二日後、サンデルブルク王が用意してくれた馬車に乗って、私たちはこっそりクロム王国に戻った。
途中、アイザックがお世話になったというライテル国にも寄り、セイロン王とガノンさんに挨拶をした。
セイロン王は、私の姿を見るやいなや、
「おお!この女性がアイザックの探しものじゃったのか!確かに、この美しさならあの暴れようも納得行くのう」
と、子供のように瞳をきらきらさせた。
そんな王に対し、何故かアイザックは、
「セイロン王、出来たらそれはご内密にお願い致します」
などと、苦笑いを浮かべていた。
また、ガノンさんに対しては、
「今やり合えば、俺が勝つ」
と闘争心に満ちた目を向けていたが、ガノンさんは
「精進しろ」
の一言のみだった。
そんな過程もあり、帰宅に二日かかってしまったのだ。
私はセントラル国の御者にお礼を述べたが、彼は曖昧な返事を残して、そそくさと帰っていった。
きっとアイザックが馬車に乗る前に厳しく身分を提示させ、馬車の点検をしたからだろう。
往路のような失態は犯さない。
そう呟いたアイザックの横顔が、また一層鋭さを増しているように見えた。
馬車を見送った所で、アイザックと共にドアをくぐる。
入ったのは、アイザックが隠れ家として使っていたらしい小さな家だ。
ここはまだ『猟犬』たちにはばれていないようで、追っ手はいない。
「ただいま戻りました」
アイザックが、私に微笑みかける。
日常が、やっと戻ってきた。
そんな実感が沸いて、私もにこりと笑った。
「ええ、ただいま、ザック」
「お茶を、淹れましょう」
私は気分を落ち着かせようとそう提案した。
だがアイザックは私の手を引き、強引にソファに座らせる。
ではなく、自身の膝の上に。
「ちょ、ちょっとザック……」
私が身体を離そうとしても、びくともしない。腰に回ったアイザックの両腕に、力が入る。
「ようやく取り戻した平穏なんです……。もう少しだけ、味わわせてください」
噛みしめるように、アイザックは小声で言った。
切なげなその声に、心臓がドキリと大きく跳ねる。
本当に、ずるい。
これじゃあどちらが猟犬なのか、分からない。
大人しく、アイザックに身を預ける。
「ガーネット様……」
アイザックはますます、私を強く抱きしめた。
窓から差し込む陽の光が、アイザックの髪に柔らかく振り注いでいる。
彼の日差しのような体温に包まれて、どきどきしたり安心したりと、私の心は忙しなかった。
「ガーネット様……?」
すうすうと寝息が聞こえてきたので、アイザックが顔を上げると、ガーネットが眠っているのに気が付いた。
長旅で疲れたのだろう。
アイザックは手厚くガーネットを抱きかかえ、寝室へと運ぶ。
ベッドに寝かせ、シーツを掛けた。
と、ふと美しい寝顔が目に入った。
安らかな表情で、瞼を閉じている。
この場所を、アイザックの傍を、安全だと信じて疑わないその顔に、堪らなくなった。
顔を近づけ、その唇に触れて────。
しかし、アイザックは寸前で自身を引き留めた。
ガーネットを見下ろしながら、呆然と呟く。
「ああ、今だけは猟犬である自分を恨みます……。わたくしはガーネット様の従者であり、ただの犬。これ以上、触れることは出来ないのです」
そして部屋を出ようと背を向けた。
が。
「ざっく……。あなたは、」
「え?」
ガーネットの声がしたため振り返ったが、彼女は未だ目を閉じたままだ。
寝言だ。
なんて言っているのか、耳を澄ませる。
「あなたは、わたしの……」
アイザックは黙って、続きを待った。
しかし、
「りょうけん……」
「……っ」
その言葉に、奥歯を噛む。
「……ええ、猟犬です。猟犬ですよ」
アイザックは前髪をぐいとかきあげ、悔しそうな形相で、部屋を出ていった。



