【リライト版】人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる〜心を失った令嬢は秘密を抱えた執事に甘やかされて愛を知る〜




「よくもまあ、勲章授与式を抜け出してくれたものだ」



 翌日、アイザックと私は、セントラル城に召集された。

 全体的に暗鬱とした雰囲気の玉座の間に通された私たちは、そこで待ち構えていたサンデルブルク王に、開口一番嫌味を言われる。



「非常事態でしたので」



 しかし、アイザックは素知らぬ顔で言い返す。

 その様子を、私ははらはらと見ていた。



「まあ良い。今日お前たちを呼んだのは、ただ非難するためではない。セイロン王も、『若いのう』と笑っていただけだしな」



 アイザックよりほんの少し年上の、セントラル国の若き王はそう、ため息をついた。



 と、

 

「それでは、本題に入るが──」



 サンデルブルク王は突然居住まいを正す。



 その、ぴり、とした空気に、思わずこちらにも緊張が走った。



 そして彼は、そのひりつきに似合う言葉を発したのだ。



「ガーネットに二枚の写真を渡すように命令し、お前たちを薬を使って引き離したのは、この俺だ」



「えっ」



「…………」



 アイザックは無言でサンデルブルク王を睨んでいたが、私は驚嘆の声を上げてしまった。





 やはり写真の女性はカーノヴォン連合国に居たのか。

 



 しかし、ということは。だとすれば。



「写真の女性は、本当に、私の母親なんですか?どうして、私とは離れて暮らしているのですか?いったい何が目的で、我々を引き離したのですか?」



 私は、思わず矢継ぎ早に尋ねてしまった。

 サンデルブルク王は、飄々として答える。



「それを伝えるには、少し遠回りしなければならないな。ほら」



 そう言って、サンデルブルク王は、古い紙の束を一部取り出し、アイザックに差し向けた。



「ほら、これをお前にやる。目をかっぽじってしっかりと読むがいい」



 アイザックは不服げながらも、その束を受け取った。 

 そして、ざっと目を通す。



「『クロム王族の誘拐計画とその理由について』……?」



 アイザックの呟きに、私も耳を傾けた。



「『△△△△年○月×日22時より、クロム王国の末の姫、イザベルを誘拐する件に関して追加の情報有り。クロムの王族が持つとされる加護の力は実在し、イザベルの奪取による、独立戦争への優位性は確実であるとのこと。絶対に成功すべし』」



「何でしょう、この記述は?」



 アイザックが読み上げてくれる内容に、私は何一つぴんとこなかった。

 サンデルブルク王が、この資料をアイザックに渡した理由も。



 だが、王はにやりと笑った。



「知らないか?クロムの王族にまつわる伝説」



「知りません」



 アイザックは冷たく答える。



「そうか、ならば教えてやる」



 サンデルブルク王は何故か愉快そうに、口を開いた。



「かつてクロムの王族は、加護の力を持っているといわれていたん。他人の傷を癒し、力を倍増させるという神の加護。クロム王はその力を以てして、今のクロム王国を築いたとされているくらいだ」



「ご存知ですか?ガーネット様」



 アイザックは訝しんだ顔を私に見せた。でも私も、首を横に振ることしかできない。



 しかし、



「ガーネットにも関係のある話だぞ」



 サンデルブルク王は、私に赤い瞳を向けた。

 さらに、私に質問を重ねる。



「ガーネット。二百年前の独立戦争の話は聞いたな?」



「ええ……」



「なんだそれは?」

 

 アイザックは片眉を上げた。

 だがサンデルブルク王は、



「ガーネットは知っているよな?」



 と、私の方にしか話しかけない。



 私は仕方なく、アイザックにソフチで聞いた話をそのまま伝えた。

 話を聞き終えたアイザックは、当時の私と同じように愕然としていた。



 しかし、そんな私たちを放って、サンデルブルク王は淡々と事態を進めていく。



「独立戦争の際、我々植民地側は加護の力がどうしても欲しくて、そしてなんとか王族の末の娘を誘拐することに成功した」



 私とアイザックは、固唾を飲んで彼の昔話に聞き入る。



「だがその伝説は、嘘だった」



 だから、二百年後を生きている私たちには届いていないのだろう。信ぴょう性のない噂に、人は何年も時間を割かない。



「クロム王族の加護の力など無かった。ただの幻。奪ってきた娘は、そのまま召使いとして扱った。その子も、またその子も、な」



「なるほど、そういう話が昔、クロム王国にあったということは理解しました」



 アイザックが冷淡な声で、相槌を打つ。



「ただ、その話と俺たちを引き離したことには、何か関係があるんですか?」



「勿論ある」



 サンデルブルク王は、鷹揚に頷いた。



「ここで一旦、ローザン伯爵の話になるが、」



「────!」



 私が失った家族について、だ。

 アイザックもローザン伯爵の名を聞いて、顔色が変わった。



 そういえば、アイザックが屋敷に来たのは私の父親のを探るためだった。



 きっと、今からサンデルブルク王が語る内容は、アイザックにとってもかなり重要な情報に違いない。   



「近頃、クロム王国はカーノヴォンへの侵攻を再び開始した。俺はそれを、なんとかしたい。だからその一歩として、クロム王国の辺境伯を仲間に引き入れた。誰のことかは分かるな?」



「待ってください!それはつまり……!」

 

 アイザックが声を荒げるが、サンデルブルク王はそれを片手で制した。

 私は、レノおばさんが言っていたことを思い出す。





『この子たちの明るい未来を守れるか、心配なのさ』

 



「ローザン伯爵にはクロム王国の抑止力となってもらう代わりに、金額を上乗せして商品の取引をしていた。おかげでローザン家は興隆し、思惑通りにクロム王国の中枢にまで食い込んでくれたよ」



 サンデルブルク王は、滔々と話し続ける。



 私は、鼓動が早くなっていくのを感じた。



「だが彼に、いつ裏切られないとも限らんからな。強引に、娘同士を交換したんだ。こちらからは、召使いが産んだ子の中で、ローザン伯爵の娘と同じ年、同じ月に生まれた娘を送った。それがまさかクロム王国の末裔とは、俺も予想外だったよ」





 何か、取り返しのつかないことが始まる予感がする。











「お前のことだ、ガーネット」







 私は、サンデルブルク王の赤い目から、視線を外せなかった。