【リライト版】人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる〜心を失った令嬢は秘密を抱えた執事に甘やかされて愛を知る〜



 聞き覚えがありすぎる声の方へと、アイザックはゆっくりと振り向いた。



 目の前に立つ人物に向かって、振り絞るように言葉を発する。



「これは一体、どういうことですか、────王よ」



 しかしクロム王は、肩をすくめた。



「ふむ。聡明なお前なら分かると思うが。そんなに難しいことは書いてないであろう?」



「理解しているから聞いているんです!」



 アイザックは、感情を抑えきれずに激高した。



「『猟犬』は、家族を失った私が再び得られた居場所だった……。苦しい鍛錬も、任務も全て、仲間のため、王のためと思って耐えてきた……!だと言うのに、これでは!王が!私の家族を奪ったということになるではありませんか……っ!」



 自身が発した言葉が、鋭く胸に刺さる。

 アイザックは、折れそうになる膝に必死に力を込めた。



 だが、そんな部下を前にしてもクロム王は泰然としていた。



「そうだが?」



 と、平気で言い放つ。



「優秀な芽を育てるために、不要な苗を間引いたに過ぎん。おかげで最年少で猟犬副隊長にまで上り詰めたではないか。まあ、女のために裏切ったが」

  

 アイザックは、目の前が真っ暗になり、一歩よろけた。  



 真っ黒に焦げた三つの身体。愛しい人たちの地獄のような呻き声。跡形もなくなった、大好きな家。



 全て、信じていた者によるせいだった。



 全て、自分が強く生まれたせいだった。





 父親と母親、それにルークが王の命令で殺されたのは、俺の、せい。





 何かが飛び出そうで、咄嗟に口元を掌で押さえる。



 慟哭なのか、怒号なのか、はたまた胃の中のものなのか。



 とにかく何かを吐き出してしまいそうだった。

 

 頭にぼんやりと浮かんだ単語が、堪らずあふれ出す。



「クロム王族の伝説……」



「なんだそれは」



「加護の力があると、聞いたのですが、」



「知らんな」



 だが、衝撃と自己嫌悪に苛まれているアイザックに、クロム王はとどめとばかりにさらなる真実を告げる。



「加護の力なんて、そんなものはない。だから知らないと答えた。



 皆が加護の力だと思っているクロム王家の興隆は全て、『猟犬』達に暗躍してもらった結果だ」



「……っ」



「資料にもあっただろう、裏の稼業もする、と。クロム王族にとって不都合な人間、町、国、全て、『猟犬』達に狩ってもらった。そしてクロム王族は国を設立できた」 



 アイザックは、最早二の句が継げなかった。



 自身は最初から最後まで、都合のよい駒でしかなかった。



 無力。無駄。無為。



 そんな言葉が頭の中を巡り巡る。



 その隙に、クロム王は自身の背後に向かって号令をかけた。



「いけ、『猟犬』たち。今度こそちゃんとアイザック、いや、反逆者を捕らえろ」



 顔を上げると、いつの間にか待機していた、アイザックの部下や同僚の顔が見える。



 動揺しながらも、誠実にクロム王の命令をきかんと、皆すらりと剣を抜いた。



 その光景を目にしていながら、アイザックは別のものをみていた。

 脳裏に浮かぶ、父親と、母親と、ルークの笑顔。







 ──次はアイザックが、誰かを助けろ。





 不意に、ルークの言葉を思い出す。



 あれは、いつだったか。



 ああそうだ。どうしてそんなにルークは優しいのって、聞いたときだ。



 まだ幼い頃、独りぼっちだった自分を救ってくれた唯一の親友。その優しさと強さの秘密が知りたかったのだ。

  

 ルークは微笑んだ。



「人を助けたいと思ったら、自然と優しくも強くもなるさ。だからもし、アイザックがそう在りたいと願うなら、」



 そうだ、この時だったのだ。



「次は、アイザックが誰かを助けろ。」

 

 もう二度と会えない親友と交わした約束。



 同時に、ガーネットの、ローザン邸での冷たい表情が思い浮かぶ。



 

 笑顔を見たいと思った。



 それだけだと、今までずっと思っていた。



 違う。



 重なったんだ、過去の自分と。

 独りぼっちで、苦しい日々を送っていた幼い自分と。



 だから、そうだ。









 助けたかったんだ。ルークがしてくれたみたいに。



 ガーネットを、孤独の闇から救い出したかったのだ。

 



「……ここで、捕まるわけには、いかないな」



 ガーネットの笑顔を増やす為にも。ガーネットに笑顔で居続けて貰う為にも。









「かかれ!」



 クロム王の一声で飛び掛ってくる精鋭たち。



 だが、彼らの癖は全部知っている。



 負けない。絶対に、ガーネットの元へと戻るのだ。



「うおおおおおおおお!!」



 アイザックも剣をとり、かつての仲間たちの中へと斬りかかっていった。













「はあっ、はあっ……!」



 アイザックは、森の中をひた走る。



 追手はいたが、恐らく撒けたはずだ。



 図書館での激しい攻防を経て、アイザックはガーネットの元へと急いでいた。

 『猟犬』と対峙するのはなかなか骨が折れた。



 焦燥感に駆られるままに足を動かし、やっと辿り着いた隠れ家の玄関に転がり込む。



「ガーネット様!!」



 アイザックの鬼気迫る声に、ガーネットは慌てて寝室から飛び出してくる。

 

「ザック……!大丈夫?」



「ええ、わたくしは問題ありません。それよりガーネット様は……」



「ええ。私も問題ないわ。おかえり、ザック」



 柔らかく微笑むガーネットの姿に、心底ほっとする。



 そして同時に、胸が詰まったように、酷く痛んだ。



 アイザックは、気付けばこう口走っていた。





「わたくしはもう……、猟犬では、いられません」





 信頼していた王への忠誠は完全に崩れた。愛する人の側に居たくても、その立場では満足できなくなってきた。



 もう、『猟犬』でなど、いたくない。



 そんな想いから、つい溢れ出した本音だった。



 しかし、ガーネットが返した言葉は、さらにアイザックを苦しめるばかりだった。

 



「あなたは私の大事な猟犬よ、ザック」