人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる〜心を失った令嬢は秘密を抱えた執事に甘やかされて愛を知る〜

〈Side アイザック〉



 吹き荒ぶ風の音が、やたらと耳につく。甲高くて亡霊の悲鳴のように聞こえるのは、いくつもの廃墟の隙間を縫って、ここまで届いているからだ。



 人の居ない土地。壊れた住居に、雑草が伸び放題の地面。



 生活感の失われた場所は、こうも寒々としているのか。



 アイザックは、身震いがするような気分だった。



「一体どういうことだ、これは」



 アイザックは、背後で無言を貫いているガイルに険のある視線を送る。



「まさか騙したんじゃないだろうな。もしそうだったら、」



 この場で叩き斬る。



 そう言いかけた時、ガイルは首を横に振った。



 そして、一言。



「滅んでしまったようだ」



「……は?」



 アイザックは、彼の言葉の意味が分からなくて、思わず頓狂な声を上げた。





 三日前のことだ。

 黒い鎧について知っているとガイルに聞いて、アイザックは即刻馬を手配した。そしてガイルの話通りに、二人はライテル国から北北西の方にある、ノーソーホー国へと向かった。



 黒い鎧は、ガーネット様の居場所を知っている可能性が、今最も高い集団だ。

 追うに越したことはない。



 そう判断し、ノーソーホー国へとまっすぐ馬を走らせた。

 そして今日、逸る思いで入国したのだが、アイザックはすぐに異変に気が付いた。



 辺境はおろか、首都までもが壊滅していたのだ。



 目の前の光景に絶句するアイザック。ガイルはそんなアイザックに、冷酷な事実を告げたのだった。



「滅んでしまったようだ」と。







「滅んだって、国が?」  



「そうだ」



「でも、黒い鎧はノーソーホー国の兵士だったんだろう?」

 

 アイザックの敵ではないものの、彼らはよく統率の取れた、洗練された動きをしていた。



 そんな兵士を抱えた一国が?と、アイザックは半信半疑だ。



 ガイルは淡々と、アイザックの疑問に答える。



「ノーソーホー国とライテル国が争ったのは十年前のことだ。その時に俺も彼らと戦ったが、その後のことは知らない」



「だからって、たった十年で……」



「この光景を目にして、まだ信じられないと?」



 途端、ガイルの眼光は鋭くなる。

 その強さに、アイザックは剣の柄に手を伸ばしかけたほどだ。



「覚えておけ。国は簡単に滅びるし、滅ぼされる。お前たちも、例外ではない」



「はっ!クロム王国が?ありえない」



 クロム王国には歴史も、卓越した兵士たちも、改良された武器もたくさんある。それに、俺たち猟犬がいる。

 だから滅びるなど、考えられない。



 アイザックは首を横に振った。



 しかし、



「そうだと、いいな」



 ガイルはそう言って、一瞬だけ口角を上げた。



 その表情がどこか切なげで、アイザックの胸にはほんの少し、不安が掠めていった。







 その二日後、落胆しつつもライテル国の国境まで戻ってきた時だ。



 喧騒と、金属がぶつかる音。血と、煙の匂い。



 アイザックとガイルははっとして、顔を見合わせた。



 ────近くで小競り合いが発生している。



 とにかく状況を探ろうと、二人は騒がしい方へと馬を向かわせた。



 数分後、到着した現場は、想像より激しい攻防が繰り広げられていた。



「頼む!力を貸してくれ!」



 ガイルを見つけた赤い服の兵士が、即座に救援を要請してくる。



 どうやらライテル国が、隣国からの襲撃を受けているようだ。それも、ライテル側が押されている。



 正直、アイザックには関係のないことだ。一刻も早くライテルに戻り、ガーネットを探す為の次の一手を探したい所だ。



 だが。



「……俺からも、お願いしたい。ここはライテルの防衛最前線だ。なるべく被害は最小に抑えておきたい」



 ガイルまでもが、アイザックに頭を下げたのだ。



 ガイル一人でも対処は可能なのだろう。が、部隊の損壊を最小限に留めるためには、アイザックの力が必要なのだ。



 自身より年下で、さらに一度下した相手に頭を下げる。



 ガイルの戦士としての気高さと、国への忠誠心の高さにアイザックは敬服した。



 表には出さないが。



「分かったよ。その代わり、」



 アイザックはすらりと、自身の剣を抜いた。



「さくっと片付けるぞ。俺の最優先は、ガーネット様なんだからな」



 

 

 結論から言うと、国境で起こった防衛戦はアイザックとガイルの参戦によって、速やかに解決した。



 やはり二人の力は並大抵のものではなく、あっという間に敵勢力を蹴散らしたのだ。



 だが問題は、その後だった。



 ライテル国に戻った翌日。



「勲章授与式?」



 アイザックは、目を見開いて問い返した。



「ああ。セイロン王が是非お前に、と言って聞かない」



 ガイルが言うには、カーノヴォン連合国の中央にあるセルトラル国で、週末に勲章授与式が行われるのだという。



 だが、



「断る」



 アイザックはきっぱりと言い放った。



 いよいよそんな時間はないのだ。

 ガーネット様と離れて、もう1週間になる。彼女の安否を案じれば案じるほど、内臓がねじ切れるような焦りに身を焼かれているというのに。



 それでも、ガイルも譲らない。



「王は、カーノヴォン連合国とクロム王国の未来のためだと言っていた。断るのは不可」



 しばらく睨み合いが続く。



 が、ため息をついて折れたのは、アイザックの方だった。



 元々、セントラル国にはいずれ赴く予定だった。



 ついでだと考えればいい。



 それに、もし授与式を経てカーノヴォン連合国に名を馳せられれば、ガーネットの居場所も掴めるかもしれない。



 様々な打算もあって、アイザックは渋々賛成したのだった。







 週末。



 アイザックはセントラル国の様子に驚いた。

  

 多くの出店や派手な飾りでいっぱいの城下町。行き交う人々の弾ける笑顔。



 特別な行事で、誰も彼もが浮き足立っている雰囲気にアイザックは開いた口が塞がらない。

 そばにいるガイルに、その理由を尋ねる。



 彼は言った。



「今日は、城下町でランタン祭りが行われている。通称、願い祭りだ」



 と。