「──ぜっ……全部…?」
とんだ爆弾発言に信じられない気持ちで問えば、黒瀬は当然だろという表情で頷いた。
「全部。リアタイで」
しかもリアタイで!?
──い、いや、さすがに盛ってるんじゃないか? と疑心に駆られてしまう。
「それはその、真の意味の『全部』じゃなくて、『ほとんど全部』的な意味ではなく……?」
「ではなく」
「あの一種の事故とも言える、一番最初の、寝言配信も……?」
あれに関しては「無断はどうなんだ」と、俺が気づいてすぐに非公開になっている。さすがにあれは聴いていないだろうと問えば、黒瀬は何てことないように「あれもリアタイだよ」と肯定した。
「あれが『HAKU-shion』追いかけるきっかけだし」
「まじで……?」
「マジで」
黒瀬は「俺、最古参だよ」と、少し誇らしげな顔で頷いた。
「雑談配信も良かったな。いい声なのはいつも通りだけど、ASMR配信の時よりちょっと砕けた感じで、より自然っていうか、身近な感じで、安心するっていうか」
「うぐっ……」
──聴かれたのか、あれを。
ダラダラと冷や汗が止まらない。
すぐ目の前で、配信の感想を言われている状況に、俺は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
一度きりの雑談配信は、姉の紗枝が「いくつか来てる質問リストにしたし、それに答えるだけでいいから試しにさ! ね? やってみよ!」という勢いの元、相も変わらず流されるまま行った配信だった。
──「『HAKU-shion』の由来は、息を『吐く』ように自然な語り口調がコンセプト……というか、そもそも、うまく演技とかできないっていうか……。で、『ハク』だけだと色々被りそうだから、後ろに『shion』って足した、らしい。……らしいっていうのは、これ、家族が付けてくれた名前だから。『HAKU』から続けると、響きがいいよね。そのまま『ハクシオン』でも、呼びやすさ重視で『ハクション』でも、好きに呼んでくれたら──」
そんな風に俺は、質問のひとつである命名の由来について、たどたどしく答えていった。
ぶっちゃけ、雑談配信は俺には難しかった。
致命的に向いていなかった。ただただ答えることしかできず──紗枝はそれでいいと言っていたが──言葉もよくつっかえていたし、二度目はないなとなって今に至る。
お試し配信だったこともあり、そもそもアーカイブに残さない前提だった。質問の回答自体は文字ベースでネット上に残してある。
黒瀬が知っているのも、せめてそっちで掴んだ情報であってほしかった。
──というか、雑談を聴かれたことだけでなく。
改めて考えてみても、黒瀬の『全部観てる』『リアタイで』『最古参』という発言の衝撃も凄まじい。
ほ、ホントに? あの『黒瀬瑛理』が? マジで言ってるのか……?
「雑談配信でも『うまく演技できない』とか言ってたけど、自然体で、いい声でって、やろうと思ってできるもんじゃないでしょ。『自然な語り口調』って意識すればするほど、良くも悪くも力が入るもんじゃね? 『HAKU-shion』はホントに着飾ってない感じ。って言っても、俺詳しくないし、うまく言えないけど、多分こういうのって技術とかじゃなくて、天性のものなんじゃないかって」
黒瀬は熱に浮かされたように、感想を言い続けている。俺は唖然と見上げるしかない。
──未だにどこか現実味がない。
自分の配信に対して、ここまでの熱量を持ってもらえているなんて、思ってもみなかった。
ありがたくはある……が、恥ずかしくもあった。
俺が反応に困っていると、黒瀬が突然はっとしたように口を噤んだ。
「……ごめん、俺また勝手にテンション上げて、長々感想押しつけて……厄介ファンすぎるだろ……」
先ほどまでの勢いが嘘のように、黒瀬がまたしおしおになってる。
「最古参リスナーが害悪、厄介だなんて最低じゃん……うわ俺、ホントない、ホント最悪すぎ……」
「い、いいよ。それだけその……熱中してもらえるって、ありがたいことだし」
「でも、こういうの、マジ気をつける。藍沢の前で言わないようにする……」
黒瀬はしゅんとした面持ちのまま、しょんぼりと視線を下げた。
見た目は相変わらず、近寄りがたい。
黒瀬は背が高い。長身から見下ろされるというだけでも、俺は萎縮してしまう。
ラフに着崩した制服に、色素の薄い髪色。両耳にいくつも穴を開けた上、シルバーピアスを惜しげもなく身につけている。目つきの鋭さ自体も変わらない。
だけど、眉尻がほんの少し下がった表情に、いつものような威圧感はどこにも見当たらなかった。
本当に、大型犬の子犬のようなのだ。
──もしかしてなんだけど、黒瀬って……。
俺が、あるひとつの気づきを得ようとしていた時。
静まり返った室内に、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。
「あ……」
不意を突かれたように、二人同時に声が漏れた。
昼休みは呆気ないほどあっさり、その幕を閉じようとしていた。
「えっと、も、戻ろうか……」
俺は急に心許なくなって、外していたマスクを急いで付け直すと、この場の解散を提案した。
黒瀬は少し迷ったような素振りをしたが、結局頷いて出口へと足を向ける。
俺もドアへと振り返り、廊下に踏み出そうとした。その時。
不意に、左手の小指に何かが触れた。
反射で少しだけ肩が揺れる。だらりと下げていた左手を見下ろすと、そこには、黒瀬の小指がほんのわずか……羽根のようなささやかな接触で、絡むように触れていた。
「俺、絶対に誰にも言わないから──約束」
耳元で、黒瀬の声が密やかに響く。
一瞬だけ目が合ったかと思うと、黒瀬はそのまま足早に空き教室を後にした。
俺はと言えば、半ば呆然と立ち尽くし、それを見送ることしかできなかった。
指先に残る微かな熱と、起きた出来事の整合性を、なんとかまとめてみる。
──今のって、もしかして、
「『指切りげんまん』ってこと、か……?」
俺は自身の小指を見下ろしながら信じられないような思いを抱くと共に、先ほど得かけた『気づき』が確信を持って脳内に浮かび上がっていくのを感じた。
もしかしてなんだけど、黒瀬って、結構可愛い奴なんじゃ……?
とんだ爆弾発言に信じられない気持ちで問えば、黒瀬は当然だろという表情で頷いた。
「全部。リアタイで」
しかもリアタイで!?
──い、いや、さすがに盛ってるんじゃないか? と疑心に駆られてしまう。
「それはその、真の意味の『全部』じゃなくて、『ほとんど全部』的な意味ではなく……?」
「ではなく」
「あの一種の事故とも言える、一番最初の、寝言配信も……?」
あれに関しては「無断はどうなんだ」と、俺が気づいてすぐに非公開になっている。さすがにあれは聴いていないだろうと問えば、黒瀬は何てことないように「あれもリアタイだよ」と肯定した。
「あれが『HAKU-shion』追いかけるきっかけだし」
「まじで……?」
「マジで」
黒瀬は「俺、最古参だよ」と、少し誇らしげな顔で頷いた。
「雑談配信も良かったな。いい声なのはいつも通りだけど、ASMR配信の時よりちょっと砕けた感じで、より自然っていうか、身近な感じで、安心するっていうか」
「うぐっ……」
──聴かれたのか、あれを。
ダラダラと冷や汗が止まらない。
すぐ目の前で、配信の感想を言われている状況に、俺は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
一度きりの雑談配信は、姉の紗枝が「いくつか来てる質問リストにしたし、それに答えるだけでいいから試しにさ! ね? やってみよ!」という勢いの元、相も変わらず流されるまま行った配信だった。
──「『HAKU-shion』の由来は、息を『吐く』ように自然な語り口調がコンセプト……というか、そもそも、うまく演技とかできないっていうか……。で、『ハク』だけだと色々被りそうだから、後ろに『shion』って足した、らしい。……らしいっていうのは、これ、家族が付けてくれた名前だから。『HAKU』から続けると、響きがいいよね。そのまま『ハクシオン』でも、呼びやすさ重視で『ハクション』でも、好きに呼んでくれたら──」
そんな風に俺は、質問のひとつである命名の由来について、たどたどしく答えていった。
ぶっちゃけ、雑談配信は俺には難しかった。
致命的に向いていなかった。ただただ答えることしかできず──紗枝はそれでいいと言っていたが──言葉もよくつっかえていたし、二度目はないなとなって今に至る。
お試し配信だったこともあり、そもそもアーカイブに残さない前提だった。質問の回答自体は文字ベースでネット上に残してある。
黒瀬が知っているのも、せめてそっちで掴んだ情報であってほしかった。
──というか、雑談を聴かれたことだけでなく。
改めて考えてみても、黒瀬の『全部観てる』『リアタイで』『最古参』という発言の衝撃も凄まじい。
ほ、ホントに? あの『黒瀬瑛理』が? マジで言ってるのか……?
「雑談配信でも『うまく演技できない』とか言ってたけど、自然体で、いい声でって、やろうと思ってできるもんじゃないでしょ。『自然な語り口調』って意識すればするほど、良くも悪くも力が入るもんじゃね? 『HAKU-shion』はホントに着飾ってない感じ。って言っても、俺詳しくないし、うまく言えないけど、多分こういうのって技術とかじゃなくて、天性のものなんじゃないかって」
黒瀬は熱に浮かされたように、感想を言い続けている。俺は唖然と見上げるしかない。
──未だにどこか現実味がない。
自分の配信に対して、ここまでの熱量を持ってもらえているなんて、思ってもみなかった。
ありがたくはある……が、恥ずかしくもあった。
俺が反応に困っていると、黒瀬が突然はっとしたように口を噤んだ。
「……ごめん、俺また勝手にテンション上げて、長々感想押しつけて……厄介ファンすぎるだろ……」
先ほどまでの勢いが嘘のように、黒瀬がまたしおしおになってる。
「最古参リスナーが害悪、厄介だなんて最低じゃん……うわ俺、ホントない、ホント最悪すぎ……」
「い、いいよ。それだけその……熱中してもらえるって、ありがたいことだし」
「でも、こういうの、マジ気をつける。藍沢の前で言わないようにする……」
黒瀬はしゅんとした面持ちのまま、しょんぼりと視線を下げた。
見た目は相変わらず、近寄りがたい。
黒瀬は背が高い。長身から見下ろされるというだけでも、俺は萎縮してしまう。
ラフに着崩した制服に、色素の薄い髪色。両耳にいくつも穴を開けた上、シルバーピアスを惜しげもなく身につけている。目つきの鋭さ自体も変わらない。
だけど、眉尻がほんの少し下がった表情に、いつものような威圧感はどこにも見当たらなかった。
本当に、大型犬の子犬のようなのだ。
──もしかしてなんだけど、黒瀬って……。
俺が、あるひとつの気づきを得ようとしていた時。
静まり返った室内に、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。
「あ……」
不意を突かれたように、二人同時に声が漏れた。
昼休みは呆気ないほどあっさり、その幕を閉じようとしていた。
「えっと、も、戻ろうか……」
俺は急に心許なくなって、外していたマスクを急いで付け直すと、この場の解散を提案した。
黒瀬は少し迷ったような素振りをしたが、結局頷いて出口へと足を向ける。
俺もドアへと振り返り、廊下に踏み出そうとした。その時。
不意に、左手の小指に何かが触れた。
反射で少しだけ肩が揺れる。だらりと下げていた左手を見下ろすと、そこには、黒瀬の小指がほんのわずか……羽根のようなささやかな接触で、絡むように触れていた。
「俺、絶対に誰にも言わないから──約束」
耳元で、黒瀬の声が密やかに響く。
一瞬だけ目が合ったかと思うと、黒瀬はそのまま足早に空き教室を後にした。
俺はと言えば、半ば呆然と立ち尽くし、それを見送ることしかできなかった。
指先に残る微かな熱と、起きた出来事の整合性を、なんとかまとめてみる。
──今のって、もしかして、
「『指切りげんまん』ってこと、か……?」
俺は自身の小指を見下ろしながら信じられないような思いを抱くと共に、先ほど得かけた『気づき』が確信を持って脳内に浮かび上がっていくのを感じた。
もしかしてなんだけど、黒瀬って、結構可愛い奴なんじゃ……?

