人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる〜心を失った令嬢は秘密を抱えた執事に甘やかされて愛を知る〜



 翌朝。



「行ってらっしゃい、アイザック」

「気を付けて帰ってくるんだぞ」

「ええ。お休みを下さって、本当に感謝致します、旦那様、奥様」



 両親に言葉をかけられたアイザックはお辞儀をし、ダイニングルームを出るべくドアへと足を向ける。

 今日、アイザックは王都へ行くらしい。そのために、1日休みを取ったのだという。



「いいなあ、王都。何しに行くんだろう」

「まさかデート……!?」

「そんなのショック過ぎるわ。きっとお買い物よ。新しい服を買いに行くとかじゃないかしら」



 私の後方のメイド達が、ひそひそ話をしているのが聞こえる。

 確かに、この屋敷に住み込みで働く若いメイドからすれば、王都は憧れの地に間違いない。

 王が住まう宮殿と、その周囲に沢山の店が立ち並ぶ、きらびやかな都だからだ。



 屋敷から一生出ることのない私には、関係のないことだけど。



 そう思いながら、私は紅茶に口をつける。



 しかし、部屋を出る前にわざわざ側に来たアイザックが、満面の笑みで私に話かけるのだった。

 

「ガーネット様、お土産を買って参りますね。何がよろしいですか?アクセサリーにしましょうか、それとも、お菓子にしましょうか」



 無駄に注目を浴びるから、やめてほしい。それに、私には欲しいものなど無い。



 だから、



「ええ」



 としか、答えなかった。

 それなのに、



「承知いたしました。何か、適当な物を見繕って参りますね。楽しみにしていて下さいませ」



 と、むしろ嬉しそうに去っていく。



 私はその背を見送ることもせず、朝食を取り始める。

 そんな私に届く、ほそぼそとした陰口。



「せっかくアイザックが話しかけてくれてるのに、何を考えているのかしら」

「ほんと、人形姫は気味が悪くて仕方がないわ」



 ────いつものこと。いつものことだ。



 気味が悪いのは自覚している。だから、そう言われても構わない。



 私は何を思うことも無く、ロールパンを手に取った。









 アイザックは、半日かけて、王都へと着いた。



「いらっしゃいませ。新作のドレスは如何でしょうか」

「本日、貴重なワインを数本、仕入れております。寄っていきませんか?」



 すたすたと、王宮への大通りを歩くアイザックに、様々な呼び込みがかかる。

 が、アイザックはにこりともせずそれらをかわし、真っ直ぐどこかへと向かっていく。

 そして、王宮の門をくぐった。誰に止められることもなく、堂々と城の中を進む。

 とうとう、重く豪奢な扉を開き、玉座の前へと辿り着いた。

 アイザックは跪き、その玉座に腰掛けるにふさわしい人物を待つ。

   

 数分後。



 鷹揚とした態度で入室したのは、クロム王国を統べるただ一人。

 クロム王だった。



 玉座に座り、口を開く。



「アイザック。我が猟犬よ」



 そしてクロム王は、アイザックに尋ねるのだった。



「スパイは上手く行っているか?」

 

 と。



「首尾は上々です、我が王よ」



 アイザックは、鉄仮面のような冷たい表情のまま、端的に告げる。

 そんなアイザックに、クロム王は顔を綻ばせた。



「そうか、それは素晴らしい。それで、ローザン伯爵とカーノヴォン連合国との繋がりは掴めそうなんだな?」



 アイザックは頷く。そしてさらに、報告を続けた。



「ええ、既にローザン伯爵と夫人の懐には潜り込めました。故に、重要な情報を得る為の土台は万全でございます。残る籠絡すべき人物は彼らの一人娘だけですが、それもまあ……、間もなくかと」



「ふむ。まあ、もう少し時間はかかるか。してアイザックよ、今回の任務、何故お前が選ばれたのかは理解しているな?」



 豊かなあごひげを撫でながら、クロム王は、アイザックに鋭い目を向けた。アイザックははい、と快活に応じ、答える。



「ここ十年で急に力をつけた貿易商、ローザン辺境伯爵の不正疑惑、並びにカーノヴォン連合国との癒着疑惑を調べることが、わたくしに課せられた任務でございます。そして、わたくしが選ばれたのは、」

 

 ここで、アイザックは言葉を一度切った。自分の役割をもう一度、しっかり胸に刻むためだ。



「ガーネット・ローザンと最も年齢が近い『猟犬』だからでございます」



「そうだ。さすがは我が『猟犬』。その中でも、随一の実力者だ。期待しておるぞ」

 

 クロム王は、満足そうに笑った。



 そう。アイザックは、ただの執事などではない。

 クロム王家専属の秘密部隊、『猟犬』。その、最年少副隊長である。

 幼い頃にクロム王家にスカウトされ、これまでの人生を全て『猟犬』たる為の修行に費やしてきた。故に相当に強く、相当に賢い。



 アイザックは今回、ローザン家の力のつけ方が異常に早いことを不審に感じた王から、彼らの秘密を探る任務を任された。

 没落貴族に近かったはずのローザン家が、いよいよ国政に干渉可能なほど興隆している。それにローザン家は、憎きカーノヴォン連合国と地理的にも近い。

 この二つに因果関係があるはずだと、クロム王は睨んだ。

 よって命令を受けたアイザックは、ローザン家の執事に成りすまし、虎視眈々と重要な手がかりを探っている最中なのだ。

 

「引き続き頼むぞ。カーノヴォン連合国を潰せる機会はそうそうないからな」



「お任せくださいませ、王」



 アイザックは敬礼すると、来た道の逆を辿り始める。

 こつこつと足音を響かせながら、長く広い王宮の廊下を進み、城門を後にした。



 外に出ると、既に陽が頂点を過ぎていることに気が付いた。今から帰路につき、ローザン家に到着する頃には、ほとんど夜になっているだろう。



 急ごう。



 アイザックは行きと同じように、笑顔を振りまきもせず、賑わう街並みを通り過ぎる。

 

 が、



「あ、土産」

 

 アイザックは立ち止った。その場できょろきょろと周囲を見渡し、手ごろな物品を探す。



 アイザックは、表情の無い、美しい少女を思い出した。



 あの子が意外に思うようなものを、持って帰ろう。そうして心を開いてくれれば、こっちは願ったり叶ったりだ。



 そんなことを考え、



「これにするか」



 と、ある物を手に取る。店主に金を払い、包みをもらう。それを片手で抱え、アイザックは再び歩き始めた。



 ただ、女の子が好きそうだから。見た目が愛くるしいから。

 

 選んだ理由は、アイザックにとって、それだけだった。



 まさかこれがきっかけで、アイザックの心が揺らぐことになるとはこの時、想像もしていなかった。小説家になろう
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人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる〜心を失った令嬢は、秘密を抱えた執事に甘やかされて愛を知る〜
ep.3 彼の名は、アイザック②
掲載日:2026年01月11日 22時10分
更新日:2026年04月09日 10時34分
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 翌朝。



「行ってらっしゃい、アイザック」

「気を付けて帰ってくるんだぞ」

「ええ。お休みを下さって、本当に感謝致します、旦那様、奥様」



 両親に言葉をかけられたアイザックはお辞儀をし、ダイニングルームを出るべくドアへと足を向ける。

 今日、アイザックは王都へ行くらしい。そのために、1日休みを取ったのだという。



「いいなあ、王都。何しに行くんだろう」

「まさかデート……!?」

「そんなのショック過ぎるわ。きっとお買い物よ。新しい服を買いに行くとかじゃないかしら」



 私の後方のメイド達が、ひそひそ話をしているのが聞こえる。

 確かに、この屋敷に住み込みで働く若いメイドからすれば、王都は憧れの地に間違いない。

 王が住まう宮殿と、その周囲に沢山の店が立ち並ぶ、きらびやかな都だからだ。



 屋敷から一生出ることのない私には、関係のないことだけど。



 そう思いながら、私は紅茶に口をつける。



 しかし、部屋を出る前にわざわざ側に来たアイザックが、満面の笑みで私に話かけるのだった。

 

「ガーネット様、お土産を買って参りますね。何がよろしいですか?アクセサリーにしましょうか、それとも、お菓子にしましょうか」



 無駄に注目を浴びるから、やめてほしい。それに、私には欲しいものなど無い。



 だから、



「ええ」



 としか、答えなかった。

 それなのに、



「承知いたしました。何か、適当な物を見繕って参りますね。楽しみにしていて下さいませ」



 と、むしろ嬉しそうに去っていく。



 私はその背を見送ることもせず、朝食を取り始める。

 そんな私に届く、ほそぼそとした陰口。



「せっかくアイザックが話しかけてくれてるのに、何を考えているのかしら」

「ほんと、人形姫は気味が悪くて仕方がないわ」



 ────いつものこと。いつものことだ。



 気味が悪いのは自覚している。だから、そう言われても構わない。



 私は何を思うことも無く、ロールパンを手に取った。









 アイザックは、半日かけて、王都へと着いた。



「いらっしゃいませ。新作のドレスは如何でしょうか」

「本日、貴重なワインを数本、仕入れております。寄っていきませんか?」



 すたすたと、王宮への大通りを歩くアイザックに、様々な呼び込みがかかる。

 が、アイザックはにこりともせずそれらをかわし、真っ直ぐどこかへと向かっていく。

 そして、王宮の門をくぐった。誰に止められることもなく、堂々と城の中を進む。

 とうとう、重く豪奢な扉を開き、玉座の前へと辿り着いた。

 アイザックは跪き、その玉座に腰掛けるにふさわしい人物を待つ。

   

 数分後。



 鷹揚とした態度で入室したのは、クロム王国を統べるただ一人。

 クロム王だった。



 玉座に座り、口を開く。



「アイザック。我が猟犬よ」



 そしてクロム王は、アイザックに尋ねるのだった。



「スパイは上手く行っているか?」

 

 と。



「首尾は上々です、我が王よ」



 アイザックは、鉄仮面のような冷たい表情のまま、端的に告げる。

 そんなアイザックに、クロム王は顔を綻ばせた。



「そうか、それは素晴らしい。それで、ローザン伯爵とカーノヴォン連合国との繋がりは掴めそうなんだな?」



 アイザックは頷く。そしてさらに、報告を続けた。



「ええ、既にローザン伯爵と夫人の懐には潜り込めました。故に、重要な情報を得る為の土台は万全でございます。残る籠絡すべき人物は彼らの一人娘だけですが、それもまあ……、間もなくかと」



「ふむ。まあ、もう少し時間はかかるか。してアイザックよ、今回の任務、何故お前が選ばれたのかは理解しているな?」



 豊かなあごひげを撫でながら、クロム王は、アイザックに鋭い目を向けた。アイザックははい、と快活に応じ、答える。



「ここ十年で急に力をつけた貿易商、ローザン辺境伯爵の不正疑惑、並びにカーノヴォン連合国との癒着疑惑を調べることが、わたくしに課せられた任務でございます。そして、わたくしが選ばれたのは、」

 

 ここで、アイザックは言葉を一度切った。自分の役割をもう一度、しっかり胸に刻むためだ。



「ガーネット・ローザンと最も年齢が近い『猟犬』だからでございます」



「そうだ。さすがは我が『猟犬』。その中でも、随一の実力者だ。期待しておるぞ」

 

 クロム王は、満足そうに笑った。



 そう。アイザックは、ただの執事などではない。

 クロム王家専属の秘密部隊、『猟犬』。その、最年少副隊長である。

 幼い頃にクロム王家にスカウトされ、これまでの人生を全て『猟犬』たる為の修行に費やしてきた。故に相当に強く、相当に賢い。



 アイザックは今回、ローザン家の力のつけ方が異常に早いことを不審に感じた王から、彼らの秘密を探る任務を任された。

 没落貴族に近かったはずのローザン家が、いよいよ国政に干渉可能なほど興隆している。それにローザン家は、憎きカーノヴォン連合国と地理的にも近い。

 この二つに因果関係があるはずだと、クロム王は睨んだ。

 よって命令を受けたアイザックは、ローザン家の執事に成りすまし、虎視眈々と重要な手がかりを探っている最中なのだ。

 

「引き続き頼むぞ。カーノヴォン連合国を潰せる機会はそうそうないからな」



「お任せくださいませ、王」



 アイザックは敬礼すると、来た道の逆を辿り始める。

 こつこつと足音を響かせながら、長く広い王宮の廊下を進み、城門を後にした。



 外に出ると、既に陽が頂点を過ぎていることに気が付いた。今から帰路につき、ローザン家に到着する頃には、ほとんど夜になっているだろう。



 急ごう。



 アイザックは行きと同じように、笑顔を振りまきもせず、賑わう街並みを通り過ぎる。

 

 が、



「あ、土産」

 

 アイザックは立ち止った。その場できょろきょろと周囲を見渡し、手ごろな物品を探す。



 アイザックは、表情の無い、美しい少女を思い出した。



 あの子が意外に思うようなものを、持って帰ろう。そうして心を開いてくれれば、こっちは願ったり叶ったりだ。



 そんなことを考え、



「これにするか」



 と、ある物を手に取る。店主に金を払い、包みをもらう。それを片手で抱え、アイザックは再び歩き始めた。



 ただ、女の子が好きそうだから。見た目が愛くるしいから。

 

 選んだ理由は、アイザックにとって、それだけだった。



 まさかこれがきっかけで、アイザックの心が揺らぐことになるとはこの時、想像もしていなかった。