帝都の鬼は泥中の花を愛で喰らう〜呪われた異能の娘は、鬼神大佐の腕の中で愛を知る〜

「森部、千歳を頼む。千歳、目と耳を塞げ」
 手袋を脱ぎ捨てた鷹臣が軍刀の鞘を指先で弾いた瞬間、抜刀と共に赤い閃光が爆ぜる。
 鷹臣の手にどす黒い鬼の紋様が血管のように浮かび上がった瞬間、氷穴全体を揺らすような地響きが轟いた。

「……まずいですね」
 森部は千歳を背中に隠しながら、苦々しく毒づく。
 
「森部、千歳を連れて地上へ」
「大河原大将閣下が待ち構えているでしょう」
 中に連れ戻されるのがオチだと森部は冷静に分析する。

「ではここで待機」
「……森部が闘えるのは鬼化の瞬間だけ。時間が立てば勝ち目はありません」
 森部は一緒に行かなければならないと、鷹臣に訴えた。
 
「私には最期を見届ける義務があります」
「……そうだな」
 鷹臣は森部の言葉に短く応じると、切なそうに目を伏せながら刀を鞘に戻した。
 
 鷹臣の剥き出しになった手は、どす黒い紋様が今も命を削るように脈動している。
 千歳は森部の背中から飛び出すと、急いで鷹臣の右手を両手で包み込んだ。

「鷹臣様、大丈夫ですか?」
 千歳は自分の頬に鷹臣の手を押し当てながら、泣きそうな顔で見上げる。
 ドクドクと不気味に波打っていたどす黒い紋様が、千歳の水鏡の紋章に触れた瞬間、鎮まっていく。

「……千歳……」
 鷹臣は震える指先で、千歳の頬に浮かび上がった水鏡の紋章をなぞった。

「おまえは……本当に、俺を狂わせる」
 吐息が触れるほどの距離で、鷹臣が低く掠れた声で囁く。
 強引に引き寄せられ、重なった唇はとても熱かった。
 肺の空気をすべて奪い去るような口づけに、千歳の思考は白く塗りつぶされる。
 頬の紋章を通じて、鷹臣の熱や痛み、そして彼が抱える孤独な愛のすべてが流れ込んでくるようだった。

 森部が小さく咳払いをして視線を逸らすのも構わず、鷹臣は千歳の腰を砕けるほど強く抱きしめる。

「千歳はここに残れ」
「鷹臣様は?」
「氷穴の奥で、古のあやかしが目を覚ましそうだ」
 先ほどから冷気が来るだろう? と鷹臣は奥の闇を見つめた。

「私も……!」
「危険だ」
「奥は今までとは比べ物にならないほど険しい道なのです」
 道とは言えないほど足場が悪いと森部に言われた千歳は、足手纏いだと自覚し、肩を落とした。

 千歳は自分の肩に掛けられた鷹臣の外套を取り、鷹臣に返す。

「お戻りをお待ちしております」
 いってらっしゃいませと千歳は頭を下げる。
 鷹臣は千歳の頭にポンと手を乗せると、いつもの朝のように「すぐ戻る」と笑った。
 
 二人の軍靴の音が氷穴の奥へと消えていく。
 千歳は何もできない自分が悔しかったが、無理について行き、鷹臣に迷惑をかけるわけにはいかないと思いとどまった。
 自分にできるのは鷹臣の無事を祈ること。
 そして――。

 重い扉が開き、眩しい光を背負った大河原が現れる。

「……私の役目を教えてください」
 鷹臣を救うことができる方法を知る人に教えを乞うこと。
 千歳は大河原を見据え、一歩も引かずに言い放った。

「……ほう。あやつを救いたいか」
「私はあの方の隣にいたいのです。この呪われた力が……『水鏡』が必要だと言うのなら、隠さずすべてお話しください」
 大河原は面白そうに眉を上げ、逆光の中でその冷酷な笑みを深くした。

 千歳は大河内に差し出されたブーツや防寒着を身に着け、奥へ行くための装備を整える。
 歩きながら説明すると言われた千歳は力強く頷いた。