男子校の女王は、冴えない鏡に暴かれる


『第1幕』

──主人公はどこにでもいる、ごく普通の青年「A」である。

「A」は時々、同じ夢を見る。
美しい「女王」の夢だ。彼女はいつも、違う国で、違う言葉の、違う時代の服装を身にまとっている。
十二単だったり、ロココ調の華美なドレスであったり、あるいは黒い喪服のドレスだったり。

けれど彼女の赤い口紅と、濡れた烏の羽のような黒髪は不変の美しさだ。多くの人々がそんな「女王」に恋をし、魅了される。

「最近、夢を見るんだ」

真っ暗な舞台で唯一のスポットライトが、袖側にいる青年「A」を照らす。
学生服に身を包んだ青年「A」は、観客達に訴えかけるように、高らかに言う。

「濡れた烏の羽のような黒髪。赤々とした薔薇の唇。この世のものとも思えない、絶世の美女。
いつの時代にも、どこの国にも現れる彼女を、けれど俺はけっして捕まえることはできない──何故なら彼女は俺の前世、なのだから」

最後の台詞を言い終えるとともに、スポットライトがパッと舞台中央に移動する。

赤いソファに横たわる、大きくて、しなやかな黒猫。いや、違う。観客達の目が、その存在が何であるかを一斉に探る。

美しくも妖しい、青年の語った彼自身の前世が、そこにいた。

雪のような肌に、朝露とともに花開いた薔薇のような唇。漆黒のロングヘアーが、肩からさらりと流れる音さえも聞こえそうだ。
伏せていた顔をゆっくりとあげ、「女王」の謎めいた瞳が、百の視線を迎え撃つ。

「私は」

男の声だ。けれど、不思議な艶がある声が、舞台に響く。観客達が息を呑み、その声の続きを待った。

白い細腕が黒いドレープ袖からすっと伸びて、観客達を、幻惑の世界に誘う。

「いつの時代にも、どこの国にも現れる『女王』。昨日は東の国で和歌を詠み、明日は西の海岸線から船乗りたちを──見送りました」

「女王」は黒紗の扇を広げ、口元を隠した。冴えた三日月のような瞳で微笑みながら、観客達を見渡していく。時代も国も超え、そして今もまた、この場にいる全ての人を魅了させる声と視線が、舞台を掌握していた。

スポットライトの光の中に、誰かがすっと現れ、膝をついた。女王の前で膝をつき、頭を垂れる「騎士」の登場だ。

女王は扇をぱちりと閉じ、物憂げに、その騎士を見下ろす。

「私を欲する人は何百人、何千人といたけれど、移りゆく私を追いかけてくる人はあなただけ。
さぁ、今日も聞かせて下さい。愛しい貴方からの激しい愛の言葉で、私の退屈を埋めて下さい」

愛を乞う台詞でありながら、女王の口調には、侮蔑と嘲笑が滲んでいた。幾星霜の時を超えてきた美の化身にとっては、どんな愛の戯曲も、あくび紛れにしかならないのだろう。観客たちは、同情と好奇の目で、跪く「騎士」を見つめる。

おもむろに騎士が顔を上げる。

空気が変わった。

「愛しい人よ」

ヴァイオリンが奏でるソナタのように、ゆっくりと悲しげな低い声が、しんと静まり変える体育館に響いた。

この場にいる全員が、そのたった一言の、それだけで分かった。「騎士」は「女王」を心の底から愛しているのだと。

「あなたは夏の夜明けに咲く花。冬の光に照らされた霜柱。秋には南国へ飛び去り、春には東の国の歌を追いかけてしまう。あぁ、どうしたら」

儚く消える事象に、女王のうつろいやすさを重ねながら、それでも、騎士の告白は熱情のまま、溢れ出る。

騎士の両腕が、女王の足元へ向けられた。高価なガラス細工を壊さぬように、指一本も触れぬまま、女王の足から背中のラインへと流れていく。女王は、扇で目元を半分隠しながら、熱いため息を漏らした。

「どうしたら、あなたは僕のものになってくれるのですか。あなたを恋い慕う心臓はとうにあなたのものだというのに」

騎士は、こらえきれずに、女王ににじり寄った。己の胸を強く押さえつけ、女王が望めば、今すぐにでも剣を突きつけて、脈打つそれをさしだすかのように。

女王はうっとりとした目つきで、扇の先を信奉者たる騎士の唇に当てながら、甘く囁いた。

「あなたの愛が本当ならば、1000年後の……この場所で、必ず私に会いに来て下さい。私はその時、初めて、あなたのものになりますから」

騎士の顔が苦痛に歪んだ。1000年とは無理難題だ。命をもって愛を証明しろとは、なんて残酷なやり方だろう。観客達も固唾を呑んで見守る。

だが、男は悲しげに笑った。冷たい女王の我儘でさえ、愛おしそうに。

「必ず会いにいきましょう、残酷な女王よ。あなたが時と国を超え、やがて姿形を変えたとしても必ずあなたを見つけます。

──私はとっくにあなたの思うがままなのだから」

騎士の手が、扇をそっと奪い、女王の顎に、その長い指をかけた。灰色がかった瞳が優しい熱を帯びていて、その瞳から目が離せない。花びらに触れるようにそっと柔らかく、女王の唇をかさついた男の指がなぞり、そして。

「その時、思った。女王……いや、俺はこの男を待ち続けなければいけない。1000年後の未来に待つと、恋しい男にそう約束したのだから」

先程の「青年A」役の生徒のナレーションが響いた。

女王の顔を、騎士が隠すように覆う。刹那のキスを交わす瞬間、舞台が暗転した。