やったー!ヒラメキさんの奢りですか!?」
机の上には色とりどりのフルーツがのった豪華なパンケーキが置かれている。
向かいのカフェに帰ってきた二人は作戦会議がてらお茶をすることにした。パンケーキは長時間つきあってくれている夜空へのお礼である。
「中堂さん帰っちゃったね」
「舞台稽古もう始まってますから、忙しいんですよ」
中堂もまた星野劇団で役を演じる一人だ。午前にオーディション会場でスポットライトを浴びていたとき、確かに彼を見た気がする。他にも二階堂レイや後藤もあの場に座っていた。
みんな次の公演の合間にオーディションの役を引き受けているのだろう。
同じ世界観の中にいるが彼らの本当の地位は閃木とは一線を画している。
閃木にとってそれはなんとも羨ましいことだった。
「夜空さんももう役が決まってるんだよね?」
目の前でパンケーキを頬張っている少女もそうだ。齢十七そこそこで星野劇団に役をもらい活躍しているのだから、すごいことだ。普段やる気のない彼女も閃木とは違う何かを持っているのだろう。
閃木にはそれが眩しく見えた。
「私はね、物心ついたときから舞台に立ってるんですよ」
「え?」
「座長の星野は私の叔父なんです」
「そうなの!?」
「叔父は若いときから演劇一筋で……私が生まれたときなんか、両親に絶対に役者にするからって言って反対されてましたけど小さい子供の役が欲しかったんでしょうね、もれなく二歳で役者デビューしました」
まるで別世界のような話だった。そんな人生もあるのかとやはり羨ましくてたまらなかった。
自分がもがいて足掻いてそれでも手に入らないものを彼女は二歳にして手に入れた。
いまだに舞台に立ち続けているということは、才能もあったのかもしれない。それとも舞台が彼女を役者に育てたのか。
閃木は夜空の演技を見たことはないが、どうにも雲の上にいるようにしか感じなかった。
「ヒラメキさんはどうして演劇を始めたんですか?」
雲の上からの問いかけに閃木は飲んでいたコーヒーを置くと大学演劇の話をとって聞かせた。
天と地の地の部分のような情けない話だ。
実家の酒屋を支えよう経済学部へ進んだのに自分勝手に演劇の道を選び、失敗し、連れ戻されようとしていることも。
夜空のテキトーな態度のせいか何を話してもいいような気がしていた。なんでも受け入れてくれるようなある種の信頼感が夜空にはあった。
「オーディションは何回も落ちたし、そりゃたまに小さい役をもらうことはあったけど何かに繋がった気はしないよ」
自分は何も持ち得なかった。そんなことは最初の一年で気づいていた。ただこのまま帰れば実家の酒屋を継ぎ、商店街で歳をとる。そんな現実がたまらなく嫌だった。
自分は舞台役者になるのだと、その言葉があまりにも甘美で現実から目を逸らすには十分であった。
しかしタイムリミットはきてしまったのだ。
「今はもう、夢のために頑張ってるのか、夢に追われているだけなのか……わからなくなってきたよ」
本心だった。
夢を追うことで生きていた。しかし夢がなくなったとき、自分はどう生きるのだろうか。考えるだけで焦燥とした。
夜空は頬張っていたパンケーキを飲み込むとコーヒーを一口啜り、しばらくそのまま何も言わなかった。
少女には理解が及ばなかったのかもしれない。未来ある若者である彼女には。
「変な話をしてごめんね」
閃木もまたコーヒーを啜った。
「いえ……考えていたんです。ヒラメキさんはどうしてオーディションに受からないのかって」
「え!?ぐさっときたな……空気読んでたんじゃないのかよ……」
「どう思ってますか?」
「そうだな……これは自己分析なんだけど……喜怒哀楽の怒りっていうのかな、苦手なんだ。すごく。だからかな……」
「へぇそれは見てみたいですね!」
「あのねぇ喧嘩売ってる?」
「違いますよ!」
夜空は再びパンケーキを頬張っるともごもごとして飲み込んだ。
「初めに言いましたよね?私演技に興味ないって」
「え?ああ……」
「舞台の上で育った私にとって上手いか下手かなんてどうでもいいんですよ」
口をナプキンで拭い、夜空は静かに語った。
西陽が差している。窓から降り注ぐ光は彼女の柔らかい表情をより際立たせた。
何もかもが眩しかった。
思えば彼女のことも何も知らない。最初はただのお目付け役のように感じていたが、次第に相棒のようにも感じていた。
「今日一日名瀬さんと一緒にいてすごく楽しかったんです。へっぽこだし、自信満々に間違えるし……きっと同じ舞台に立てたらずっと楽しいだろうなって。舞台は私の人生だから……私の人生には楽しい人しかいてほしくないんです」
名瀬と呼んだその言葉はこの殺人の舞台の外の言葉だったのだろう。
おかしげに笑う夜空にもまた夜空なりの苦労があるのだろう。同時にずっとスマホを弄っていた夜空からは想像できないような表情であった。
もしかしたら、そういうキャラを演じていたのかもしれない。他のキャスト同様に。
キラキラと眩しい夜空の笑顔は、閃木の心を優しく照らしていた。
「叔父さんには内緒ですよ」
そういうと太々しく笑うのだった。
舞台役者としても先輩である夜空に認めてもらった。それだけでなんだか救われたような気持ちになった。
なんとなく照れくさい気持ちなる。心地よさすら感じる夜空の笑顔は閃木の心を軽くした。
「舞台の上、か……」
閃木は夜空の言葉が引っかかった。今まで必死すぎて見えて無かった事実が夜空のおかげで開けたといってもいい。
「なぜ鈴木尚人は舞台の上で死ななければならなかったのか?」
「地下で殺されたのでなければ、やはり舞台の上で殺されたのかもしれない」
「じゃぁやっぱり犯人は私ですか?」
「いや……本来鈴木さんは舞台の上にいるべきじゃないんだ。逆にないものは……凶器。まだ見つかってないよね?どこへいってしまったのか」
「なるほど」
「たとえば犯行時間が公演より前だったら?いくらでも凶器なんか隠せる」
「なるほど、じゃぁ死体は発見されるまでどこにあったんですか?」
「最初はそれが地下だと思っていた。でもそれは不可能だったよね?だとすれば……」
死体は舞台の近くにあったはずだ。停電が起きた後すぐに死体を移動できる場所。後藤の聞いたバンという音。地下がダメなら今度は……
「上……」
死体は天井に括り付けられていたのかもしれない。閃木は慌てて先程もらった二階堂レイの映像を再生した。
それは去年の映像であったが、ヒントはそこにあった。
「レイさんのマジックショー……剣を振りかざすシーンがあるよね?」
鈴木の偽物が入った箱に剣を突き刺すシーンだ。高々と剣を振り翳しているレイが映っていた。
「もしこのシーンで死体を落とすことができたら……仮に本当に刺さらなかったとしても刺殺体が転がってたら疑われていたのは二階堂レイだったかもしれない」
「本当はレイさんに罪をなすりつけるための仕掛けだったってことですか?」
「確認してみよう」
二人は向かいのレストランは慌ただしく戻っていった。
机の上には色とりどりのフルーツがのった豪華なパンケーキが置かれている。
向かいのカフェに帰ってきた二人は作戦会議がてらお茶をすることにした。パンケーキは長時間つきあってくれている夜空へのお礼である。
「中堂さん帰っちゃったね」
「舞台稽古もう始まってますから、忙しいんですよ」
中堂もまた星野劇団で役を演じる一人だ。午前にオーディション会場でスポットライトを浴びていたとき、確かに彼を見た気がする。他にも二階堂レイや後藤もあの場に座っていた。
みんな次の公演の合間にオーディションの役を引き受けているのだろう。
同じ世界観の中にいるが彼らの本当の地位は閃木とは一線を画している。
閃木にとってそれはなんとも羨ましいことだった。
「夜空さんももう役が決まってるんだよね?」
目の前でパンケーキを頬張っている少女もそうだ。齢十七そこそこで星野劇団に役をもらい活躍しているのだから、すごいことだ。普段やる気のない彼女も閃木とは違う何かを持っているのだろう。
閃木にはそれが眩しく見えた。
「私はね、物心ついたときから舞台に立ってるんですよ」
「え?」
「座長の星野は私の叔父なんです」
「そうなの!?」
「叔父は若いときから演劇一筋で……私が生まれたときなんか、両親に絶対に役者にするからって言って反対されてましたけど小さい子供の役が欲しかったんでしょうね、もれなく二歳で役者デビューしました」
まるで別世界のような話だった。そんな人生もあるのかとやはり羨ましくてたまらなかった。
自分がもがいて足掻いてそれでも手に入らないものを彼女は二歳にして手に入れた。
いまだに舞台に立ち続けているということは、才能もあったのかもしれない。それとも舞台が彼女を役者に育てたのか。
閃木は夜空の演技を見たことはないが、どうにも雲の上にいるようにしか感じなかった。
「ヒラメキさんはどうして演劇を始めたんですか?」
雲の上からの問いかけに閃木は飲んでいたコーヒーを置くと大学演劇の話をとって聞かせた。
天と地の地の部分のような情けない話だ。
実家の酒屋を支えよう経済学部へ進んだのに自分勝手に演劇の道を選び、失敗し、連れ戻されようとしていることも。
夜空のテキトーな態度のせいか何を話してもいいような気がしていた。なんでも受け入れてくれるようなある種の信頼感が夜空にはあった。
「オーディションは何回も落ちたし、そりゃたまに小さい役をもらうことはあったけど何かに繋がった気はしないよ」
自分は何も持ち得なかった。そんなことは最初の一年で気づいていた。ただこのまま帰れば実家の酒屋を継ぎ、商店街で歳をとる。そんな現実がたまらなく嫌だった。
自分は舞台役者になるのだと、その言葉があまりにも甘美で現実から目を逸らすには十分であった。
しかしタイムリミットはきてしまったのだ。
「今はもう、夢のために頑張ってるのか、夢に追われているだけなのか……わからなくなってきたよ」
本心だった。
夢を追うことで生きていた。しかし夢がなくなったとき、自分はどう生きるのだろうか。考えるだけで焦燥とした。
夜空は頬張っていたパンケーキを飲み込むとコーヒーを一口啜り、しばらくそのまま何も言わなかった。
少女には理解が及ばなかったのかもしれない。未来ある若者である彼女には。
「変な話をしてごめんね」
閃木もまたコーヒーを啜った。
「いえ……考えていたんです。ヒラメキさんはどうしてオーディションに受からないのかって」
「え!?ぐさっときたな……空気読んでたんじゃないのかよ……」
「どう思ってますか?」
「そうだな……これは自己分析なんだけど……喜怒哀楽の怒りっていうのかな、苦手なんだ。すごく。だからかな……」
「へぇそれは見てみたいですね!」
「あのねぇ喧嘩売ってる?」
「違いますよ!」
夜空は再びパンケーキを頬張っるともごもごとして飲み込んだ。
「初めに言いましたよね?私演技に興味ないって」
「え?ああ……」
「舞台の上で育った私にとって上手いか下手かなんてどうでもいいんですよ」
口をナプキンで拭い、夜空は静かに語った。
西陽が差している。窓から降り注ぐ光は彼女の柔らかい表情をより際立たせた。
何もかもが眩しかった。
思えば彼女のことも何も知らない。最初はただのお目付け役のように感じていたが、次第に相棒のようにも感じていた。
「今日一日名瀬さんと一緒にいてすごく楽しかったんです。へっぽこだし、自信満々に間違えるし……きっと同じ舞台に立てたらずっと楽しいだろうなって。舞台は私の人生だから……私の人生には楽しい人しかいてほしくないんです」
名瀬と呼んだその言葉はこの殺人の舞台の外の言葉だったのだろう。
おかしげに笑う夜空にもまた夜空なりの苦労があるのだろう。同時にずっとスマホを弄っていた夜空からは想像できないような表情であった。
もしかしたら、そういうキャラを演じていたのかもしれない。他のキャスト同様に。
キラキラと眩しい夜空の笑顔は、閃木の心を優しく照らしていた。
「叔父さんには内緒ですよ」
そういうと太々しく笑うのだった。
舞台役者としても先輩である夜空に認めてもらった。それだけでなんだか救われたような気持ちになった。
なんとなく照れくさい気持ちなる。心地よさすら感じる夜空の笑顔は閃木の心を軽くした。
「舞台の上、か……」
閃木は夜空の言葉が引っかかった。今まで必死すぎて見えて無かった事実が夜空のおかげで開けたといってもいい。
「なぜ鈴木尚人は舞台の上で死ななければならなかったのか?」
「地下で殺されたのでなければ、やはり舞台の上で殺されたのかもしれない」
「じゃぁやっぱり犯人は私ですか?」
「いや……本来鈴木さんは舞台の上にいるべきじゃないんだ。逆にないものは……凶器。まだ見つかってないよね?どこへいってしまったのか」
「なるほど」
「たとえば犯行時間が公演より前だったら?いくらでも凶器なんか隠せる」
「なるほど、じゃぁ死体は発見されるまでどこにあったんですか?」
「最初はそれが地下だと思っていた。でもそれは不可能だったよね?だとすれば……」
死体は舞台の近くにあったはずだ。停電が起きた後すぐに死体を移動できる場所。後藤の聞いたバンという音。地下がダメなら今度は……
「上……」
死体は天井に括り付けられていたのかもしれない。閃木は慌てて先程もらった二階堂レイの映像を再生した。
それは去年の映像であったが、ヒントはそこにあった。
「レイさんのマジックショー……剣を振りかざすシーンがあるよね?」
鈴木の偽物が入った箱に剣を突き刺すシーンだ。高々と剣を振り翳しているレイが映っていた。
「もしこのシーンで死体を落とすことができたら……仮に本当に刺さらなかったとしても刺殺体が転がってたら疑われていたのは二階堂レイだったかもしれない」
「本当はレイさんに罪をなすりつけるための仕掛けだったってことですか?」
「確認してみよう」
二人は向かいのレストランは慌ただしく戻っていった。

