「……これ、指につけた方がいい?」
抱きつく黒瀬をひっつけたまま、俺は手にしたままだったペンダント──もとい、指輪について訊ねた。黒瀬はビクリと体を震わせると、のろのろと俺から手を離した。
「つけてくれるのは、嬉しいんだけど……それされると、俺、我慢できなくなりそう……」
「……我慢?」
「や。今日は藍沢をお預かりしている身だし……というか、せめて成人……成人って十八歳だっけ。じゃあ、高校卒業するまではやっぱり……」
黒瀬はごにょごにょと自分に言い聞かせるように呟くと、俺の手元へ視線を落とした。
「一回、貸して」
俺は素直に黒瀬からのプレゼントを差し出した。
「……少しだけ、じっとしてて」
黒瀬の大きな手が、正面から俺の首元へと伸びる。
冷たい銀の鎖が肌に触れる。続いて黒瀬の温かい指先が。それらが首筋に掠めるたび、心臓が跳ねた。カチリ、と小さな金具が留まる音が、静かな部屋に響く。
「だから、とりあえずは予約ってことで」
黒瀬はそう言って、照れくさそうに笑った。
アクセサリーをつける習慣がない俺は、不思議な心地で首元に下がるそれを見下ろした。ペンダントトップとなっている銀細工を指先で摘まみ、黒瀬の言う『予約』の意味を考える。自然と自分の左手薬指に視線がいった。
「というか、藍沢。保健室のこと覚えてたんだ」
「え?」
「ホラ、『好きだから触りたい』ってやつ……藍沢、全然気にしてないってか、話題に出さなかったから……」
「……ああ」
こちらからすれば「話題にしなかったのはそっちもだろう」という話だが、黒瀬が繊細で、案外奥手なところがあるとわかってきたので、突っ込まないでおくことにした。
今はそれよりも、確認しておきたいことがあった。
「ところで、黒瀬の思う『触る』ってどこまで?」
「っ……え、えっ……? なななななに、突然」
お互いに、お互いのこと触りたいとわかったわけで。
「こうして、抱きしめるってのはその一環だと思うんだけど」
「まぁ、うん」
「手と手は」
「……繋ぎたい」
ふたりで指を絡めてみる。黒瀬の大きな手が、弱い力でにぎにぎとしてくる。
「俺的には、ひとまずは抱っこと手で十分。藍沢が恋人になってくれただけでも嬉しいし」
黒瀬の顔には満足げな笑みがあった。
「恋人、なんだ……」
「えっ……!? ち、違う……?」
「いや──なんか、こういうの初めてだからいまいち実感が……」
じわじわと耳まで熱くなっていくのがわかる。
俺の顔の熱で、拒絶ではないことが黒瀬にも伝わったのだろう。ごく自然な動きで、黒瀬の手が俺の耳元に伸びた。
「赤くなってる」
「う……ちなみに黒瀬、人のこと言えないからな。……というか、耳も触っていいんだ」
「……あっ」
俺も黒瀬に倣い、彼の赤い耳へと指を伸ばした。
唐突に、あの日のことを──黒瀬に『HAKU-shion』のことを知られた日のことを思い出す。
遅刻して教室に入ってきた黒瀬。周りも俺も、それをどこか遠巻きにしていて、俺たちはまだ、ただのクラスメイトだった。
──隣の席に座った黒瀬。何の気なしに見た耳の形が、とても綺麗だなと思ったのだ。
こうして指で触れる日がくるなんて、想像もしなかった。
「黒瀬。耳もいいなら、顔は?」
「っっ……」
「ダメならダメって言ってくれると」
「──ダメ、じゃないけど……」
そこから始まった『どこからどこまで触るのか』の確認という名のじゃれ合いは、最終的に黒瀬が「ちょ、もう……俺の理性がもたないから……!」と浴室に駆け込んでお開きとなった。
***
それからどうなったかというと、実際のところ大きく変わったわけではない。
──学校でも家でも、黒瀬は元々俺に対してだいぶ優しい、というか、過保護というか、甘かったし。
とはいえ、ささやかな触れ合いが増えたのは確かだ。
黒瀬なりの自制と線引きがあるようで、なんというか、こう……いわゆる大人の触れ合いみたいのはない。俺としても、もっと触りたいという気持ちがないわけでもないけど、互いの体温を確かめ合うだけで胸がいっぱいというのも事実だった。
うちの家族はそれはもう、当然のように受け入れてくれた。俺がちょっとビックリするくらい自然に。それだけ、黒瀬の人となりが好まれていたのだろう。友人として……そして、恋人として嬉しく思う。
季節はあっという間に冬休みを越え、一月下旬。
風呂から上がって廊下を歩いていると、自室のドアの隙間からニナがするりと出てきた。多分、また黒瀬と遊んでいたのだろう。黒瀬は「いや、俺が遊ばれてるだけ」と言っていたが。
ゴロゴロとすり寄ってくるニナをひとしきり撫でて愛でる。
彼女が満足して去って行くのを見届けてから、俺は自室のドアの隙間から、そっと中を覗き込んだ。
黒瀬はベッドに寝転がり、目を閉じていた。
ピアスを外した無防備な耳には、ワイヤレスイヤホンが部屋の灯りを浴びて鈍く光っている。……相変わらず、黒瀬は隙あらば『HAKU-shion』のアーカイブを聴いている。
先日の配信──『冬休みの穏やかな午後』も好評のようでありがたくはある、けれど。なんとも複雑な気持ちで室内に入る。
寝てしまっている可能性を考え、足音を忍ばせてベッド脇へ歩み寄る。
サイドチェストに置かれたシルバートレイには、黒瀬のピアスと、チェーン付の俺の指輪が、並んで置かれていた。
黒瀬は俺がすぐ傍まで来ても動かない。本当に寝てしまったのか、それとも、それだけ『HAKU-shion』に集中しているのか。
俺は手持ち無沙汰に、つい、トレイにあるピアスのひとつを指先でつついた。
「それ、気になる?」
「うぁっ……!」
唐突な声に驚き、慌てて手を引っ込める。
目を開けていた黒瀬が、イヤホンを外しながら上体を起こした。
「お、起きてたのか……」
「確かに『HAKU-shion』のアーカイブ聴いてるといつの間にか寝ちゃうことあるけど」
「そりゃ良かった」
黒瀬の不眠は、もう解消されている。
なんでも「藍沢がいてくれるって思うと、大丈夫って思えるようになった」と照れ臭そうに話してくれた。俺が眠りにつくよりも先に、黒瀬が穏やかな寝息を立て始めることも多く、その無防備な姿にひどく安心した。
黒瀬は一度大きく伸びをしてから立ち上がり、俺の隣に並んだ。
「もしかして、俺が構ってこないから──妬いちゃった? とか」
イタズラめいた瞳で、黒瀬が笑う。
──前にも、似たシチュエーションがあった。あの時は何て言ったっけ。思考の端でそんなことを考えつつ、俺は正直な気持ちを口にした。
「そりゃ、嫉妬するに決まってるだろ」
トラウマだった俺の声を好きだと言ってくれて──例えその声がなくても良いと、黒瀬が愛してくれた。だからこそもう『HAKU-shion』にも負けたくない。黒瀬の鼓膜を、今の、生身の、体温のある自分の声だけで満たしたい。それは、確かな嫉妬だった。
黒瀬は「うぐっ」と呻くと、ベッドに崩れ落ちた。顔から耳先まで、見る間に真っ赤に染まっていく。
俺は黒瀬を追いかけるようにベッドに乗り上げ、顔を隠そうとする手を取った。
「……藍沢、し、嫉妬、したんだ……?」
「『独り占めしたい』って言ったし」
「…………うん」
大人しく頷いた黒瀬は、俺の腰を抱き寄せてきた。ふたりでベッドの上に転がり、黒瀬は大型犬のように俺の首筋に顔を埋めてくる。
大型犬の子犬。相変わらず黒瀬は可愛い。こうして抱きついて甘えてくるくせに、しばらくすると「ちょっと……これ以上は我慢が……」と言って離れてしまうのがお決まりの流れだった。
……少し前屈みなのも可愛いと思ってしまうのは、良くない感情だろうか。
とりあえずは彼が限界を迎えるまで、大人しく抱き込まれて堪能しておくことにしている。
「……ちなみに、俺もめちゃくちゃ嫉妬してるから」
張り合うように黒瀬が唇を尖らせた。
「えぇ……? そんな要素、どこにあるんだ……?」
なんだかんだモテる黒瀬ならともかく、俺のような陰キャで地味な人間にそんな嫉妬される状況があるわけがない。
「ホラ、クラスの女の子とかと、最近ちょくちょく話してるでしょ」
「……え? ああ、高城さんかな? クラス委員だし、面倒見いいよね」
「まぁ、悪い人じゃない、っつか、いい人なのはわかってるんだけど……見る目あるし」
黒瀬の息が、首筋にかかる。
くすぐったいやら、何やら。俺は黒瀬の無防備な耳ごと頭を撫でる。
『HAKU-shion』に救われてくれた人がいる。何より、俺自身が救われている。だから配信はこれからも続けていくつもりだ。誰かの救いの一欠片になれるなら、と。
黒瀬の作ったアクセサリーは、変わらず喫茶店のレジ脇の小さな棚に置かれている。マスター曰く「人気なんですよ」とのことで、彼の生み出した作品たちが、誰かの日々を彩るために次々と旅立っていく。
俺たちが作り出す『声』や『形』は、そうやって世界に溶け出し、誰かのものになっていくけれど。
今、俺の指先に伝わるこの熱量だけは、他の誰にも譲れない。
「ま、学校ではいいけど」
黒瀬が伏せていた顔を上げ、俺の瞳をじっと覗き込んできた。
「とりあえずは今は、目の前の俺、でしょ?」
その熱を帯びた独占欲に、俺の顔も熱くなっていく。
どこか不器用で、それでも真っ直ぐな、誰より愛しい俺だけの黒瀬。
その体温を確かめるように俺はただ頷いて、彼の背に、そっと手を回した。
抱きつく黒瀬をひっつけたまま、俺は手にしたままだったペンダント──もとい、指輪について訊ねた。黒瀬はビクリと体を震わせると、のろのろと俺から手を離した。
「つけてくれるのは、嬉しいんだけど……それされると、俺、我慢できなくなりそう……」
「……我慢?」
「や。今日は藍沢をお預かりしている身だし……というか、せめて成人……成人って十八歳だっけ。じゃあ、高校卒業するまではやっぱり……」
黒瀬はごにょごにょと自分に言い聞かせるように呟くと、俺の手元へ視線を落とした。
「一回、貸して」
俺は素直に黒瀬からのプレゼントを差し出した。
「……少しだけ、じっとしてて」
黒瀬の大きな手が、正面から俺の首元へと伸びる。
冷たい銀の鎖が肌に触れる。続いて黒瀬の温かい指先が。それらが首筋に掠めるたび、心臓が跳ねた。カチリ、と小さな金具が留まる音が、静かな部屋に響く。
「だから、とりあえずは予約ってことで」
黒瀬はそう言って、照れくさそうに笑った。
アクセサリーをつける習慣がない俺は、不思議な心地で首元に下がるそれを見下ろした。ペンダントトップとなっている銀細工を指先で摘まみ、黒瀬の言う『予約』の意味を考える。自然と自分の左手薬指に視線がいった。
「というか、藍沢。保健室のこと覚えてたんだ」
「え?」
「ホラ、『好きだから触りたい』ってやつ……藍沢、全然気にしてないってか、話題に出さなかったから……」
「……ああ」
こちらからすれば「話題にしなかったのはそっちもだろう」という話だが、黒瀬が繊細で、案外奥手なところがあるとわかってきたので、突っ込まないでおくことにした。
今はそれよりも、確認しておきたいことがあった。
「ところで、黒瀬の思う『触る』ってどこまで?」
「っ……え、えっ……? なななななに、突然」
お互いに、お互いのこと触りたいとわかったわけで。
「こうして、抱きしめるってのはその一環だと思うんだけど」
「まぁ、うん」
「手と手は」
「……繋ぎたい」
ふたりで指を絡めてみる。黒瀬の大きな手が、弱い力でにぎにぎとしてくる。
「俺的には、ひとまずは抱っこと手で十分。藍沢が恋人になってくれただけでも嬉しいし」
黒瀬の顔には満足げな笑みがあった。
「恋人、なんだ……」
「えっ……!? ち、違う……?」
「いや──なんか、こういうの初めてだからいまいち実感が……」
じわじわと耳まで熱くなっていくのがわかる。
俺の顔の熱で、拒絶ではないことが黒瀬にも伝わったのだろう。ごく自然な動きで、黒瀬の手が俺の耳元に伸びた。
「赤くなってる」
「う……ちなみに黒瀬、人のこと言えないからな。……というか、耳も触っていいんだ」
「……あっ」
俺も黒瀬に倣い、彼の赤い耳へと指を伸ばした。
唐突に、あの日のことを──黒瀬に『HAKU-shion』のことを知られた日のことを思い出す。
遅刻して教室に入ってきた黒瀬。周りも俺も、それをどこか遠巻きにしていて、俺たちはまだ、ただのクラスメイトだった。
──隣の席に座った黒瀬。何の気なしに見た耳の形が、とても綺麗だなと思ったのだ。
こうして指で触れる日がくるなんて、想像もしなかった。
「黒瀬。耳もいいなら、顔は?」
「っっ……」
「ダメならダメって言ってくれると」
「──ダメ、じゃないけど……」
そこから始まった『どこからどこまで触るのか』の確認という名のじゃれ合いは、最終的に黒瀬が「ちょ、もう……俺の理性がもたないから……!」と浴室に駆け込んでお開きとなった。
***
それからどうなったかというと、実際のところ大きく変わったわけではない。
──学校でも家でも、黒瀬は元々俺に対してだいぶ優しい、というか、過保護というか、甘かったし。
とはいえ、ささやかな触れ合いが増えたのは確かだ。
黒瀬なりの自制と線引きがあるようで、なんというか、こう……いわゆる大人の触れ合いみたいのはない。俺としても、もっと触りたいという気持ちがないわけでもないけど、互いの体温を確かめ合うだけで胸がいっぱいというのも事実だった。
うちの家族はそれはもう、当然のように受け入れてくれた。俺がちょっとビックリするくらい自然に。それだけ、黒瀬の人となりが好まれていたのだろう。友人として……そして、恋人として嬉しく思う。
季節はあっという間に冬休みを越え、一月下旬。
風呂から上がって廊下を歩いていると、自室のドアの隙間からニナがするりと出てきた。多分、また黒瀬と遊んでいたのだろう。黒瀬は「いや、俺が遊ばれてるだけ」と言っていたが。
ゴロゴロとすり寄ってくるニナをひとしきり撫でて愛でる。
彼女が満足して去って行くのを見届けてから、俺は自室のドアの隙間から、そっと中を覗き込んだ。
黒瀬はベッドに寝転がり、目を閉じていた。
ピアスを外した無防備な耳には、ワイヤレスイヤホンが部屋の灯りを浴びて鈍く光っている。……相変わらず、黒瀬は隙あらば『HAKU-shion』のアーカイブを聴いている。
先日の配信──『冬休みの穏やかな午後』も好評のようでありがたくはある、けれど。なんとも複雑な気持ちで室内に入る。
寝てしまっている可能性を考え、足音を忍ばせてベッド脇へ歩み寄る。
サイドチェストに置かれたシルバートレイには、黒瀬のピアスと、チェーン付の俺の指輪が、並んで置かれていた。
黒瀬は俺がすぐ傍まで来ても動かない。本当に寝てしまったのか、それとも、それだけ『HAKU-shion』に集中しているのか。
俺は手持ち無沙汰に、つい、トレイにあるピアスのひとつを指先でつついた。
「それ、気になる?」
「うぁっ……!」
唐突な声に驚き、慌てて手を引っ込める。
目を開けていた黒瀬が、イヤホンを外しながら上体を起こした。
「お、起きてたのか……」
「確かに『HAKU-shion』のアーカイブ聴いてるといつの間にか寝ちゃうことあるけど」
「そりゃ良かった」
黒瀬の不眠は、もう解消されている。
なんでも「藍沢がいてくれるって思うと、大丈夫って思えるようになった」と照れ臭そうに話してくれた。俺が眠りにつくよりも先に、黒瀬が穏やかな寝息を立て始めることも多く、その無防備な姿にひどく安心した。
黒瀬は一度大きく伸びをしてから立ち上がり、俺の隣に並んだ。
「もしかして、俺が構ってこないから──妬いちゃった? とか」
イタズラめいた瞳で、黒瀬が笑う。
──前にも、似たシチュエーションがあった。あの時は何て言ったっけ。思考の端でそんなことを考えつつ、俺は正直な気持ちを口にした。
「そりゃ、嫉妬するに決まってるだろ」
トラウマだった俺の声を好きだと言ってくれて──例えその声がなくても良いと、黒瀬が愛してくれた。だからこそもう『HAKU-shion』にも負けたくない。黒瀬の鼓膜を、今の、生身の、体温のある自分の声だけで満たしたい。それは、確かな嫉妬だった。
黒瀬は「うぐっ」と呻くと、ベッドに崩れ落ちた。顔から耳先まで、見る間に真っ赤に染まっていく。
俺は黒瀬を追いかけるようにベッドに乗り上げ、顔を隠そうとする手を取った。
「……藍沢、し、嫉妬、したんだ……?」
「『独り占めしたい』って言ったし」
「…………うん」
大人しく頷いた黒瀬は、俺の腰を抱き寄せてきた。ふたりでベッドの上に転がり、黒瀬は大型犬のように俺の首筋に顔を埋めてくる。
大型犬の子犬。相変わらず黒瀬は可愛い。こうして抱きついて甘えてくるくせに、しばらくすると「ちょっと……これ以上は我慢が……」と言って離れてしまうのがお決まりの流れだった。
……少し前屈みなのも可愛いと思ってしまうのは、良くない感情だろうか。
とりあえずは彼が限界を迎えるまで、大人しく抱き込まれて堪能しておくことにしている。
「……ちなみに、俺もめちゃくちゃ嫉妬してるから」
張り合うように黒瀬が唇を尖らせた。
「えぇ……? そんな要素、どこにあるんだ……?」
なんだかんだモテる黒瀬ならともかく、俺のような陰キャで地味な人間にそんな嫉妬される状況があるわけがない。
「ホラ、クラスの女の子とかと、最近ちょくちょく話してるでしょ」
「……え? ああ、高城さんかな? クラス委員だし、面倒見いいよね」
「まぁ、悪い人じゃない、っつか、いい人なのはわかってるんだけど……見る目あるし」
黒瀬の息が、首筋にかかる。
くすぐったいやら、何やら。俺は黒瀬の無防備な耳ごと頭を撫でる。
『HAKU-shion』に救われてくれた人がいる。何より、俺自身が救われている。だから配信はこれからも続けていくつもりだ。誰かの救いの一欠片になれるなら、と。
黒瀬の作ったアクセサリーは、変わらず喫茶店のレジ脇の小さな棚に置かれている。マスター曰く「人気なんですよ」とのことで、彼の生み出した作品たちが、誰かの日々を彩るために次々と旅立っていく。
俺たちが作り出す『声』や『形』は、そうやって世界に溶け出し、誰かのものになっていくけれど。
今、俺の指先に伝わるこの熱量だけは、他の誰にも譲れない。
「ま、学校ではいいけど」
黒瀬が伏せていた顔を上げ、俺の瞳をじっと覗き込んできた。
「とりあえずは今は、目の前の俺、でしょ?」
その熱を帯びた独占欲に、俺の顔も熱くなっていく。
どこか不器用で、それでも真っ直ぐな、誰より愛しい俺だけの黒瀬。
その体温を確かめるように俺はただ頷いて、彼の背に、そっと手を回した。

