人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる〜心を失った令嬢は秘密を抱えた執事に甘やかされて愛を知る〜



<Side ガーネット>



「わあ……!!」



 ガーネットは、訪れたセントラル国城下町の、華やかな有様に瞠目した。



 見慣れない食べ物やお土産を並べた、沢山の出店。それらを彩る、カラフルな提灯やガーランドの飾り。そして、行き交う人々の弾けんばかりの笑顔。



「すごいでしょう?カーノヴォン連合国の中でも有名なお祭りなの」 



「本番は夜だというのに、人が多いな。ガーネットは大丈夫か?」



「ええ、ありがとうございます」



 今にも走り出しそうなシジュンの手を必死に握りながら、シジュンの父親と母親はガーネットに声をかける。



 正直、人生で初めて目にするお祭りの熱狂に、眩暈がしそうだった。

 それでも、新しいものを見てわくわくする気持ちと、アイザックが居るかもしれないという期待で胸がいっぱいで、そんなことは気にならなかった。



 どこかに居るかな。居てほしい。

 

 会いたい。



 きょろきょろと周囲を見渡すが、しかし、アイザックの姿は見当たらない。

 

 肩を落としそうになったが、



「おねえちゃん!」



 シジュンが小さな手を、ガーネットに伸ばした。

 ぎゅっと手を繋がれる。



「おまつりまわりながら、ゆっくりさがそう!だいじょうぶだよ」



 にっこりと笑ったシジュンに、ガーネットの胸には安堵が広がった。



「そうね」



 ガーネットは、シジュンに微笑みかけた。



 

 四人で出店や出し物を見て回り、気が付けば辺りはすっかり暗くなりかけていた。

 夕陽の僅かな残光が、早くもちらほらと宙を舞い始めたランタンの灯りと重なる。



 だが、この時間になってもアイザックを見つけられはしなかった。



 自然と目線が地面を向く。

 大きな期待が空気の抜けた風船のようにみるみるしぼんでいき、代わりに絶望が膨らんでいった。



 見るからにがっかりした様子のガーネットの背を、シジュンの両親はそっとさすら。



 すると、シジュンが、



「おねえちゃん!ランタンもらいに行こう!」



 そう、大きな声を出した。

 ガーネットを説得しようと、拙い言葉を懸命に紡ぐ。



「ランタンに、おねがいしよう!そうすればきっと、会えるから!」



「そうだな。皆でガーネットの為にお願いをしよう」



「素敵な提案よ、シジュン」



 シジュンの家族は温かい微笑みをガーネットに向け、ランタンを配っている出店へと促す。



 ガーネットは、シジュンたちの優しに鼻の奥がツンとした。



「ありがとうございます」



 そう礼をして、一歩、踏み出した、その時だった。



「ねえ、見た?あの方、すごくかっこよかったわ!さらさらの金髪、透き通るような青い瞳……!」



「すらりとしてて素敵だったわね!勲章授与式に出られる方でしょう?ああ、もう一度お会いしたいわ!」



 ガーネットの耳に、女性の会話が飛び込んできた。



 足が、はた、と止まる。



 金髪、青い目、抜群のスタイル。



 

 ────アイザックだ。



 ただの直感。



 でも、アイザックに違いない。



 そんな予感があった。



 ガーネットは、シジュン達の方を振り向く。

 そして、無意識のうちに口走っていた。



「私、行かなきゃ」



「おねえちゃん?」



「アイザックが……。私、行かなきゃ!」



 目の奥が熱くなる。

 声が震える。



 今すぐ、探しに行きたい。



 そんなガーネットの思いを察したのか、シジュンは寂しそうに笑って、頷いた。



「いってらっしゃい、おねえちゃん!」



「気をつけるのよ」



「元気でな」



 シジュンの両親も、手を振ってくれる。



 ガーネットはぺこりと頭を下げ、心を込めて、言った。



「今まで、本当にありがとうございました」



 そして、一気に走り出した。

 

 どこ。どこ。



 アイザック。



 流れる周囲の景色を注意深く観察しながら、ガーネットは可能な限り足を動かす。

 

 会いたい気持ちが、増幅する。



 と、視界の端に、誰かの金色の髪が揺れたのが映った。



「アイザック!!」



 ガーネットは、その人の肩を掴んだ。









〈Side アイザック〉





 勲章授与式は、陽が沈んだ後に行われる。

 しかし、アイザックとガイルは、あえて早めにセントラル国を訪れた。



 ガーネットを探すためだ。



 人の多さにげんなりしながら、アイザックは城下町で行われている祭りの中を歩き続ける。

 

 しかし、ガーネットはまるで見当たらない。

 どれだけ目を凝らしても、影も形もつかめない。



 アイザックは時間ぎりぎりまで粘ったが、とうとう授与式の準備時間に入ってしまった。

 盛大にため息をつきながら、ガイルと共に城に戻る。



 そこでは、軽い立食パーティーが行われていた。



 他の受勲者達は楽しそうに談笑しているが、アイザックは無論、そんな気分にならない。壁際に立って、苛々と時間が経つのを待っていた。



 が。



 近くのテーブルから、とある会話が聞こえてきた。   

 アイザックは、ゆっくり彼らに近付いていく。



「なあ、見たか?祭りに、すんげえ美女がいたらしいぜ」



「珍しい黒髪の、お人形みたいな子だろ?見た見た。最高だったよな」



「後でもう一度、会いに行かないか?」



「そうだ、……お、おい、やめろ、うしろ」



「そんでさ、あわよくばお知り合いになれたら良いよな!」



「おい、やめろって……、うしろに……」



「あ?なんだよ」



 饒舌に語っていた男が振り向くと、笑みを浮かべたアイザックが、そこには立っていた。



「その方は、どこでお見かけしたのですか?」



 しかし、目は全く笑っていない。どす黒いオーラを噴出させながら、アイザックは二人に詰め寄る。



「ぜひともお聞かせ頂きたいですね。そんな素敵なお方がいらっしゃるのであれば。ただ一つだけ、良いでしょうか?」



「ひっ……!」



 冷酷な表情でこちらに向かってくるアイザックに、二人の男は小さく悲鳴を上げた。



 アイザックは、氷柱のような視線をぶつけ、低く唸る。



「彼女は、ガーネット様は、俺のものだ。二度と近付こうなんて考えるな」



 そのどすの利いた声音に、二人はがくがくと頷くことしか出来なかった。



 と、



「お集まりの皆様。間もなく式典が始まります。ご整列を」



 アイザックたちを呼ぶ、司会の声が会場内に響き渡った。



 しかし、アイザックはそれを無視して、背を向ける。



「おい!セントラル国にも、ライテル国にも無礼だぞ!それに、せっかくの名誉を棒に振るのか!」



 ガイルが、怒声を上げた。



 だがアイザックは、



「どうでもいい!ガーネット様が、近くにいるんだ!」



 そう叫び、弾かれたように走り出す。





 ガーネット様。ガーネット様ガーネット様ガーネット様!



 無事だったのか、どこにいるのか。ああ早く……!早く!!





 アイザックは城を抜け出し、再び祭りの会場まで戻る。

 外では、誰かの願いが込められたランタンが、いくつか闇夜を彩っていた。



 ますます増えた雑踏の中を、他人にぶつかるのも気にせず、アイザックは駆け回る。



 舌打ちをされようが、罵倒されようが、構わなかった。



 ガーネットに会えるのなら、何でもよかった。



 すると、



「アイザック!!」



 自分の名を呼ぶ声が、どこかから聞こえた。

 

 









「え?あの……、どなたですか?」



「も、申し訳ございません!人違い……でした」



 私が呼び止めた金髪の男性は、後ろ姿こそアイザックに似ていたものの、まるで別人だった。



 羞恥と失意で、私は俯いてしまう。



 

 だが。 









「いけませんね。あなたの犬は、私でしょう?」



 





 不意に耳元で、ずっと探し求め、望んでいた声がした。



「アイザック……!!」



 ぱっと振り返るとそこには、笑顔の、でもどこか苦しそうな面持ちのアイザックが立っていた。



「ガーネット様……!!」



 突然、アイザックは強く私を抱きしめる。



「い、痛いわ、アイザック」



 私の抗議の声にも耳を傾けず、彼はぎゅうぎゅうと両腕を巻き付け続ける。



「ガーネット様がいない間、どれほど寂しく、不安だったか……!もう、もう二度と、離しません……!」



 熱っぽく、アイザックは囁いた。



 私も、アイザックの背に回した手に、力を込める。



 同じ気持ちだったと、そんな意思を込めて。



「ガーネット様……」



 と、アイザックはにわかに体を離すと、真っすぐに私の目を見つめた。

 睨むようなその目つきに、私は体が動かなくなる。



「誰に何を命令されても、たとえあなたからの命令であっても、わたくしはガーネット様を離しません。よろしいですね?」



 アイザックの余裕のない、狂おしいほどの愛情。それを一心に向けられて、私の視界は滲み始めた。

 

「ええ、ええ。私も、アイザックから離れないわ」



 涙が一筋、頬を伝っていく。



 アイザックはそんな私に驚いたのか一瞬目を大きく開いた。が、すぐに優しく微笑んで、その涙を人差し指で救ってくれた。



「わたくしだけのお姫様が、無事でよかったです」



 そう言って、アイザックは再び、ガーネットを掻き抱いた。











「せえの」

 

 アイザックと二人で、同時にろうそくの灯ったランタンから手を放す。



 ふわり、ふわりと穏やかに揺れて、私たちの願いが宿ったランタンは、夜空に舞い上がっていく。



 ゆっくりと上昇していったそれは、他の多くのランタンに紛れて、間もなく見つけ出せなくなった。



 まるで天の川のように、夜の天井を埋め尽くすたくさんのランタン。そのどれもが、人々の願いを乗せて、ほのかに輝き続けていた。



 私はもう一度、もう見えなくなった私たちのランタンに、お願い事をする。



 ────どうか、アイザックと、ずっとずっと一緒にいられますように、と。