男子校の女王は、冴えない鏡に暴かれる


《side 黒鵜 凛》

「──いよいよ、だな」

竹中イズルの声で、アイメイクを施していた俺は、ゆっくりと目を開けた。
臨時でこしらえた楽屋で、演者もスタッフも慌ただしく支度をしている。誰かがドアを開けて行き来する度に、来場し始めた人々のざわめきが微かに聞こえる。

毎朝のスキンケアとは違う、独特な舞台メイク。目尻に流れるアイライナーや、ほんのりと桃色に色づくチーク。唇を彩る薔薇色のリップが、きらりと光った。去年のミスコンでも使用した漆黒のドレスには、星を散らしたようなスパンコールが輝く。これなら、薄暗い、遠くの観客席からも目立つだろう。手慣れた演劇部員に手伝ってもらいながら、俺は「女王」の装いに身を包む。

俺の姿に、深呼吸しながら見つめるイズルを、俺はニヤリと笑った。

「緊張してんのか。らしくないな」

「毎回、本番前はこうだ。本気になればなるほど、な。君も本当は心細くてたまらないんじゃないのか?」

イズルもニヤリと笑い、スッと右手を差し出す。

「さぁ、行こう。舞台に『女王』をエスコートして、袖から君たちの物語を見届けさせてもらうよ」

相変わらず、演技がかった男だ。俺はフン、と鼻で笑って──その手を握った。

学校創立から建っているという講堂は、いい意味でも悪い意味でもアンティークだ。所々、ひびわれたモルタルの廊下を、俺とイズルは歩いた。

電灯が一本切れた薄暗い空間は、歴代の演劇部員や催し物出使われた小道具や、仮面が、どこか陰気な空気をまといながら乱雑に置かれている。

「本番前のこの廊下を歩くときが一番厳かで、怖くて、不安になる」

イズルが、ハイヒールを履いた俺の手を支えながら、呟くように言った。

「でも同時に思うんだ。きっと今日の舞台は伝説になる。大傑作になる。不安と期待で心臓が爆発しそうになりながら、ここを歩く。この感覚が好きで、演劇をやってるのかも知れない」

「まだ舞台裏も舞台裏じゃないか」

「ふふ。だが、君もきっと同じ気持ちを味わってるだろう、黒鵜凛?」

ブロッコリーのような天然パーマをもこもことさせて、小さな演出家は悪戯めいた目を俺に向けた。

舞台袖に、おそろいのTシャツを着たスタッフが忙しなく、行き来している。その中にひときわ背の高い、すっと伸びた影が見える。
坂崎だ。ダークブルーを基調とした、西洋風の騎士を思わせる出で立ちだ。肩には、豪奢な銀色の房が垂れ下がっていて、裏地が暗い金色のマントをかけている。俺とイズルを一瞥すると、顔を舞台に向けた。その横顔からは、なんの感情も温度も読み取れない。

(僕はね、一分一秒でもはやく、あなたから離れたいんです)

昨日の夕方、まさに、この場所で聞いた坂崎の真実。

どこまでも切なく、どこまでも歪んだ、美しい笑顔を前に、俺は立ち尽くしていた。

(明日、幕が下りたら、もう二度とあなたに関わりません。──さようなら、美しい女王様)

俺はイズルにエスコートされながら、その坂崎の前を通り過ぎた。

舞台の中央に置かれた、古ぼけた赤いソファーに腰掛ける。イズルの手がそっと、俺の手から離れていく。

「幸運を。──楽しんで、女王陛下」

深紅のカーテン越しに、観客達のざわめきが聞こえる。