【リライト版】人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる〜心を失った令嬢は秘密を抱えた執事に甘やかされて愛を知る〜




「ええと、つまり……?」



 私は首を傾げた。



「セントラル国にはクロム王国の血筋を引く召使いが居て、セントラル国の召使いの娘とローザン伯爵の娘を交換したら、交換に出した娘が偶然クロム王国の末裔で、それが私っていうことは……」



「ガーネット様!!」



 アイザックが血相を変えて、私の手を取る。



「私は、ローザン伯爵家の本当の娘ではなくて、実の母親はここに居て……」



「写真の女性は本当にガーネット様のお母様で、その上、あなたはクロム国の王族ということですよ!!」



 アイザックが驚愕のままに言葉を発する。

 そして私の中でも、強く何かが蠢いていた。





 私はローザン家にしてみれば、実の娘と無理に交換させられた、見ず知らずの子供。



 だから私は彼らに忌み嫌われていたのだと、初めて合点がいった。



 愛されず、感情を出すことも許されなかったのは、正真正銘私のことを憎んでいたからなのだ。

 

 



 感情を失ったから『人形姫』だったのではない。

 最初から交渉の道具だったから、『人形姫』だったのだ。







 目の前が真っ赤になっていく。

 胸の中は痛み、お腹の中が煮えていく。







 しかし、さらに衝撃的な発言がサンデルブルク王の口から発せられる。









「ローザン伯爵家を襲ったのは、俺の軍だ」



「は!?」



 驚くアイザックに、平然とサンデルブルク王は言ってのけた。



「もう十分、ローザン伯爵の損失がクロム王国の基幹に打撃を与えるほど成長していたし、娘を返せとうるさかったからな。それで殺した」



 しばらく重い空気が辺りを包んだが、沈黙を破ったのはアイザックの方だった。



「写真の女性が、ガーネット様の真の母君だということ、ローザン伯爵邸を襲ったのは貴方達だということだとは分かった。だがまだ、俺たちが離れ離れにされた理由が分からない。それも貴方達の仕業か?」



 王は、ふむ、と自身の顎に手をやった。

 そして、一言。



「そうだ。俺の大事な駒達には、色々学んでもらわなければならなかったからな」



「だがあの薬はノーソーホー国のものだと聞いたぞ」



「ああ。ノーソーホーも俺が滅ぼしたからな」



「何だと……!?なんて非道なことを!」



 私の知らない話にアイザックは目を見開き、若き王を糾弾する。



 しかし彼は、悪びれもせず反論した。



「だって治安が悪すぎて、ほとんど崩壊しかけていたんだ。だったら俺が吸収してしまっても問題ないだろう?」



「そんな身勝手な……っ」



「これは、カーノヴォン連合国の話だ。部外者に口を出す権利はない」



 ぎ、とアイザックとサンデルブルク王の間でにらみ合いが発生する。



 雨が降れば凍ってしまうような、冷たい空気が漂う。

 そんな中で、サンデルブルク王がため息をついた。



「それもこれも、お前たちの王を、倒すためだ」



「はあ?」



 アイザックは呆れ切った声を発した。

 『猟犬』であったアイザックに言うのは大胆すぎる。



 だが、サンデルブルク王は本気だった。まっすぐな目で、私たちに告げる。



「俺のかわいい兵士たちがな、全滅したんだよ、派遣した先のローザン伯爵邸で。誰がそんなことしたんだと思ってな、斥候を送って調べてたんだ。そしたら驚いたよ」



 アイザックの猟犬としての写真は、彼の斥候が撮影したものだったのだ。

 そのことに、ようやく思い至る。



「俺は欲しかった。協力者が」



 サンデルブルク王は、話し続ける。



「クロム王国の血を引く者と、クロム最強の猟犬が、揃って一緒に暮らしている。その二人が真実を知れば、クロム王を打倒する力になるに違いない。だから、お前たちの力を試した。クロム王国を、この、カーノヴォン連合国を変える力になりうるのか、と」



 彼を遮る者は、誰も居なかった。



「お前たちをばらばらに引き裂いて、それで真実を付きつければ、利害の一致する第三の手として育てられるかもしれない。そう考えた」



「なんて勝手な……」

 

 頭を抱えるアイザックに、



「だが、実際そうなっただろう?」



 と、どこ吹く風のサンデルブルク王。



 二人の収集のつかない険悪さに、私は思わず、気になっていたことを口にした。 



「あの、ローザン伯爵の娘さんは、今どこに?」



「ああ。ガーネットの母親と暮らしている」



 その返答に、私は複雑ながらも胸を撫でおろす。

 不可抗力とはいえ、言えば同じく人質に取られていたようなものだから心配だったのだ。







 と、ここで思いがけない発言が、サンデルブルク王から飛び出る。



「どうだ?お前も共に本当の母親と暮らすか?ガーネット」



「え?」



「お前のような美しい女は何人いてもいいからな。歓迎するよ」



「口を慎め、くそが」



 いつの間にか敬語を使わなくなっていたアイザックの暴言に、つい私は吹き出してしまう。







 そんなに心配しなくても大丈夫よ、アイザック。



 確かにいつか、私はそう言ったけれど。







「ありがとうございます、王。ですが、お断りさせていただきます」



 私はサンデルブルク王を、正面から見据える。



「私の帰る場所は、アイザックの家ですから」



「ガーネット様、ですがもう、家には……」



 目を見開きつつ、だが悲しげに首を横に振るアイザック。

 確かに、今や私たちは、クロム王国全体から狙われている身だ。

 だからこそと、私はきっぱりと宣言する。



「ええ。今のままではね」



「……でしょう?ですからあなたはお母様と、」



「いいえ、私は決めたわ。クロム王国の今のやり方を、変えましょう」



「ガーネット様……」



 アイザックは、口をあんぐりと開ける。

 私は、気付けば、呟いていた。



「私は、もう二度と、誰の人形にもならない」



 アイザックは何も言わず、ただ私の手を握る。

 その手が温かくて、私はアイザックの目を見て告げた。



「これからは自分の意志に従って、生きていくわ。私はアイザックの家で暮らしたい。アイザックと共に、クロム王国で暮らしたい。だから、」



 アイザックも強く、頷いてくれた。



「私たちで、王の考えを変えさせましましょう」



「ガーネット様、なんてお強くなられたのですか……」



 アイザックは感動したように、私の両手を強く握る。

 つまらん、とサンデルブルク王はぼやいた。



「ひとまず、今日はここに泊まれ。これまでに無理をさせた詫びだ。疲れで犬の戦力が削がれてもことだ」



 そう続けて、しっしと私たちを追い払う仕草をする。



 私は一礼して、王座の間を後にしようとした。



 だが、その前に、ひと言だけ。



「サンデルブルク王」



「なんだ、美しい女」



 首を傾げるサンデルブルク王に、私は告げる。



「私も、貴公がノーソーホー国を滅ぼしたのは間違っていると思います。それでは、クロムの王と、同じです。貴公にはどうか、正しき執政をして頂きたいのです」



「なんだ、もう王女気取りか?」



 彼は、少しだけ目を細めた。

 だが私は、首を横に振る。



「いいえ、ただ一人の元伯爵令嬢──、もとい、人形姫として、賢明なあなたを、尊敬し続けたいだけです。どうかご無礼をお許しください」



 サンデルブルク王は、じっと私を見つめ続けた。

 そして不意に、大きな声を上げて笑い出す。



「ははははは!そうか、そう言われては仕方がないな。勇気ある姫に免じて、俺も今一度、在り方を見直そう」



 愉快そうに肩を揺するサンデルブルク王。

 一方で、アイザックはかなり深い皺を眉間に寄せていた。



「ガーネット様、もう行きましょう。これ以上、あいつの傍に置いておきたくありません」



 そう、小声で囁いてくる。

 凛々しいはずのアイザックが、まるで駄々をこねる男の子のようで可愛らしく、私はくすりと笑みを漏らした。



 私たちは改めて一礼をして、今度こそ、王の間を後にした。

 



















「ア、アイザック……?もうそろそろ……」



「嫌ですガーネット様。会えなかった時間分、ガーネット様で満たさせて下さい」



 部屋に入るなり、アイザックは私を背後から抱きしめて離さない。

 そんなアイザックに、私はそろそろ照れが生じてきていた。



 サンデルブルク王は「泊まっていけ」と言ったが、まさか二人で同じ部屋とは思わなかった。



「ああ、本当に無事で良かったです。あなたが辛い目に遭っているのではないかと思って、身が焼けそうでした」

 

 腰に回ったアイザックの両腕が、ぎゅっと締まる。

 その力強さに、私の胸はドキドキと痛む。



「わたくしが、ガーネット様にどれほど幸せをもらっているか、ご存じですか?ガーネット様の存在が、わたくしの心をどれほど安らかにしてくれるか、分かりますか?」



 耳元を、アイザックの吐息がくすぐる。



 私の身体が、熱を帯びていく。



「絶対に、あなたを逃がしません。どこへ行こうと探し出して、こうして抱き締めますから」



 さらに強まるアイザックの抱擁に、私は息が詰まった。







 私だって、あなたのことを離したくないのよ。







「私は、どこへも逃げないわ」



 私の想いも、アイザックが私に注いでくれる愛と共に、溢れ出す。



「私が帰る場所はもう、あなたの隣なのよ、ザック」



「ガーネット様……っ」



「さっき自分で言ったでしょう。あなたは、私の猟犬。ずっとそばにいてね」



 私は振り返る。アイザックの顔が、近くにあった。

 アイザックの青い瞳に、私はくらくらと目眩がする。



「……承知いたしました。ガーネット様」



 低い囁きがさらに接近した。



 ちゅ。



 アイザックの唇が、頬に触れる。



 私はその熱が嬉しくて幸せで、自分の目が潤むのを感じた。