人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる〜心を失った令嬢は秘密を抱えた執事に甘やかされて愛を知る〜




「以上が、この物を御身の前に連行してきた次第であります」



 アイザック達から少し離れた位置にいる兵士が、アイザックが目覚めてから今に至るまでの顛末を、王に報告していた。



 ふむふむと頷きながら、彼の話に耳を傾けていたどこかの王は、それを聞き終えると口を開いた。



「さて、どうしようかのう。捕虜とするか、今すぐ処刑してしまうか、はたまた奴隷として売り飛ばしてしまうか……」



 王は、品定めするような視線をアイザックに向けた。

 アイザックは、ぎろりと王を睨み返す。

 悪態をつこうと息を吸ったが、そのわずかな気配を察されて、誰かにさらに強く背を踏まれた。



 腹立たしい。

 手も足も出せない状況と、己自身が。



 アイザックは舌打ちをした。



 どの選択肢の中から選ぼうが、隙を見て確実に殺してやる。

 

 この場にいる、全員を。



 最大限の憎しみを込めた瞳を、再び王に向けた時だ。



「……セイロン王、お戯れが過ぎますぞ。そんなつもり、毛頭ないでしょう」

 

 ため息交じりに、玉座の傍らに立っていた髭の長い男性が、王をたしなめた。



 途端、セイロン、と呼ばれた王は相好を崩す。

 その姿は、玉座にいるとはいえ、好々爺然としていた。



「悪いの。粋が良いのが紛れ込んできたというから、ついからかいたくなってしもうて」



 ころころと、セイロン王は笑う。

 アイザックは少し、毒気を抜かれてしまった。



 さらに、セイロン王は驚くべきことを言う。



「さて、アイザックとやら。そなたは何故、我がライテル国へと訪れたのじゃ?何が目的かの?」



 ライテルは、サイドベルツ侯爵国の北東側に位置する国だ。

 どうして自分がライテルに居るのか、尋ねたいのはこちらの方だ。



 黒い鎧の集団は、ライテル国所属なのか?

 しかし、セイロン王は、アイザックの来訪を予期していなかった様子だ。

 だとしたら、黒い鎧の集団が自身をライテル国に放置していったことになるが……。



 様々な疑惑がいくつも湧いたが、アイザックは全てを飲み込み、最大の要求だけを言葉にすることにした。



「ガーネット様はどこに居る?早く会わせてくれ。話はそれからにして欲しい」



 しかし、アイザックは、さらに驚愕する。



「ガーネット?ということは女性かな?しかし、そなた以外には誰も迎えとらんぞ」



 セイロン王が、そう告げたからだ。



 アイザックの焦りは、全身を駆け巡った。



 同じ建物どころか、国にすら居ない。

 つまり、ガーネット様の身の安全は、保障されていない。

 

 ────今、こうしている間にも。



 アイザックは、ゆっくりと立ち上がった。

 抑え込もうとする複数人の兵士の力をも跳ね返して、アイザックは、立ち上がった。



 限界を超えた力を見せたアイザックに、近付ける兵士は居なかった。



 アイザックは深く、大きく息を吐く。

 そして、クロム王国式ではあるが、セイロン王に一礼した。



 その敬意ある姿に、室内にどよめきが起こる。



 しかし、それらすらも気にすることなく、アイザックは王に向かって淡々と述べた。



「僅かでも、この身を預かって頂いたこと、深く感謝いたします。しかしセイロン王、この偉大なるライテル国に私の用はないみたいです。故に、失礼させて頂きます」



 頭を一度下げ、くるりと背を向けるアイザック。



 だが、アイザックの歩みを止める声が、背後からかかった。



「うーむ、それは困るのう。そなたを自由にするわけにはいかんのじゃよ」



 振り向き見れば、セイロン王は眉を下げていた。

 本気で困っているようだが、とはいえアイザックには関係のないことではある。



 王を無視して、再び歩き出そうとした。

 が、その行く手を、兵士たちに遮られる。



 アイザックはいら立ちを隠しもせず、セイロン王に向き直った。



「なぜでしょう?私はこの国に用はないと先ほど、」



「そなたはそうかも知らんが、我々にその真意は測りかねるのじゃ」



 セイロン王の鋭い言葉が、アイザックを制した。



「そなたに大事な用事があるのは理解できるが、かといって信用も出来ぬ。そなたはク・ロ・ム・王・国・の者だからじゃ。」



 少々含みのある言い方だったが、アイザックは黙って続きを聞く。



「このまま行かせてしまって、住民を虐殺されてしまわんとも限らぬ。分かってくれ、これは王の責務なのじゃ」



「ではどうしろと。このままじっとはしていられません」



「分かっておる。故に、ほれ」



 セイロン王の合図で、一人の精悍な男が入室してきた。



 長い黒髪に、ナイフのような眼光。身体つきの良さと、頬の大きな傷が、彼を只物ではなくさせている。



 セイロン王は、現れた男を自身の隣に立たせ、言った。



「この、ガイルを共にしてはくれんか。そうすれば、ライテル国並びに近辺国は、自由に出歩いてもらって構わん」



「…………承知致しました」



 この場では、承諾する以外ないだろう。



 アイザックは諦め、頷いた。



 そうして、謎の男を引き連れ、城を後にしたのだった。











「…………」



「…………」



 互いに無言のまま、一時間が経った。



 アイザックとしては、今すぐガイルを振り切って逃げても良かったのだが、なかなかガイルに隙が無いのと、向かうべき場所に悩んでいたこともあって、行動に移せなかった。



 サイドベルツ侯爵国まで戻るか、はたまた黒い鎧について聞いて回るか。しかし悠長にしている時間はないことも考慮したい。とすれば、一か八かに賭けて、中央へと向かうか。



 そんなことを、国境際の看板前で、ぐるぐると考えていた時だった。



「37回」



「は?」



 ガイルが唐突に、口を開いた。



「お前が、この一時間で俺の隙を伺った回数だ。大方、振り切ろうとでもしていたのだろうが、そうはいかない」



 アイザックは、目を見開いた。



 まさか、そこまで読まれていたとは。

 

 かといって、アイザックが窮地に陥ったわけではない。むしろ、好都合だった。

 

「であれば話が早い。金はやるから見逃してくれ。正直、鬱陶しいことこの上ない」



「不可だ。俺は、セイロン王に忠誠を誓った身。お前の監視は使命である」



「そうか。じゃあ、監視役は君には重荷だったと大好きな王様に報告したらいいよ」



「……ガキが」



 二人同時に、すらりと剣を抜いた。



 ちょうど、人通りもない、静かな場所だ。



 剣を交えたとしても、騒ぎにはならない。



「死ね!」



「お前がな」



 アイザックとガイルの剣は、ガシィン!と不協和音を奏でた。







 十数分後、喉元に剣を突き付けられていたのは、アイザックの方だった。