【完結】夏に溺れる。~俺のことがずっと好きだった親友は死んでからも俺を離さない~


 それは文化祭の日だった。
『どうしよう?』の一言から夕斗は書きはじめている。

『俺、りおを好きになっちゃった。どうしよう? どうすればいい?』

 バスケ部のみんなでたこやき屋をやって、自分のシフトが終わってから俺との待ち合わせ場所に行ったら俺がいない。トイレかなと思ってすこし待ってみたけどぜんぜん帰ってこない。

『りおがスマホ持ってたら楽なのにな』

 そう思ったけど、ここで見つけてこそりおの親友だと夕斗は俺を捜しにいくことにする。念のため最初に保健室を覗いて、俺の教室にいないことも確認して、それから中庭に行った。なんとなく俺がいる気がしたから。
 そして東屋で俺を見つける。

『最初は寝てるんだ、って思ったけど』

 顔をあげた俺は真っ青だった。『よくあることだってりおは言ってた。でも』ならもっとはやく言ってほしかった。俺のことを頼ってほしかった。くやしい。
 夕斗はそう書きなぐってから、

『りおに俺にそばにいてほしいって服のすそをつかまれた。そのときは俺にあまえるりおがかわいく見えただけだった。でもいま思うと、あそこでもう、俺はやられてた』

 そう書いていた。
 具合の悪い俺の隣に座って。それから。

『りおの背中を手のひらでなでた』
『りおの背中は背骨が浮きでてて』
『すごく、すごくほそかった』

 ――そうして思った。りおを抱きしめたい。

『手のひらの、背骨の、ほそくてとがっている感しょくを感じてたら。そんな欲望がうまれた』
『うそみたいだ』
『まちがいだって思った。だけど』
『りおのめがねをはずしたとき』
『ぜつぼうした。にげられないって思った。俺の手、ほんとはふるえてた』

 どうしよう、と夕斗はくりかえす。
 大切な友達なのに。男同士なのに。りおがほしくて仕方ない。好きだ。好きだ。すきだ。

『りおを抱きしめたい。どうすればいい?』

 ――こうやって日記を書いてる俺とおなじ部屋でりおは寝ている。何度も寝顔を盗み見ては、胸がぎゅっと痛くなる。
 好きだ。抱きしめたい。そんな気持ちで体が熱くなる。

『特別なことじゃないなんてうそだった。俺が当事者じゃないから言えただけ。男同士ってだけでこんなに怖い。りおにきらわれたくない。きもちわるいって思われたくない。ぜんぶうけいれてほしい。だいじょうぶだよ、俺も好きだよって言ってほしい。
 こんなの俺のわがままだ。りおは俺を友達としてしか見てない。俺がそういう意味で好きって言ったらびっくりする。でも、ほんとは、りおも俺をそういう意味で好きでいてほしい。
 俺はりおが思ってる以上にりおのことが好きだよ。そう言うだけでせいいっぱいだった。気づいて、りお。気づいて』

 ――どうすればいい?

『くるしいよ。りお。たすけて』

 文化祭の日の日記はそこで終わっていた。
 俺は――ノートを開いたまま、瞬きも忘れて呆然とする。

「え……」

 目を疑ったけれど、一文字たりとも読みまちがえてない。
 夕斗は俺のことが好きだと書いている。友達としてじゃなくて、恋愛対象として。

 ――うそだろ? だってそんな素振りなかった。夕斗は。あいつは。いつだって俺の友達としてそばにいてくれてた。
 俺のことが好きだなんて、一言も、
 
『俺、りおが思ってるよりずっとりおのこと好きだよ?』

「……っ、」

 あれは。……あれは、そういう意味だったんだ。
 信じられないけど。でも、夕斗の字が夕斗の本心を隠すことなくすべて書きおこしている。

 なんで気づかなかったんだろう。夕斗はこんなに苦しんでるのに。なんで、なんで俺は。

 知らなかった夕斗の想いに頭ががんがん鳴る。
 ショックなのは夕斗の気持ち? それとも自分が気づけなかったこと? わからない。

 日記にはまだつづきがある。
 読みすすめるのが怖い。でも、俺は読まなくちゃいけない。あいつの気持ちを知らなくちゃ。何度も紙を指からすべりおとし、ようやく一枚つまんでめくる。

『りおと一緒に風呂入るの、こわい。俺はもうりおをそういう目で見てるから。視線でばれるかもしれない。気持ち悪いって思われるかもしれない。バスケ部のやつらと話があるって言ってごまかす。ごめん、りお』

 ……そういえば、この辺りから夕斗は俺と一緒に風呂に入らなくなっていた。『来年のことで色々相談することがあるから先入ってて』と。
 そう言われたら、ずっと帰宅部の俺はそんなものなのかと納得するしかなくて――

『冬休みもりおは家に帰るらしい。おじいさんの家。両親は小学生のときに離婚してて、おかあさんが具合悪いからいまはそこにいるって聞いてる。
 クリスマスはどうするのって聞いたら適当にやるんじゃないって言う。クラスでクリスマス会やるんだけど、って俺は不器用に誘った。りおがそういうのこないのはわかりきってたのに。俺とふたりだけならりおはいいよって言ってくれたかもしれないのに。
 バカだ、俺。なにやってるんだろ。
 しかも初詣誘いわすれた。りおはスマホ持ってないから冬休みはじまったらもう誘えないのに。バカだ、バカ!!』

『クラスのクリスマス会。プレゼント交換で俺は三角帽子かぶった黒猫の靴下をもらった。りおに見せよう。
 りおはなにしてるかな。おじいさんたちとケーキ食べてるのかな。それとも俺の知らない彼女と?
 こんなことばっかり考えてる自分がいやだ。いっそりおに彼女ができてくれればいい。うそだ。ずっとできないでほしい。
 いまの俺、すごくなさけない。泣きそう』

『バスケ部の友達と初詣。レギュラーになれますように、テストの点が上がりますように、りおが俺を好きになってくれますようにって祈った。神頼みすぎ。でも叶ってくれ』

『よくこのひみつは墓場まで持ってくっていうけど、あれって、墓場に入ったあとはどうなるんだろ? 死んでもあかさないって意味だろうけど、じゃあ死んだあとは?
 死んだあとなら、俺、りおを好きって言っていい?
 そう思ったからりおに俺が死んだらこの日記読んでいいよって言ってみた。りおは相変わらずクールだった。でもきっと忘れないと思う。
 そういうとこ、好き』

 あ、と思わず声が漏れた。
 なんでもない冗談だと思ってたあの言葉。あれには、夕斗の想いが隠されていたと知って。

 ――死んだあとなら、俺、りおのこと好きって言っていい?

 どんな気持ちで夕斗はこれを書いたんだろう。どんな気持ちがこんなことを書かせたんだろう。
 俺は夕斗のそばにいたのになにも気づけなかった。あんなに、あんなにそばにいたのに。

「……夕斗……」

 俺からなにかの間違いでチョコをもらえるかもと思ってたけど、やっぱなにももらえなかった、とバレンタインの日に夕斗は書いていた。俺はその日がバレンタインだって意識すらしてなかった。

 春休みがはじまるまえ。来年も一緒のクラスになれたらいいな、って夕斗は俺に言った。ならなくてもどうせ寮で一緒だしと俺は返した。
 夕斗は。……夕斗は、すこしでも俺と一緒にいたかったのに。

 俺は夕斗の気持ちをたくさん裏切っていた。バカだ。ほんとうに。
 思わず唇を噛む。血の味がしたけどやめられなかった。

 なんで――なんで俺は気づけなかったんだろう。

 二年になっても夕斗は俺への想いに苦しんでいた。表面上はいつもどおり笑いながら。夜、俺が寝たあとに日記を書くときだけ本音を零していた。
 風向きが変わってきたのは六月十四日。……夕斗が死ぬ、まえの日だった。

『りおへの気持ち、笠森先輩に相談した。名前はださないで。友達を好きになったって言った。
 先輩は話してくれて嬉しいって言ってくれたあとで、こう言った』

 ――明日、世界が終わるって考えてみ?

『そのときやればよかったって悔やんだことは、今日やらなきゃいけないこと。世界が終わるまえにやっておきたいって思ったことは、明日やるべきこと。
 その友達への告白はどっち? って。
 俺は、明日大きな噴火とかなんかが起きて世界が終わるって考えてみた。そしたらりおのことが真っ先に浮かんできた。
 告白したい。世界が終わるまえに。りおに大好きだって言いたい。死んだあとなんて待ってられない!
 そう言ったら笠森先輩は『なら言っちゃえよ』と背中を押してくれた。
 りおに引かれるかもしれない。もう友達じゃいられなくなるかもしれない。それでも。
 世界が終わるまえに。
 明日、りおに告白する』