名瀬大成は目を開けた。そして続けた。
「物語はここで終わりですよね、星野座長」
「そうだね、いい推理だったよ。オーディションの結果は追って伝える」
名瀬の挑戦は終わったのだ。いつのまにか空は星が瞬いている。名瀬が今まで落ちてきたオーディションたちのようにキラキラと輝いている。
深く呼吸をすると、名瀬はどうしても言わなければならないことを口にした。
「もしかして、鈴木尚人はもうこの世にいないんじゃないですか?」
名瀬は拳を握りしめる。振り絞った勇気が喉の奥をついて出た言葉だった。
「鈴木くんかい?そうだね、昨日舞台の上で死んだはずだよ、君の推理では」
「いえ、本当の鈴木尚人ですよ。本名なんですよね」
名瀬には引っかかることがあった。名瀬の推理では殺害現場は地下ではない。しかし地下には殺害の痕跡があった。
わざとつけられたものだと思っていたが、今回の話では地下へ行ける人は限られている。舞台上にいた夜空や楽屋にいた二階堂レイ、マネージャーの中堂。
しかし客席にいた星野には不可能である。
また星野が地下で殺人が行われたように見せかけたのは地震で事故が起こってしまったからだ。その場しのぎだったはずだ。事件の後現場は警察に封鎖されたはず。
つまり地下へ降りて痕跡を残すことも不可能だった。
名瀬はずっとそのことが引っ掛かっていた。なにより不思議だったのは夜空が地下でそれらの痕跡を見つけた際ずっと不審そうな顔をしていたことだった。「まさかそんなことがあるものか」という顔をしていた。
「この地下に残された血痕やスマホは明らかに推理から浮いているんです。それもありえない形で」
名瀬の結論はこうだった。地下に残された血痕やスマホは事件とは関係ない。いやオーディションの世界とは関係ない外の世界のものなのではないか。
名瀬がもう一つ気になっていたことがある。
それは名瀬が鈴木尚人に会ったことがないという点だった。
今日の朝、名瀬はオーディション会場となっていた劇場で今回会った全ての人間に会っていた。壇上から見渡した中には後藤も二階堂レイも中堂も、警官の人すらいたのを確かに覚えている。
しかし鈴木尚人だけはその場にいなかった。実在する人物だということはホームページからも明らかだ。
ずっと引っ掛かっていたのだ。鈴木尚人は今どこにいるのかと。
名瀬の話を黙って聞いていた星野はゆっくり頷いた後口を開いた。
「つまり僕が本当に鈴木を殺して隠蔽してると?」
「もし本当に地下で殺人があったなら、あなたは証拠を隠滅しなければならない。そのためにオーディションを開いたのではないですか?準備と偽って現場を荒らし放題ですから」
我ながら大胆なことを言っていると名瀬は思った。自分の命運がかかったオーディションで、審査員である座長を殺人犯呼ばわりしている。おかしな話だった。
だがどうしても名瀬は止まれなかった。
「はははははっ!こりゃ面白いね!そんな推理は初めてだよ!だけど名瀬君、それは君の妄想ではないかね?」
名瀬と呼んだ星野もまた、この虚言ともとれる発言をオーディションの外の世界の出来事として認識していた。
もう後戻りはできない。
名瀬は地下で拾ったスマホを取り出した。鈴木の顔が待ち受けに設定されている。
「これ、あなたのものなんじゃないですか?」
「ん?」
「地下で拾ったんですよ。最初は鈴木さんのものかと思ったんですが、待ち受けに自分の顔を設定する人間はいません。つまり持ち主は鈴木さんじゃない」
止まれない。
「多分ですが揉み合ったときに落としたんでしょうね。憶測ですがあなたは恋人だったとか?顔写真を待ち受けにする理由なんてそれくらいしか思いつきませんので」
止まれない。
「あの、このスマホ……」
言ってしまえば終わりだった。だが後にも引けなかった。頬が引き攣る。だが止まれなかった。
「ロック画面を開いてみてもらえませんか?」
それは持ち主の証としては十分だった。
もう星野は笑ってはいなかった。
「開けたらどうだというんだね?あのレストランは僕が所有しているんだ、落とし物だってするさ」
もちろんそんなことは名瀬にもわかっていた。あれだけの細工をしたオーディションだ。建物を所有していてもおかしくはない。
「そうかもしれませんが、本物の警察が調べればいくらでも痕跡が出てくると思いますよ。鈴木さんもそのうち行方不明になるわけですからね」
星野の目が不気味に光を反射させた。
「言うかね、警察に」
今までとは明らかにワントーン落ちた声だった。名瀬は怯んだ。優勢なのは星野だった。
「君は今憧れの舞台に立つカードを手に入れた。そのスマホはチケットだ。捨てるかね?」
明らかに脅迫であった。もはや隠し立てすることはできないとばかりに腕を組み不気味な目がこちらを見ている。
星野は警察に駆け込まなければ自分の舞台に出すと、そう言っている。名瀬はそう理解した。
警察が鈴木尚人の調査を始めるまでに数日、その間に痕跡はもっと掻き消されることだろう。この事件は迷宮入りする。そういう自信が星野にはあると見て取れた。
名瀬にとっては願ってもないことのはずだった。鈴木尚人なんていうあったこともない人間の死を揉み消せば夢の舞台に立てる。星野劇団に入ればそのままスターにだってなれるかもしれない。
母親だって喜ぶし、酒屋を継がなくても済む。
だがしかし、そんなことは名瀬がこの事実を口にした瞬間に頭から消し飛んでいた。
口にすると覚悟したときから、名瀬の脳裏には一人の少女が浮かんでいた。
自分と一緒に舞台に立ちたいと語ってくれた少女、夜空の顔が。
カフェでパンケーキを頬張りながら、西陽に煌めくあの無垢な顔が。
名瀬は真実に気づいた時から、怒りが込み上げて仕方がなかったのだ。
おもむろに星野に近づくとその胸ぐらを掴んだ。上品なスーツに皺がよる。
「あんたは……!演劇を愛する女の子を巻き込んだんだ!彼女は……ただ純粋に演劇の世界を愛していたのに!それを汚したんだ!僕はそれが何より憎らしい!」
今まで出したことのないくらいの声を張り上げた。名瀬にとって、夜空は自分とは違う世界の人間だった。煌びやかな世界で生きる女の子。その彼女が同じ舞台に立ちたいと言ってくれたことに名瀬は救いを感じていた。だから許せなかった。純粋な怒りであった。
ゼーゼーと息をつく。一気に捲し立てて喉がすっかり開いてしまった。しかしこの後どうすればいい?このビルは星野の持ちビルだし、自分のような存在はもしかしたら簡単に消してしまえるのかもしれない。鈴木尚人のように……。
星野はそんな様子をずっと見ていた、真剣な面持ちで。名瀬が息を整えるのを待つと、ふと笑みをこぼした。
「ははは、もういいよ。迫真だなぁ……なるほど」
「あの、冗談では……」
この期に及んでまだはぐらかそうと言うのだろうか、名瀬は身構えた。どんな言葉が飛んでくるか見当もつかなかった。そんな名瀬の耳に届いたのは思いもよらない言葉だった。
「いや合格。君は合格だよ。」
出会ったときのような優しげな笑顔がそこにはあった。
「え?」
今、合格と言っただろうか。何に合格したと言うのだろうか。
名瀬が面食らっていると、屋上の扉がほんの少し開いた。そこから顔を覗かせているのは夜空だった。
「合格!?今合格って聞こえたよね!」
「やぁ夜空、そうだよ〜他の候補者の人にはオーディションはキャンセルだと伝えてくれ」
星野のウインク。あっけに取られる名瀬。
するとその後ろからドンと人が押し寄せた。今までお世話になった劇団員の人たちだ。最初に顔を見ただけでその後出会ってなかった人たちもいる。
「合格者!?」
「今回出番なかったから絶対無理だと思ったよ!」
「私までたどり着いて欲しかったのにー!」
と口々に名瀬を囲んだ。
「でも……おめでとー!」
名瀬の周りで祭りでも始まったかのようにどんちゃんと騒ぎ始めた。
「あの……」
星野と目が合う。
「ん?言ったよね僕が手を叩いたらスタートだって。その後君の役を説明したはずだよ。つまりね、君はオーディションを受けにきた学生。学生は閃木孝太郎という人物になりきってオーディションを受ける……という設定なのさ」
そう言うと星野は一枚の紙を差し出した。
『閃木孝太郎の事件簿』
そう銘打ってある舞台のチラシだった。
「そう!今度の舞台はまさに君が演じたシナリオのままなんだよね!ただ難しい役だろ?だからオーディションをしながら役作りもしてもらおうと思ってこのシステムを取ったんだ」
「え!じゃぁ鈴木さんは……」
「鈴木?ああ今出張中だけど……いやでも恋人って設定はおもしろいな、兄弟のつもりだったけど確かに弟の写真を待ち受けにする兄はいないか、勉強になったよ」
ニコニコとチラシを握らせてくる星野に名瀬は一言も返せなかった。よもや本当に殺人犯だと思っていたことは伏せるしかない。苦笑いでチラシを受け取ると、夜空がこちらを覗き込んでいる。
「よかったですね!名瀬さん!」
「ああ……」
「私、名瀬さんと同じ舞台に立てるんだな〜っ!」
そういうとくるくると回り始めた。
名瀬を認めてくれた夜空が嬉しそうに微笑んでいる。
嬉しくてたまらなかった。
同時に名瀬は切符を手に入れたのだ。大きな夢への切符。それはもう流れ星のように散ったりはしなかった。
みながくるくると回っている中名瀬は星野に問いかける。
「十人も受けたと聞きましたが……真実に辿り着いたのが僕が初めてってことですか?」
「え?」
このオーディションの主な内容は推理だった。自分の推理は正しかった。だから選ばれたのだろうか。
名瀬は自分の手にした切符を誇らしげに思うと同時に不安でもあった。推理に合格した、しかし、演技は……。名瀬にとって一番望んでいたことは演技を認められることだった。まったく関係のないところで手にした切符を名瀬は持て余してしまうのでないだろうかと。
星野はキョトンとした顔で名瀬を見ていた。
あたりもすっかり暗くなり、ところどころに設置されている照明だけが優しく光っている。月が上り始め、今夜は満月だと告げている。
相変わらずくるくると周りを回っている劇団員と夜空。
星野は「ああなるほど」とばかりに笑ってはこう言った。
「まさか!みんな下手だったからだよ。君の怒った演技、あれが良かったんだ」
「物語はここで終わりですよね、星野座長」
「そうだね、いい推理だったよ。オーディションの結果は追って伝える」
名瀬の挑戦は終わったのだ。いつのまにか空は星が瞬いている。名瀬が今まで落ちてきたオーディションたちのようにキラキラと輝いている。
深く呼吸をすると、名瀬はどうしても言わなければならないことを口にした。
「もしかして、鈴木尚人はもうこの世にいないんじゃないですか?」
名瀬は拳を握りしめる。振り絞った勇気が喉の奥をついて出た言葉だった。
「鈴木くんかい?そうだね、昨日舞台の上で死んだはずだよ、君の推理では」
「いえ、本当の鈴木尚人ですよ。本名なんですよね」
名瀬には引っかかることがあった。名瀬の推理では殺害現場は地下ではない。しかし地下には殺害の痕跡があった。
わざとつけられたものだと思っていたが、今回の話では地下へ行ける人は限られている。舞台上にいた夜空や楽屋にいた二階堂レイ、マネージャーの中堂。
しかし客席にいた星野には不可能である。
また星野が地下で殺人が行われたように見せかけたのは地震で事故が起こってしまったからだ。その場しのぎだったはずだ。事件の後現場は警察に封鎖されたはず。
つまり地下へ降りて痕跡を残すことも不可能だった。
名瀬はずっとそのことが引っ掛かっていた。なにより不思議だったのは夜空が地下でそれらの痕跡を見つけた際ずっと不審そうな顔をしていたことだった。「まさかそんなことがあるものか」という顔をしていた。
「この地下に残された血痕やスマホは明らかに推理から浮いているんです。それもありえない形で」
名瀬の結論はこうだった。地下に残された血痕やスマホは事件とは関係ない。いやオーディションの世界とは関係ない外の世界のものなのではないか。
名瀬がもう一つ気になっていたことがある。
それは名瀬が鈴木尚人に会ったことがないという点だった。
今日の朝、名瀬はオーディション会場となっていた劇場で今回会った全ての人間に会っていた。壇上から見渡した中には後藤も二階堂レイも中堂も、警官の人すらいたのを確かに覚えている。
しかし鈴木尚人だけはその場にいなかった。実在する人物だということはホームページからも明らかだ。
ずっと引っ掛かっていたのだ。鈴木尚人は今どこにいるのかと。
名瀬の話を黙って聞いていた星野はゆっくり頷いた後口を開いた。
「つまり僕が本当に鈴木を殺して隠蔽してると?」
「もし本当に地下で殺人があったなら、あなたは証拠を隠滅しなければならない。そのためにオーディションを開いたのではないですか?準備と偽って現場を荒らし放題ですから」
我ながら大胆なことを言っていると名瀬は思った。自分の命運がかかったオーディションで、審査員である座長を殺人犯呼ばわりしている。おかしな話だった。
だがどうしても名瀬は止まれなかった。
「はははははっ!こりゃ面白いね!そんな推理は初めてだよ!だけど名瀬君、それは君の妄想ではないかね?」
名瀬と呼んだ星野もまた、この虚言ともとれる発言をオーディションの外の世界の出来事として認識していた。
もう後戻りはできない。
名瀬は地下で拾ったスマホを取り出した。鈴木の顔が待ち受けに設定されている。
「これ、あなたのものなんじゃないですか?」
「ん?」
「地下で拾ったんですよ。最初は鈴木さんのものかと思ったんですが、待ち受けに自分の顔を設定する人間はいません。つまり持ち主は鈴木さんじゃない」
止まれない。
「多分ですが揉み合ったときに落としたんでしょうね。憶測ですがあなたは恋人だったとか?顔写真を待ち受けにする理由なんてそれくらいしか思いつきませんので」
止まれない。
「あの、このスマホ……」
言ってしまえば終わりだった。だが後にも引けなかった。頬が引き攣る。だが止まれなかった。
「ロック画面を開いてみてもらえませんか?」
それは持ち主の証としては十分だった。
もう星野は笑ってはいなかった。
「開けたらどうだというんだね?あのレストランは僕が所有しているんだ、落とし物だってするさ」
もちろんそんなことは名瀬にもわかっていた。あれだけの細工をしたオーディションだ。建物を所有していてもおかしくはない。
「そうかもしれませんが、本物の警察が調べればいくらでも痕跡が出てくると思いますよ。鈴木さんもそのうち行方不明になるわけですからね」
星野の目が不気味に光を反射させた。
「言うかね、警察に」
今までとは明らかにワントーン落ちた声だった。名瀬は怯んだ。優勢なのは星野だった。
「君は今憧れの舞台に立つカードを手に入れた。そのスマホはチケットだ。捨てるかね?」
明らかに脅迫であった。もはや隠し立てすることはできないとばかりに腕を組み不気味な目がこちらを見ている。
星野は警察に駆け込まなければ自分の舞台に出すと、そう言っている。名瀬はそう理解した。
警察が鈴木尚人の調査を始めるまでに数日、その間に痕跡はもっと掻き消されることだろう。この事件は迷宮入りする。そういう自信が星野にはあると見て取れた。
名瀬にとっては願ってもないことのはずだった。鈴木尚人なんていうあったこともない人間の死を揉み消せば夢の舞台に立てる。星野劇団に入ればそのままスターにだってなれるかもしれない。
母親だって喜ぶし、酒屋を継がなくても済む。
だがしかし、そんなことは名瀬がこの事実を口にした瞬間に頭から消し飛んでいた。
口にすると覚悟したときから、名瀬の脳裏には一人の少女が浮かんでいた。
自分と一緒に舞台に立ちたいと語ってくれた少女、夜空の顔が。
カフェでパンケーキを頬張りながら、西陽に煌めくあの無垢な顔が。
名瀬は真実に気づいた時から、怒りが込み上げて仕方がなかったのだ。
おもむろに星野に近づくとその胸ぐらを掴んだ。上品なスーツに皺がよる。
「あんたは……!演劇を愛する女の子を巻き込んだんだ!彼女は……ただ純粋に演劇の世界を愛していたのに!それを汚したんだ!僕はそれが何より憎らしい!」
今まで出したことのないくらいの声を張り上げた。名瀬にとって、夜空は自分とは違う世界の人間だった。煌びやかな世界で生きる女の子。その彼女が同じ舞台に立ちたいと言ってくれたことに名瀬は救いを感じていた。だから許せなかった。純粋な怒りであった。
ゼーゼーと息をつく。一気に捲し立てて喉がすっかり開いてしまった。しかしこの後どうすればいい?このビルは星野の持ちビルだし、自分のような存在はもしかしたら簡単に消してしまえるのかもしれない。鈴木尚人のように……。
星野はそんな様子をずっと見ていた、真剣な面持ちで。名瀬が息を整えるのを待つと、ふと笑みをこぼした。
「ははは、もういいよ。迫真だなぁ……なるほど」
「あの、冗談では……」
この期に及んでまだはぐらかそうと言うのだろうか、名瀬は身構えた。どんな言葉が飛んでくるか見当もつかなかった。そんな名瀬の耳に届いたのは思いもよらない言葉だった。
「いや合格。君は合格だよ。」
出会ったときのような優しげな笑顔がそこにはあった。
「え?」
今、合格と言っただろうか。何に合格したと言うのだろうか。
名瀬が面食らっていると、屋上の扉がほんの少し開いた。そこから顔を覗かせているのは夜空だった。
「合格!?今合格って聞こえたよね!」
「やぁ夜空、そうだよ〜他の候補者の人にはオーディションはキャンセルだと伝えてくれ」
星野のウインク。あっけに取られる名瀬。
するとその後ろからドンと人が押し寄せた。今までお世話になった劇団員の人たちだ。最初に顔を見ただけでその後出会ってなかった人たちもいる。
「合格者!?」
「今回出番なかったから絶対無理だと思ったよ!」
「私までたどり着いて欲しかったのにー!」
と口々に名瀬を囲んだ。
「でも……おめでとー!」
名瀬の周りで祭りでも始まったかのようにどんちゃんと騒ぎ始めた。
「あの……」
星野と目が合う。
「ん?言ったよね僕が手を叩いたらスタートだって。その後君の役を説明したはずだよ。つまりね、君はオーディションを受けにきた学生。学生は閃木孝太郎という人物になりきってオーディションを受ける……という設定なのさ」
そう言うと星野は一枚の紙を差し出した。
『閃木孝太郎の事件簿』
そう銘打ってある舞台のチラシだった。
「そう!今度の舞台はまさに君が演じたシナリオのままなんだよね!ただ難しい役だろ?だからオーディションをしながら役作りもしてもらおうと思ってこのシステムを取ったんだ」
「え!じゃぁ鈴木さんは……」
「鈴木?ああ今出張中だけど……いやでも恋人って設定はおもしろいな、兄弟のつもりだったけど確かに弟の写真を待ち受けにする兄はいないか、勉強になったよ」
ニコニコとチラシを握らせてくる星野に名瀬は一言も返せなかった。よもや本当に殺人犯だと思っていたことは伏せるしかない。苦笑いでチラシを受け取ると、夜空がこちらを覗き込んでいる。
「よかったですね!名瀬さん!」
「ああ……」
「私、名瀬さんと同じ舞台に立てるんだな〜っ!」
そういうとくるくると回り始めた。
名瀬を認めてくれた夜空が嬉しそうに微笑んでいる。
嬉しくてたまらなかった。
同時に名瀬は切符を手に入れたのだ。大きな夢への切符。それはもう流れ星のように散ったりはしなかった。
みながくるくると回っている中名瀬は星野に問いかける。
「十人も受けたと聞きましたが……真実に辿り着いたのが僕が初めてってことですか?」
「え?」
このオーディションの主な内容は推理だった。自分の推理は正しかった。だから選ばれたのだろうか。
名瀬は自分の手にした切符を誇らしげに思うと同時に不安でもあった。推理に合格した、しかし、演技は……。名瀬にとって一番望んでいたことは演技を認められることだった。まったく関係のないところで手にした切符を名瀬は持て余してしまうのでないだろうかと。
星野はキョトンとした顔で名瀬を見ていた。
あたりもすっかり暗くなり、ところどころに設置されている照明だけが優しく光っている。月が上り始め、今夜は満月だと告げている。
相変わらずくるくると周りを回っている劇団員と夜空。
星野は「ああなるほど」とばかりに笑ってはこう言った。
「まさか!みんな下手だったからだよ。君の怒った演技、あれが良かったんだ」

