人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる〜心を失った令嬢は秘密を抱えた執事に甘やかされて愛を知る〜


 

「や、やめてっ!」



 四歳くらいの男の子が、少し背丈の高い少年三人に囲まれている。男の子はぴょんぴょんと何度も飛び跳ねては、その中で最も背の高い少年の右手から何かを取ろうとしている。しかし、全く手が届く気配がない。



 病気の母親の為の、薬なのに。

 

 少年の手にある紙袋の中には、少し高価な風邪薬が入っている。

 これは、この小さな男の子が、これまで貯めたお小遣いをはたいて購入したものだ。



 普通の薬なら既に服用しているのに、母親の夏風邪はなかなか治らない。それを心配して男の子が買った薬を、取り上げられた。不運にも、いつものいじめっ子三人組と帰宅途中に遭遇してしまったのだ。



「返してほしけりゃ力づくで来いよ!」

「あれれ~?手も足も出せないのか?そりゃそうだよなあ!手ぇ出して、ケガさせたら困るのはお前の親だもんなあ!」

「このばけもの!あっはははははは!」



 三人がそれぞれ口にする罵詈雑言に、男の子の視界は涙で滲む。



 悔しさ。悲しさ。憤り。

 

 様々な感情を冷静に対処するには、四歳という年齢は幼すぎた。

 男の子は金色の髪を垂らし、俯く。



 実際、男の子は力技でこの問題を解決しようと思えば出来る。

 ちょん、と少し突き飛ばしてしまえば少年は倒れ、薬を手放すだろう。体格差を超えてなお余りあるパワーを、この男の子は持っていた。



 しかし。



 以前、自身の力量を計り損なって、この少年に大けがを負わせたことがある。頭を何針も縫うけがで、彼のご両親に男の子の両親はひどく叱責された。さらにその後、よりによって少年の父親が村の有権者だったばかりに、肩身の狭い思いをさせられてしまったのだ。



 結局、薬は返してもらえず、男の子は項垂れて家に着く。

 と、



「おかえり」



 男の子と同じ、金髪と青い瞳の女性が咳き込みながら彼を迎えた。

 男の子は幼いながらも、その弱々しい姿に堪らなくなって泣きついた。



 話を聞いた母親は、泣きじゃくる男の子の背をぽんぽんと叩きながら、柔らかく言った。



「あなたは少し、人より成長が早いの。だからどうか、人に優しくしてあげて。彼らも悪気があったわけじゃないわ」



 嘘だ、と男の子は思う。

 悪気がなかったら、人の薬を奪うなんてこと、しない。



 だが、自分の強すぎる力が家族に迷惑をかけることも分かっている。

 だから彼は唇を噛みしめて、ゆっくりと頷いた。



「いい子ね、アイザック」



 母親は、男の子をぎゅうっと抱きしめた。

 





 場面変わって、三人の少年とアイザック。アイザックはまた、彼らに虐められている。

 

 それに耐えながら、考える。



 もう、何度目だろう。

 これからあと何度、悪意のある彼らに優しくしなければならないのだろう。

 

 それがとても辛いことに思えて、アイザックは瞼を強く閉じた。



 耐えるんだ耐えるんだ耐えるんだ耐えるんだ。

 家族のため父さんのため母さんのため母さんのため────!



 それでも、目の裏がぐつぐつと熱くなって、涙が零れそうになったその時だった。

 

「おい!やめろ!!」

 

 同じくらいの歳の男の子の声が、横やりを入れた。



 がば、と顔をそちらに向けた少年たちは、すかさず威嚇する。

 アイザックも、不安げに事の成り行きを見守った。



「ああ?お前、誰だよ」

「知らねえ顔だな」

「新入りか?いきがんなよ!」



 だが、茶色い髪の利発そうなその男の子は、背丈が上の少年たちにも怯まなかった。



「何事かは知りませんが、あまり外聞が良いことではないですよ」



 そう言って、にっこりとほほ笑む彼に拍子抜けしたのか少年らは束の間黙った。

 それでもプライドが許さなかったのか、茶髪の男の子に手を上げようとした。



 その直後。



「そこで何をやっている!」



 警官が何人か、こちらに向かって駆け寄ってきた。



「やべ!!」



 そう叫び、少年らは一斉に走り出す。



 唐突なヒーローの出現に唖然としながら、アイザックは助けてくれた男の子の方へと向き直った。



「おれが呼んだんだ」



 そう、にかっと笑う彼に、



「ありがとう」



 と、アイザックは頭を下げる。



 しかし、



「いいんだよ。一人きりの誰かを助けるのは、当り前のことだから」



 男の子は爽やかな笑みと共に首を横に振った。

 そして、右手を差し出す。 



「おれ、ルーク」



 挨拶だ、と瞬時に理解した。



「ぼく、アイザック」



 これが、ルークとの出会いだった。







 ぱちぱち、と足元で火の粉が爆ぜている。

 

 これは、なんだろう?



 五歳の俺は、戸惑っている。



 少し遠くの街にお使いに行って、家に帰ってきたはずだった。

 

 それがどうして、家屋は跡形もなく崩れ去っていて、火に焼けているのだろう。



「おとうさーん!!おかあさーん!!」



 ほとんど炭になった、元家の中を俺は歩き回る。

 リビングも、ダイニングもキッチンも、何も残っていない。

 あるのは、大きな黒煙を上げる木炭ばかり。

 

 と、



「う、うぅ……」



 かすかな声が、聞こえた。



「おかあさん!!?」



 俺は、慌てて呻き声がした方へと足を向ける。



 そこには。



「い、たい……。いたい……」

「たす……て」  

「うあ……」



 三つの、黒い物体が転がっていて。



 それぞれ別の、悲鳴にも近い小さな叫びを上げていて。



 それらはきっと。



「あいざっく」

「あいざ……く」

「あいざ」



 大好きな父さんと、母さんと、ルークで。



「うああああああああああああああああ!!!」



 俺は、気が付けば叫んでいたんだ。