人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる〜心を失った令嬢は秘密を抱えた執事に甘やかされて愛を知る〜

夜、23時30分。

 私は既に就寝の支度を整えて、自室に居た。

 だが、居ても立ってもいられなくなって、部屋を後にする。



 向かう先は、アイザックの所。



 アイザックは、私の気持ちを明日の朝に聞くと言ったが、それまで私が待てない。

 

 アイザックを、もやもやした思いに苛ませたくないのだ。



 あんなに、感情を出さないようにと抑制していた自分はどこに行ったのだろう、と私は苦笑する。

 アイザックのこととなると、歯止めが効かない。

 

 アイザックなら許してくれるということを、既に分かっているから。私の全てを笑って受け入れてくれると、知っているから。



 だから私は、アイザックの元へ足を急がせるのだ。









「ガーネット様……っ!?」



 ノックの音に、扉を開けたアイザックは目を丸くしていた。

 

「話しに、来たの」



 私は用件を告げ、そのまま本題に入ろうとした。

 が、



「しょ、少々お待ち下さい。ここではお身体が冷えてしまいます。さあ、中へ」



 と、強張った笑顔を浮かべるアイザックに入室を促される。



 部屋の中の配置は、私のものとほとんど同じだった。異なるのは、やや私の部屋の方が華やかだということくらいか。

 私の部屋には花が飾られていたり、ぬいぐるみや装飾品がいくつか置かれていて、幾分可愛らしい雰囲気になっている。



 アイザックもドアを閉じ、私の後に続いた。

 そして、きょろきょろと辺りを見渡したと思ったら、ため息をついた。



「申し訳ございません。ずっと一人暮らしだったものでこの部屋への来客を想定しておらず……。椅子が一脚しかないのです。ですので、」



 こちらへ、とアイザックは自身のベットを示す。そちらの方が座り心地が良いから、という心配りだろう。

 しかし、私は首を横に振った。



「椅子の方が、慣れているから」

 

 アイザックはちょっとだけ眉を下げたが、私に無理強いはせず、自身がベットの上に腰掛けた。



 アイザックが置いてくれた椅子に私は座り、アイザックと向かい合う。



 彼ももう寝る体勢に入っていたのだろう。普段はかっちりとした服装だが、今は緩い流しを身にまとっている。

 それに、いつもは上がっている髪も、お風呂上がりで降りている。アイザックの伏し目にさらりと揺れた前髪に、私はどきりとした。



 そしてそのまま、沈黙が続く。



 勢い込んで来たものの、何から話すべきか迷ってしまう。



 すると、アイザックが静寂を破って口を開いた。



「三下り半を突きつけるなら、お早めにお願いしますね。いえまあ、結婚している訳ではありませんが」



 ふふ、と笑ったアイザックだが、しかし、彼の

瞳は哀しそうに揺れている。



 誰が見ても嘘だと分かる言葉に、私は胸がきゅ、と苦しくなる。

 

 ああ、まただ。アイザックにこんな顔をさせたくないと思うのは。



 そしてその理由はきっと。



 私は自身を取り繕うこともせず、感じるままに言葉を綴った。



「あなたには、私の側に、居て欲しいの。今更離れたくないわ」



 アイザックは、は、とした表情で顔を上げた。



 青い瞳から私は目を逸らさず、続ける。



「はじまりに嘘が塗れていたとしても。その過程に謀があったとしても。私を救ってくれたことや、今、私を大事にしてくれている事実に虚偽は無いわ。だったら何故、私があなたを手放すの?」

 

 私は椅子を離れ、呆然としているアイザックに近付いた。



 そう。アイザックの為なら、私は何度でも椅子から立ち上がれるのだ。



「あなたの笑顔を見ると、安心するの。だから、ずっと笑って、傍に居て。それがせめてもの、私への贖罪よ」



 にこり、と私は笑ってアイザックの頬に触れた。



 アイザックの目が、一瞬だけ潤んだ気がした。



 だが、その後を確かめることは出来なかった。

 なぜなら、



「ガーネット様……っ」

 

「きゃっ」

 

 ぎゅうぎゅうと強く巻き付いてくる両腕と、自身の胸元に感じるアイザックの顔の熱に、驚いてしまったからだ。



 アイザックの膝の上で、抱き締められている。



 かあ、と頬が熱くなった。



 歳の近い異性とここまで接近することなど初めてだ。



 それでも私は、恥ずかしさよりも、アイザックを可愛いと感じる気持ちの方が強く、そのまま金色の頭をぽんぽん、と撫でる。



 アイザックも珍しく、私のなされるがままになっていた。



 私とアイザックは、ずっと、そうしていた。













「うぅ……っ。ぐっ……!」



 すぐ側で、うめき声が聞こえる。



 はっと目覚めた私は、その苦しそうな声色の出処がアイザックであることに気が付いた。



 窓からは、朝日が差し込んでいる。

 そして、私が横たわっているのは、自室ではなく、アイザックのベッドで、隣にはアイザックが居て。



 なんで、アイザックと、一緒に────?



 ふと、混乱しかける私だが、それよりも。



「ぐぅ……。とうさ……、か……、さ!るう……っ」



「アイザック!アイザック……っ!」



 脂汗をかき、眉根を寄せている彼が心配で、私はアイザックの身体を揺すり続けた。