「あらやだ。馬鹿力ね」
「この銀が薄いのだろう」
鳳夫人が目を丸くすると、鷹臣は忌々しげに歪んだ銀の塊をテーブルに放る。
帝都一の職人が鍛えた一級品の銀食器を安物と言い切る鷹臣の横顔は、不機嫌そのものだった。
「今後、おまえの時間は、すべて俺が管理する」
「もっと素直に言いなさいよ。俺が誕生日を毎年祝ってやるって」
呆れたように口を挟んだ夫人の通訳を聞いた千歳は、弾かれたように顔を上げる。
「……祝って、いただけるのですか……?」
私の誕生日を?
誰からも望まれず、ただ死ぬ日を待たれていた私が祝ってもらえる……?
千歳の目は、みるみるうちに潤んでいく。
「おまえの願いを叶えることなど、俺には造作もないことだ」
「ありがとうございます、鷹臣様」
千歳のまっすぐな感謝の言葉に、鷹臣はふいっと顔を背けた。
だが、珈琲を喉に流し込むその耳の淵は、隠しきれないほど赤くなっている。
千歳は嬉しそうに微笑むと、目の前の美しい焼き色がついたカステラと呼ばれる食べ物に手を伸ばした。
「……美味しい」
一口頬張ると、卵の優しい甘さとザラメの食感が口いっぱいに広がる。
こんなに贅沢な食べ物をいただく日がくるなんて。
斎宮家では見たことがない食べ物に千歳は感動してしまった。
「そうそう、斎宮の家だけれど……」
鳳夫人がパチンと扇子を鳴らすと、女中たちがスッと部屋から消える。
先ほどまでの和やかな空気が、一瞬にして刺すような緊張感に塗り替えられた。
「あそこにはもう、何ひとつ残っていないわ」
夫人は冷徹な貴婦人の顔で、昨晩義母と義妹が逃げるように帰って行ったことを教えてくれた。
そして今日、斎宮権蔵の訃報と斎宮家の爵位剥奪という報せを役人が斎宮家に持っていったところ、すでに義母と義妹の姿はなく、使用人たちが家財道具を奪い合い、それぞれ持って逃げたそうだ。
「義母たちは……?」
「使用人の一人が、『お嬢様は早朝に黒い服の男性と出て行った』と言っていたそうよ」
知人かしら? と聞かれた千歳は首を横に振った。
物置に住んでいた千歳は親戚であろうと姿を見せてはいけない存在だった。
もちろん誰かに紹介されたこともないし、客が来たら絶対に物置から出てはならなかった。
「親戚の誰かでしょうか?」
「いいえ。親戚がいたら、爵位はその親戚に移るはずよ」
剥奪の時点で男性親族はいないと言われた千歳は、ますますわからないと首を傾げた。
「母親が出て行く姿は誰も見ていないから、娘を置いて一人で逃げたのかしら?」
あの義母が、あんなに溺愛していた百合子を置いて?
百合子のためならなんでもしてあげるあの人が。
「それで、あの屋敷はどうなるんだ?」
「調査が終わり次第、取り壊しだそうよ」
「そうか」
珈琲を飲みながら鷹臣はさっさと壊せと冷酷に答える。
「千歳の記憶を汚すものは、形ごとこの世から消し去るのが一番だ」
「でも取り壊す前に、千歳さんを連れて行ってあげてはどうかしら?」
もしかしたらお母様の遺品があるかもしれないと鳳夫人に言われた千歳は目を見開いた。
「母の……遺品……?」
千歳を産んですぐに亡くなった母は斎宮家の女中だったと、お喋りなベテラン女中に聞いたことがある。
名家である斎宮家の跡取り・権蔵が、あろうことか身分の低い使用人に手を出し、生まれたのが千歳なのだと。
しかも正妻である義母が身ごもる前に。
だからこそ義母は千歳を汚らわしいものとして忌み嫌い、執拗に虐げてきたのだ。
母の形見など、あの冷酷な義母が残しているはずがない。
でも、もし万が一にでも、母が生きた証に触れることができるのなら。
「行くか。千歳」
空になったカップを置いた鷹臣が千歳を見つめる。
「行きたい……です」
千歳は震える声を絞り出しながら、鷹臣に答えた。
「この銀が薄いのだろう」
鳳夫人が目を丸くすると、鷹臣は忌々しげに歪んだ銀の塊をテーブルに放る。
帝都一の職人が鍛えた一級品の銀食器を安物と言い切る鷹臣の横顔は、不機嫌そのものだった。
「今後、おまえの時間は、すべて俺が管理する」
「もっと素直に言いなさいよ。俺が誕生日を毎年祝ってやるって」
呆れたように口を挟んだ夫人の通訳を聞いた千歳は、弾かれたように顔を上げる。
「……祝って、いただけるのですか……?」
私の誕生日を?
誰からも望まれず、ただ死ぬ日を待たれていた私が祝ってもらえる……?
千歳の目は、みるみるうちに潤んでいく。
「おまえの願いを叶えることなど、俺には造作もないことだ」
「ありがとうございます、鷹臣様」
千歳のまっすぐな感謝の言葉に、鷹臣はふいっと顔を背けた。
だが、珈琲を喉に流し込むその耳の淵は、隠しきれないほど赤くなっている。
千歳は嬉しそうに微笑むと、目の前の美しい焼き色がついたカステラと呼ばれる食べ物に手を伸ばした。
「……美味しい」
一口頬張ると、卵の優しい甘さとザラメの食感が口いっぱいに広がる。
こんなに贅沢な食べ物をいただく日がくるなんて。
斎宮家では見たことがない食べ物に千歳は感動してしまった。
「そうそう、斎宮の家だけれど……」
鳳夫人がパチンと扇子を鳴らすと、女中たちがスッと部屋から消える。
先ほどまでの和やかな空気が、一瞬にして刺すような緊張感に塗り替えられた。
「あそこにはもう、何ひとつ残っていないわ」
夫人は冷徹な貴婦人の顔で、昨晩義母と義妹が逃げるように帰って行ったことを教えてくれた。
そして今日、斎宮権蔵の訃報と斎宮家の爵位剥奪という報せを役人が斎宮家に持っていったところ、すでに義母と義妹の姿はなく、使用人たちが家財道具を奪い合い、それぞれ持って逃げたそうだ。
「義母たちは……?」
「使用人の一人が、『お嬢様は早朝に黒い服の男性と出て行った』と言っていたそうよ」
知人かしら? と聞かれた千歳は首を横に振った。
物置に住んでいた千歳は親戚であろうと姿を見せてはいけない存在だった。
もちろん誰かに紹介されたこともないし、客が来たら絶対に物置から出てはならなかった。
「親戚の誰かでしょうか?」
「いいえ。親戚がいたら、爵位はその親戚に移るはずよ」
剥奪の時点で男性親族はいないと言われた千歳は、ますますわからないと首を傾げた。
「母親が出て行く姿は誰も見ていないから、娘を置いて一人で逃げたのかしら?」
あの義母が、あんなに溺愛していた百合子を置いて?
百合子のためならなんでもしてあげるあの人が。
「それで、あの屋敷はどうなるんだ?」
「調査が終わり次第、取り壊しだそうよ」
「そうか」
珈琲を飲みながら鷹臣はさっさと壊せと冷酷に答える。
「千歳の記憶を汚すものは、形ごとこの世から消し去るのが一番だ」
「でも取り壊す前に、千歳さんを連れて行ってあげてはどうかしら?」
もしかしたらお母様の遺品があるかもしれないと鳳夫人に言われた千歳は目を見開いた。
「母の……遺品……?」
千歳を産んですぐに亡くなった母は斎宮家の女中だったと、お喋りなベテラン女中に聞いたことがある。
名家である斎宮家の跡取り・権蔵が、あろうことか身分の低い使用人に手を出し、生まれたのが千歳なのだと。
しかも正妻である義母が身ごもる前に。
だからこそ義母は千歳を汚らわしいものとして忌み嫌い、執拗に虐げてきたのだ。
母の形見など、あの冷酷な義母が残しているはずがない。
でも、もし万が一にでも、母が生きた証に触れることができるのなら。
「行くか。千歳」
空になったカップを置いた鷹臣が千歳を見つめる。
「行きたい……です」
千歳は震える声を絞り出しながら、鷹臣に答えた。


