閃木孝太郎の事件簿

名瀬は悩んでいた。これが最後のオーディションとなれば真剣に選ばねばならない。
 星の数ほど落ちてきたがオーディションもまた星の数ほどあり、どのオーディションを受けるかが重要になっていた。
 いくつも窓を開いたノートパソコンと睨めっこをし二時間が経った。
 なるべく競争率の低そうで、無名で、演じやすそうで、受かりそうで……
 もはやビッグな夢を掴むとか、ギャラがたくさんもらえるとか、そう言ったことはどうでも良くなっていた。
 わからない。四畳半の畳に寝転び、染み付いた天井をみあげた。
 そもそも、なぜ役者になりたいと思ったのか、夢というものがいかにあっけないかなどオーディションとは関係のないことばかりが脳裏をぐるぐると回っていた。
 思えば大学時代に出会った演劇サークルがきっかけだったように思う。
 当時経済学部に通っていた名瀬は新入生歓迎会でうっかり演劇サークルに出会い、軽い気持ちで入部したはずが、あれよあれよというまにその世界に引き込まれ、挙げ句の果てに単位を落とし、一年を演劇に捧げるハメとなった。
 ところが名瀬は懲りなかった。学費を一年多く支払ってまで続けた演劇はいつしか名瀬の夢となり、卒業しても実家には帰らず今に至る。
 五年が過ぎていた。
「五年かぁ……」
 一瞬のようで長い歳月であった。確かに親を誤魔化し続けるのも限界だったかもしれない。

 いつしか大きな舞台で誰もが知るようなスターになりたかった。テレビドラマにも出てみたかったし、美しい女優と共演し世間を沸かせてみたかった。

 いや、そんなことはおまけにすぎない。
 名瀬は自分の演技を認めてほしかった。
 頭の中でぐるぐる、ぐるぐると思考を巡らせるうちにだんだんと名瀬の心境は変わってきた。
 最後くらい思いっきり夢を見てもいいのではないだろうか。
 名瀬はパソコンで開いていた微妙な応募ページを全て閉じた。代わりに開いたのはいかにも派手なホームページ。
 『星野劇団』の文字がトップページに踊っていた。
 星野劇団は通好みでありながらも実力のある劇団で、業界でその名を知らない者はいない。
 毎年何公演も手がけており、新進気鋭の劇団としてその名を馳せていた。

 座長の星野一輝が曲者だという噂もある。脚本から全てを手がける彼はあまり表にでないものの、その才能は抜きん出るものがあり業界から一目置かれている。
 最近の演劇業界は一部の劇団を除き、毎度オーディションを開く形をとっている劇団が多い。しかし星野劇団はそのメンバーのほとんどが固定キャストであり、新規の枠が開くことはほとんどなかった。
 その星野劇団が珍しくオーディションを開く話を名瀬も耳に入れていた。

 募集人数は一人。同時に倍率は高く、書類選考すら通らないのではないかという噂もあった。
 もちろん名瀬も興味はあったものの、その選択肢は持ちえていなかった。受かるはずがないと心のどこかで諦めていた。

「最後……か……」

 最後ならいいのではないだろうか。どうせ最後なら、悔いが残らない選択肢を取るべきではないだろうか。
 どうせ最後なら、大きな花火を打ち上げて派手に散ってやろうではないか。
 名瀬にとって大きな花火は星野劇団のオーディションであった。