まれたかったーー!』

称賛コメントに俺は思わず頷く。そうだろう、そうだろう。「黒鵜 凛」である、この俺自身も心の底からそう思う。

キッチンでスムージーを作りながら、俺は各種SNSをチェックする。高校の学園祭アカウントが発信した投稿が、昨日の夜からバズってるようだ。
去年の学園祭で行われたミスコンの記事だが、センセーショナルな煽り文句が効いている。その名も「男子校の女王様」。

漆黒のドレスに赤い薔薇の花束を抱えて、妖艶に微笑む黒髪の美女。白い指先を空に伸ばして、意味深な瞳で群衆を見下ろしている。赤いルージュをひいた唇が切なげに開き、その甘やかな吐息さえも聞こえてきそうだ。

『えっ男子校?男なの?』

『これ黒鵜くんでしょ』

『去年もバズったよね!めっちゃ美人!』

拡散される度に、押し寄せてくる称賛コメント。たまらなく気持ちいい。あらかたのコメントをチェックしながら、絶対にいいねを返したりリマインドしたりはしない。ただ心の中でうっとりと微笑む。

──おはよう、世界。今日も俺に気づいたようだな。

「でも去年はボクがいなかったから、凛ちゃんが優勝しただけじゃない?」

俺は目の前の同級生「雪峰 爽」を睨んだ。
登校後も「男子校の女王様」の記事はバズり続け、昼休みになっても、俺はその称賛コメントを堪能していたのだ。その楽しみに水を差してきた雪峰は、俺に睨まれてもニコニコしている。

「雪峰。負け惜しみはやめとけ」

「去年はボク、彼氏に止められてたから出場できなかったんだよね。もう束縛彼氏はこりごりですよー」

口ではそんな風に嘆きながら、雪峰の指はスマホをスライドし続ける。
恋愛至上主義の雪峰は、四六時中、マッチングアプリで恋人探し──本人曰く「白馬に乗った王子様」を探しているのだ。

今年なら俺に勝てると言いたげな雪峰だが、確かにこいつとはいい勝負だろう。バレンタインのチョコも、告白回数も、フォロワーもほぼ互角。

白く柔らかい肌。栗毛色の髪が柔らかく揺れる。とろんと甘えるような垂れ目の下には泣きぼくろがついている。

俺が完全無欠の美の化身なら、雪峰は肉食系の素顔を隠した癒し系アイドルなのだ。このむさ苦しい男子校の2輪の花として、俺と雪峰の名は轟いていた。

こうして教室の片隅で雪峰と会話してるだけで、教室や廊下から好奇な眼差しが向けられる。気分は観衆の視線を一身に浴びる映画スターだ。羨望の眼差しも、囁かれる噂話も全てが甘い味がする。

俺は頬杖をつき、雪峰に宣戦布告をした。

「今年お前が参加したとしても完膚なきまでに叩きのめしてやるよ、雪峰」

「僕は凛ちゃんと違って勝ち負けには興味ないんだけどさ。コンテストに注目されて、王子様と出会うってのもロマンチックかなって」

「不純だな」

俺はフッと笑った。

「俺は俺の価値を証明するために、持って生まれた美を磨いてるんだ。お前みたいなフワフワ恋愛脳野郎に負けるはずがない」

「凛ちゃん、辛辣ー。でもさ」

幼馴染でもある好敵手は、角砂糖百個ぶん位の甘ったるい笑みを浮かべた。

「恋って人を綺麗にする、って知らないの?」

話にならない。俺は肩をすくめた。すると急に視界に暗い影がかかった

「……あの、黒鵜くん」

「ん?」

いつからそこにいたのだろう。身長は180近いが、影が薄すぎる。陰気な空気をまとった猫背。太い黒縁の眼鏡。野暮ったい髪型。のっそりとか、どろーんとかそんな重々しい擬音が背後に描かれていそうだ。幽霊のような男が、俺の前に立ってボソボソと話し始めた。

「課題出ていません。数学の。僕は係なので出してください」

「はぁ?数学?」

「あーあ、凛ちゃん。大ピンチだ」

スマホをスクロールする手を止めずに、雪峰の無邪気な笑い声が響いた。坂崎の腕のなかには、クラスメイトたちのノートが山積みだ。俺は鼻で笑った。

「数学って池田の課題だろ。アイツ、俺に甘いから大丈夫だろ。それか……」

じっと俺が見つめると、幽霊のような数学係は「坂崎です」と無表情に名乗った。

平等や自由を謳う学び舎にも、れっきとした階級というのが存在する。外見という、最も分かりやすく、強い階級が。

唇の端をこの角度で上げ、小首を傾げて俺が囁くと、大抵の人間は喜ぶのだ。池田という数学教師でさえ、俺には特別扱いだ。なんでも許される。ヒエラルキーの上位にいるこの俺様の命令ならばと。 

俺は足を交差させ、坂崎を見上げた。気分は従者に命を下す女王様だ。

「坂崎がやってくれてもいいよ、俺の課題」

「なんでですか」

「……は?」

一瞬、意味が分からなかった。坂崎の眼鏡が鈍く光る。

「黒鵜くん、昨年度補習を受けていましたね。1年生の時の試験平均値は47.3。他の教科も似たり寄ったりですが特に数学は致命的です」

俺の目の前にいる男はAIか何かなのか。スラスラと人の個人情報を漏洩しだす坂崎に、俺は声も出ない。俺と雪峰に向けられていた視線が、ざわつき始めるのが分かる。

「もしかして分からないですか、数学。なら、わかりました。僕が助けてあげます。今日の放課後空けておいてください」

じゃ、と壊れかけたロボットのように頭を下げた。そして「一緒に頑張りましょうね、黒鵜くん」と感情のない声と顔でトドメをさすと、猫背のまま、坂崎は廊下へ去っていった。

あっと言う間の出来事だった。観客たちも呆然としている。あんなシーン、台本のどこにもない。

「……なんかすげぇ」とどこかから聞こえた声は勿論、女王の秘密を暴露した不届き者への称賛だ。スマホに張り付いていた雪峰の手も止まり、「り、凛ちゃん、大丈夫?」となおさら人のプライドをズタズタにするように尋ねられた。俺は無理矢理、余裕ぶった笑顔をつくった。

「大丈夫って……何が……?」

俺の唇が屈辱で震えた。今なら鏡の1枚や2枚、怒りで粉々に砕いてしまいそうだ。

坂崎 慎太郎。この平凡極まりない名前の凡愚と美しい女王である俺の、不毛かつ仁義なき戦いが始まろうとしていた。


※作者の前作では完結済みの“真逆のやさしい初恋”を描いています。
この作品と対になる物語になっているので、もし興味があればそちらも合わせて読んでいただけると嬉しいです。