『ガチ恋ではない』と彼は言うけれど 〜隣の席の鋭利な一匹狼は、俺の声に心酔する古参リスナーでした〜

 ……少しの沈黙があった。

 俺は、黒瀬の語ったことをしっかりと記憶に刻みながら──彼が、こうして俺に語ってくれたことの真意を考える。
 静かな室内で、黒瀬が緊張を堪えるように、何度か呼吸を繰り返した。

「……それで、ここからが本番。ちゃんとしたいってのは、こっちの意味でもあって……」

 彼は一度立ち上がると、作業部屋から手のひらサイズの小さな革製の箱を持ってきた。それを、そっと、俺の前のローテーブルに置く。

「……これは?」
「クリスマスプレゼント」
「──お……まえ、自分はプレゼント拒否っておいて……!」
「いや! だって藍沢、ケーキ買ってくれたし」
「それも俺が言うまでなかったかもだろ」
「……藍沢、部屋に俺のピアス置くトレイ、用意しといてくれてたでしょ」
「あれ、は……」

 駅前の雑貨屋で、たまたま見かけたシルバートレイ。
 黒瀬が俺の部屋に泊まるとき、ここにピアスを置けばいいんじゃないか。ごく自然にそう思い、特に迷うこともなく購入し、自室に置いた。黒瀬に、良かったらここに置いてと伝えたとき、「……いいの?」とわかりやすく喜んでくれたのを覚えている。

「黒瀬に似合うかなって……」
「──それと、同じ気持ち。藍沢も言ったでしょ。『受け取ってくれた方が喜ぶよ』って」
 自分の放った言葉がブーメランのように返ってくる。……そもそも、プレゼント自体は、非常に嬉しいのだ。
「……ありがとう」
 俺は観念して、プレゼントを受け取った。小箱を手にすると、黒瀬が再びソワソワし出すので、「開けてみてもいい?」と俺から切り出した。
 黒瀬が頷いたので、俺はシンプルなラッピングをされたそれを開封し、慎重に箱の蓋を上げる。

「──ペンダント?」

 丁寧にしまわれていたそれを、そっと取り出す。
 繊細な銀の鎖に、銀細工のペンダントトップがついている。

「これ、黒瀬が作っただろ」
「……鎖は選んだだけだけど」
 それ以外の否定はなかった。
 つまりこのペンダントトップは、黒瀬がその手で作り上げた、この世界に一つだけのもの。

「藍沢に、似合うかなって……」
 ペンダントを見ていた視線を、黒瀬に向ける。その頬は、徐々に赤く染まっていっている。

 俺は再び視線をプレゼントへ落としながら、ペンダントトップを指先でなぞる。
 鋭くも温かくて、繊細。黒瀬らしさがわかる、リング状の銀細工。

 というか。
 これは、『リング状』というより。

「……指輪?」

 ──『リング』そのものじゃないか?
 
 途端、黒瀬は「うぐっ」と喉を鳴らしたかと思うと、両手で顔を覆い、ソファの上で丸まってしまった。

「お、重いって思ったでしょ……? わかってる、自分でもそう思ってるし……」
「やっぱりこれ、指輪なんだ」
「………………」

 黒瀬は顔から耳先まで、真っ赤にしながら、小さく頷いた。

「藍沢の、左手の薬指の……サイズ、に…………」

 くぐもった声が、静かな部屋に響く。

 確かに、重い。
 手作り。そして指輪。しかも、左手の薬指用。
 仲良くなってから、二か月そこらの相手からもらうプレゼントにしては、これ以上なく重い。

 けれど、俺の心拍数は、その重さを拒絶するどころか、暴力的なまでに速度を跳ね上がっていた。黒瀬の熱が伝わって来たかのように、顔が熱い。

 家の事情を話したり。こうして、指輪を贈ってくれたり。
 黒瀬の言う『ちゃんとしたい』が、単なる友人以上のものであることが、ヒシヒシと伝わってくる。

「…………藍沢、何か言ってくれると、助かるかも……」
 モゴモゴと「拒否なら拒否でも全然……」と、弱気な声が続く。
 赤くなりながら、両手でその顔を隠し、大きな体を縮こませながら、俺の行動を待っている。

 ──もう、『黒瀬鋭利、可愛いヤツ説』なんて生ぬるい。
 黒瀬は、可愛い。俺より背が高くて、体つきも男らしい。それでも、彼を抱きしめたいと思っている。……その気持ちはどこから来るのか。もう考えるまでもなかった。

 俺は、俺なりに勇気を振り絞って、ソファの隅で縮こまっている黒瀬へと距離を詰めた。
 どくん、どくんと、耳の奥まで自分の鼓動が煩い。

「ち、近いって、藍沢……」
「……近寄らないと、触れないし」
「っっ……!」

 黒瀬が思わずといった様子で、顔を覆っていた手を退けた。
 その瞳が、俺を貫く。その鋭さに恐怖はない。なぜなら、黒瀬の熱そのものに思えたからだ。

「……藍沢、俺に触りたいの?」

「黒瀬も言ってただろ。触りたいって思うのは──好きなんだから、仕方ないって」

 黒瀬が、弾かれたように俺の両肩を掴んだ。痛くはない。しかし、骨に響くような力強さに、彼の真剣さが伝わってくる。

「黒瀬。俺も、お前が運命だったらいいなって思う」

 黒瀬は言葉を失っている。口元が小さく震えている。
 孤独の中で自分を守り続けてきた、繊細な男。そんな彼が、心を晒して、懸命に好意をぶつけてきてくれた。必死に、真っ直ぐに。

 それに報いたい。
 いや、そんな高尚なものじゃない。もっと単純で、自分本位な感情だった。

「黒瀬を独り占めにしたい」

 ──好きの種類は、いくらでもある。俺はかつて思考した内容を反芻する。
 両親や紗枝、ニナへの家族としての好意。作品やそれを通した先の作家に向けた敬愛。

 そして──ただその人を独占したいと願うような、ひどく熱烈で身勝手な想い。

「……好きだよ、黒瀬」

 黒瀬の瞳から、一滴の雫がこぼれ落ちた。
 震える手を俺の背に回し、慎重に、本当に慎重に俺を抱きしめた。

「俺も、俺も好き。藍沢が好きだよ」

 震える声で、懸命に気持ちをぶつけてきてくれる。俺も黒瀬の背に手を回す。
 力が徐々に込められていく。俺はその熱を受け入れながら──ほんの少しだけ残っている懸案事項を伝えた。

「……でも黒瀬。『HAKU-shion』は、ガチ恋じゃないって」

「『HAKU-shion』は世界に知って欲しいけど、藍沢のことは独占したい……わかるでしょ?」

 黒瀬が拗ねたように、首筋にグリグリと額を押しつけてくる。
 それが本当に可愛くて。

 俺は唐突に、『可愛い』という言葉の真ん中には『愛』があるんだなと気づいてしまい、降参とばかりに笑うしかなかった。