人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる〜心を失った令嬢は秘密を抱えた執事に甘やかされて愛を知る〜


「アイザック!」



「〜〜〜〜〜っ!!」  



 私の必死の揺さぶりに、アイザックはようやく目を覚ました。

 しかし、がば、と跳ね起きた彼の呼吸は荒い。



「……大丈夫?」



 私は彼の顔を覗き込む。

 掛け布団を羽織っていたというのに、真っ青だ。



「ええ……。ご心配をおかけして申し訳ございません。少々夢見が悪かったようです」



 それでも、アイザックは弱弱しくも笑みを私に見せる。

 その上、私に気を遣ってか、軽い冗談まで口にした。



「昨夜はガーネット様と添い寝出来て、大変幸せでした」



 私もようやくその点について思い出し、はっとする。



「私はどうして……」



 そう尋ねると、



「昨夜、わたくしを撫でてくれたまま、お眠りになられたのですよ。廊下の寒さでお目覚めになってはいけないと思い、このままここに居てもらったのです」



 申し訳ございません、と頭を下げたアイザック。

 私はなるほど、と納得しつつも、彼の様子をもう一度伺う。一見、普段通りの落ち着いた雰囲気だ。



 だが、はらりと垂れた金色の毛先が、ふるふると小刻みに揺れているのを、私は見逃さなかった。



「いつも、うなされているの?」



 私の問いかけに、アイザックの笑顔はほんの少しだけ固まる。

 が、すぐにその強張りを解いて答えた。



「いえ、昨日、ルークの話をした為でしょう。少し嫌な記憶が蘇ってきただけで、別になんとも、」



「アイザック」



 私はにこにことしながら口を動かし続けるアイザックを制止した。



「嘘、つかない」



 誰かに本心を隠すのには慣れているのだろうが、同じ穴の狢としては、見過ごせない。



 私の前では、楽に呼吸をして欲しい。私がそうさせてもらっているように。



 私はアイザックの腕をぐい、と引っ張る。

 そして、淡々と告げた。



「もう一度、一緒に寝ましょう」



「ガーネット様……?」



「昨晩私は、あなたに傍に居て、とお願いしたの。それはつまり、私もあなたの傍に居る、と言うことよ」

 

「っ────────!」







 アイザックは、眉一つ動かさずに大胆な告白をしてのけるかつての人形姫に、言葉を失った。

 

 自分の膝の上で眠るガーネットをまるで美しいドールのようだと思ったばかりなのに。

 彼女の心のうちはこんなにも、情で溢れているだなんて。



 いいや、とアイザックは内心で首を横に振る。



 昨夜の言葉のみならず、ネモフィラにしても、クッキーにしても、彼女は愛情深い人なのだ。

  

 はじめから、人形ではなかったのだ。

 

 アイザックは、ガーネットの新たな一面を知った感動が、悪夢を上書きしたのを実感した。胸の中にかかっていた黒い靄がさーっと消えてゆく。



 アイザックは何の迷いも憂いもなく、心からの笑顔を浮かべた。



「承知いたしました。それでは」



「きゃ!」  



 アイザックは片手で真っ白な掛け布団を、ガーネットをもう片方の手で腕の中に引き寄せる。



 そしてそのまま、二人で布団の中にくるまった。



「……あたたかい」  



 ガーネットが、微睡んだように呟いた。



「ええ。そうですね」



 アイザックも、腕の中の温もりを確かめるように頷く。



 朝の優しい陽射しに包まれて、ガーネットとアイザックは、再び穏やかな世界へと足を踏み入れるのだった。











「サンデルブルク王、彼らが出発したそうです」



 石材で建築されたセントラル城。その玉座の間には、二人の人物が居た。

 そこは、白壁のクロム城とは対照的に、灰色の広間は薄暗く、昼間であるのに鬱蒼としていて肌寒い。



 彼らのうち片方は王の座に腰掛け、もう片方は頭を垂れて跪いている。

 サンデルブルク王と呼ばれた人物は、王にしては若い外見をしている。しかし、威圧感が凄まじく、その雰囲気が彼を王たらしめていた。

 

 王は、答える。



「そうか。であれば、サイドベルツ侯爵に告げよ。作戦の開始だ、と」



 御意、ともう片方は応じ、王の御前を後にした。



 その背中を見送って、サンデルブルク王は独り言ちる。



「さあ。姫君とわんちゃんは、如何ほどの力量かな?」



 彼は、褐色の頬を吊り上げた。