その日は急に来た。書類を送ったまま二週間がすぎた頃、急に星野劇団から入電がありオーディションの日付が告げられた。
「明日!?」
慌ててバイトを休む連絡をいれ店長からの小言を聞きながら電話をきると、大きなため息がでた。
「明日……」
書類すら通らないと言われていたオーディションの二次選考。固く閉ざされていた夢への扉からほんの少しだけ光が漏れた気がした。
星野劇団の劇場は都内のビルの一角にあった。噂では座長の星野が所有しているビルであり、その一部を丸々劇場にしてしまったと聞く。
真新しいロビーで受付を済ませ、名瀬はオーディション会場である劇場へと足を運んだ。
廊下はなんとも言えない静けさで包まれていた。たくさんの応募者で溢れていると思っていた名瀬は奇妙な違和感を覚える。
本当にオーディションなんか開催されているのだろうか……
名瀬の不安とは裏腹に、劇場の入り口まで辿り着く。緊張で胸が張り裂けそうだが、来てしまったものは仕方がない。大きく扉をノックし、「失礼します」と重い扉を開けた。
扉を開けた名瀬を劇場にいたすべての人間が見たように思う。ほとんどの人は客席におり、何か台本のようなものを読んでいた。
おそらく劇団員だろう。
劇場の中はこじんまりとしているものの綺麗で演劇をみるには適していると思った。ところどころわざとつけたのであろうクラッシックな飾りがあり重々しい。
うって変わって椅子は現代ナイズされており座り心地が良さそうだ。
名瀬を見た劇団員の一人が名瀬に挨拶をするとこっちこっちと手招きをした。
あれよあれよというまに舞台上に連れて行かれた名瀬はパイプ椅子に座らされて客席を眺めている。
なぜ自分が壇上に上がらねばならないのか?照明が熱い。
周りに他の候補者はおらず、壇上から見えるのは全て劇団員のようだ。
自分だけがぽつんと座らされている状況に名瀬の不安は最高潮になっていた。
この状況は一体。
あたりをきょろきょろと見回す名瀬に一人の男が客席から声をかけた。
男は明らかに他の団員とは雰囲気が違っていた。きっちりとしたスーツに髪をオールバックに固め、客席に座る姿もどことなくこの場を支配しているように見えた。
「ようこそ名瀬くん。座長の星野一輝です。」
男は優しそうな笑みを浮かべそう挨拶した。
「名瀬大成です。よろしくお願いします。」
「早速だけどオーディションを始めよう」
「それは構わないのですが、僕一人しかいないみたいですが」
「ああ、今日は君しかいないからね」
名瀬はギョッとした。オーディションの候補が自分一人しかいないはずはない。人気の劇団のたたったひと枠をかけた熾烈な戦いが待っているはずだった。
「そう驚かないでくれ、うちは一日一人しか見えないんだ。ルールを聞けば納得してくれるだろう」
「ルール?」
「その通り、早速始めよう」
男は語る。
「僕が今から手を叩く。その瞬間から始めます。期限は夕暮れまで」
名瀬はオーディションの内容などまだ知らされていない。何が始まるというのか。名瀬が引っかかったのはもう一つ。今、期限と言っただろうか?
そんなことを考えていると星野は優雅な手つきで一度大きく手を叩いた。
「はいはじめ。」
「えっ!」
「君の名前は今から閃木孝太郎。名探偵だ。」
そういうと壇上の照明が消え、代わりにスポットライトが降り注いだ。まるで自分を主人公だと言わんばかりの光が名瀬を焼く。
「君には私立探偵になりきって一つの謎を解いてほしい。それがオーディションの内容だよ」
客席の男はニッコリと笑った。
「さて、事件の詳細を伝えよう。
君にはひとりの女性を助けてほしい。」
「女性?」
名瀬は慎重に返事をした。オーディションの内容はまさかのものだった。夕暮れまでに名探偵閃木を演じながら事件の謎をとく。そんなオーディションは聞いたことがなかった。
そもそも閃木孝太郎がどのような人物か聞かされていないのでおそらく自分で想像して作り上げなければならないのだろう。もしイメージと違えばその場でオーディションは打ち切りという可能性もある。
「そのとおり」
そう言って星野は立ち上がると壇上へあがり、名瀬の後ろへ回り込んだ。
そっと名瀬の肩に手をかけ一枚の写真を見せる。美しい少女が映り込んでいた。高校生くらいだろうか。
「彼女の名前は夜空バイオリン奏者で事件に巻き込まれた。
詳しくは本人から直接聞くといい。夜空!」
「はーい」
名前を呼ばれたのは客席にいた少女だった。写真より大人びて見えるがやはり高校生くらいの女の子で赤いドレスを着ている。
「初めまして、夜空です!よろしくお願いします!」
「あの……あなた……んん、君が夜空くんかい?」
我ながら酷い演技だった。名探偵のイメージときたら子供の頃に読んだシャーロックホームズであったが、それも曖昧だ。隣にワトソンでもいればどんなに良かったか。
しかし星野も夜空もあまり気にしていないようで、はいうなずくと話は進んで行った。
「詳しいことは下のカフェで話しましょう」
そういうと夜空は名瀬の腕をひっぱった。
彼女に引きづられながらパイプ椅子に腰掛けた星野と目が合う。
「頑張ってね、ヒラメキくん」
ひらひらと手を振る星野は胡散臭い笑みを浮かべている。
こうして名瀬大成改め、閃木孝太郎の事件簿はひっそりと幕を上げたのだった。
「明日!?」
慌ててバイトを休む連絡をいれ店長からの小言を聞きながら電話をきると、大きなため息がでた。
「明日……」
書類すら通らないと言われていたオーディションの二次選考。固く閉ざされていた夢への扉からほんの少しだけ光が漏れた気がした。
星野劇団の劇場は都内のビルの一角にあった。噂では座長の星野が所有しているビルであり、その一部を丸々劇場にしてしまったと聞く。
真新しいロビーで受付を済ませ、名瀬はオーディション会場である劇場へと足を運んだ。
廊下はなんとも言えない静けさで包まれていた。たくさんの応募者で溢れていると思っていた名瀬は奇妙な違和感を覚える。
本当にオーディションなんか開催されているのだろうか……
名瀬の不安とは裏腹に、劇場の入り口まで辿り着く。緊張で胸が張り裂けそうだが、来てしまったものは仕方がない。大きく扉をノックし、「失礼します」と重い扉を開けた。
扉を開けた名瀬を劇場にいたすべての人間が見たように思う。ほとんどの人は客席におり、何か台本のようなものを読んでいた。
おそらく劇団員だろう。
劇場の中はこじんまりとしているものの綺麗で演劇をみるには適していると思った。ところどころわざとつけたのであろうクラッシックな飾りがあり重々しい。
うって変わって椅子は現代ナイズされており座り心地が良さそうだ。
名瀬を見た劇団員の一人が名瀬に挨拶をするとこっちこっちと手招きをした。
あれよあれよというまに舞台上に連れて行かれた名瀬はパイプ椅子に座らされて客席を眺めている。
なぜ自分が壇上に上がらねばならないのか?照明が熱い。
周りに他の候補者はおらず、壇上から見えるのは全て劇団員のようだ。
自分だけがぽつんと座らされている状況に名瀬の不安は最高潮になっていた。
この状況は一体。
あたりをきょろきょろと見回す名瀬に一人の男が客席から声をかけた。
男は明らかに他の団員とは雰囲気が違っていた。きっちりとしたスーツに髪をオールバックに固め、客席に座る姿もどことなくこの場を支配しているように見えた。
「ようこそ名瀬くん。座長の星野一輝です。」
男は優しそうな笑みを浮かべそう挨拶した。
「名瀬大成です。よろしくお願いします。」
「早速だけどオーディションを始めよう」
「それは構わないのですが、僕一人しかいないみたいですが」
「ああ、今日は君しかいないからね」
名瀬はギョッとした。オーディションの候補が自分一人しかいないはずはない。人気の劇団のたたったひと枠をかけた熾烈な戦いが待っているはずだった。
「そう驚かないでくれ、うちは一日一人しか見えないんだ。ルールを聞けば納得してくれるだろう」
「ルール?」
「その通り、早速始めよう」
男は語る。
「僕が今から手を叩く。その瞬間から始めます。期限は夕暮れまで」
名瀬はオーディションの内容などまだ知らされていない。何が始まるというのか。名瀬が引っかかったのはもう一つ。今、期限と言っただろうか?
そんなことを考えていると星野は優雅な手つきで一度大きく手を叩いた。
「はいはじめ。」
「えっ!」
「君の名前は今から閃木孝太郎。名探偵だ。」
そういうと壇上の照明が消え、代わりにスポットライトが降り注いだ。まるで自分を主人公だと言わんばかりの光が名瀬を焼く。
「君には私立探偵になりきって一つの謎を解いてほしい。それがオーディションの内容だよ」
客席の男はニッコリと笑った。
「さて、事件の詳細を伝えよう。
君にはひとりの女性を助けてほしい。」
「女性?」
名瀬は慎重に返事をした。オーディションの内容はまさかのものだった。夕暮れまでに名探偵閃木を演じながら事件の謎をとく。そんなオーディションは聞いたことがなかった。
そもそも閃木孝太郎がどのような人物か聞かされていないのでおそらく自分で想像して作り上げなければならないのだろう。もしイメージと違えばその場でオーディションは打ち切りという可能性もある。
「そのとおり」
そう言って星野は立ち上がると壇上へあがり、名瀬の後ろへ回り込んだ。
そっと名瀬の肩に手をかけ一枚の写真を見せる。美しい少女が映り込んでいた。高校生くらいだろうか。
「彼女の名前は夜空バイオリン奏者で事件に巻き込まれた。
詳しくは本人から直接聞くといい。夜空!」
「はーい」
名前を呼ばれたのは客席にいた少女だった。写真より大人びて見えるがやはり高校生くらいの女の子で赤いドレスを着ている。
「初めまして、夜空です!よろしくお願いします!」
「あの……あなた……んん、君が夜空くんかい?」
我ながら酷い演技だった。名探偵のイメージときたら子供の頃に読んだシャーロックホームズであったが、それも曖昧だ。隣にワトソンでもいればどんなに良かったか。
しかし星野も夜空もあまり気にしていないようで、はいうなずくと話は進んで行った。
「詳しいことは下のカフェで話しましょう」
そういうと夜空は名瀬の腕をひっぱった。
彼女に引きづられながらパイプ椅子に腰掛けた星野と目が合う。
「頑張ってね、ヒラメキくん」
ひらひらと手を振る星野は胡散臭い笑みを浮かべている。
こうして名瀬大成改め、閃木孝太郎の事件簿はひっそりと幕を上げたのだった。

