人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる〜心を失った令嬢は秘密を抱えた執事に甘やかされて愛を知る〜


 アイザックは、僅かな笑みを湛えたまま、凍りついている。

 きっと、どう説明するのが私にとって、そして、彼にとっても正解かを考えているのだろう。



 だが私は、この件を心に閉まっておくことは出来なかった。

 写真の女性のこともあるが、私が、アイザックの事を知りたかったのだ。

 これまで共に暮らしてきたが、私は彼のことを知らなさすぎる。

 だから私は、黙ったままのアイザックに、告げた。



「包み隠さず、話して。私は全てを受け入れるわ」



 これが、私からの、二度目のお願いになった。







 夕刻。

 帰宅したアイザックを、私はダイニングテーブルへと促した。なんだなんだとにこにこしていた彼だったが、席について、私が昼間に受け取った写真とメモを目にした途端、硬直した。



「これは、どうしたのですか?」



 アイザックは笑顔を絶やすことなく、ゆっくりと私に尋ねる。だがその声音は、いつもより少し低かった。



「贈り物部屋に、突然投げ込まれて。すぐに中を開けてしまったの」



 私は、正直に答える。



 アイザックにも、正直に教えて欲しかったから。



「『猟犬』って、何?あなたはそこで、何をしているの?」



 ────そして、冒頭に戻る。







 アイザックは一度、深く呼吸をした。

 そして、口を開く。



「クロム王国、王家専属の秘密部隊を、『猟犬』と呼びます。『猟犬』は、クロム王、並びに王族からの特殊な任務を引き受ける影の部隊、そして私は、その『猟犬』の副隊長を務めています」



「『猟犬』……」



 きっと、強い緘口令が敷かれているのだろう。そんな組織が存在するなど、知識が少ないながら私は聞いたことがない。父親も、知らなかったはずだ。



 しかし、アイザックが『猟犬』であるということは、一つの衝撃的な事実を思い浮かばせる。



 ────つまり、アイザックがローザン伯爵家に勤めていたのは。私と出会ったのは。私に優しくしてくれたのは。







 ただの、任務の一環だった。







 私が内心で動揺している間にも、アイザックの説明は続く。



「クロム王は、ローザン伯爵とカーノヴォン連合国との癒着を疑い、その情報を探るべくわたくしを派遣しました。それが、『猟犬』であるわたくしの使命でした」



 私は、頭が真っ白になる。



 ただ無条件に、私に親切にしてくれていた訳ではなかった。裏側には他意があり、利益を欲していた。



 私の胸は、つきりと痛む。



 アイザックが伯爵邸で私に向けてくれた微笑みは、嘘だったのだろうか。   



 いや。いやだ。



 認めない。



「……どうして、私に優しくしてくれたの」



 震える声で、私はアイザックに尋ねる。



 この問いへの解答が、私にとってのアイザックの全てだ。



 そう考えたからだ。



「わたくしには昔、親友と呼べる存在が一人だけ、居たのです」

 

 アイザックはふ、と目元を緩めて、話し始める。

 

「彼の名は、ルーク。わたくしはかつて、ひとりぼっちでした。幼い頃は友人が出来ず、むしろいじめられているばかりで。そんな中、近くに越して来た彼は、わたくしを助けてくれたのです」



 私は、意外に感じた。

 屋敷で目にしたアイザックは、とても人付き合いが上手だった。

 だから、そんな過去があったなんて、と俄には信じられない。



「そうして彼は、わたくしにとっての唯一無二ともいえる友人になりました。また、強い相手に立ち向かう強さや、人を助ける優しさをも教えてくれたのです」



 ここまで語ると、しかし、アイザックの表情は曇った。



「ただ彼は、わたくしの家族と共に既にこの世を去っています。そんな彼が、わたくしに残した約束がありました」



 私は、アイザックの過去を聞き入った。

 あまり自身のことを語らない彼が、ここまで赤裸々に話すのは珍しい。

 アイザックのことを知られて、心配ながらも嬉しいとすら感じる。



「『次は、お前が誰かを助ける番だ』。だからわたくしは、ガーネット様をひとりぼっちにしたくありませんでした」



 それに、とアイザックは柔らかく微笑んだ。



「炎の中、ローザン伯爵を殺してまで助けに行ったのは、ガーネット様を失うのが惜しいと、そう思ったからです。あなたの笑顔が一度でも見られれば良い。そんな、小さな理由でした。でも今は、」



 アイザックはここで一旦、言葉を切った。

 その後、意を決したように、きっぱりと言う。



「あなたの全てを、わたくしに見せて欲しい。わたくしだけに、見せて欲しい。そんな気持ちでいっぱいです」



 すると、アイザックは、私の手をふわりと握った。



「わたくしのために怖くても一歩を踏み出すガーネット様が。凍りついた心を溶かして笑うようになってくれたガーネット様が。わたくしは、愛おしいと思っております」



 私は、頬に熱が集まるのを感じる。

 愛おしい。それを、アイザックから直接聞けたことに、堪らなく胸が昂ぶった。

 

 だが、アイザックは首を横に振りながら、私から手を離す。そして、立ち上がった。



「ガーネット様のお屋敷に、嘘をついて潜り込んだことは事実です。ですので、わたくしを糾弾する権利が、ガーネット様にはあります」



 アイザックは、にこりと笑う。

 しかし、そこにはどこか、悲しさが漂っていた。

 

「わたくしのことを、嫌いになっても構いません。わたくしはもう部屋に下がりますので、明日の朝、ガーネット様の答えを聞かせてください」



 アイザックは私を置いて、ダイニングから出て行った。



 私は頭がいっぱいで、その背中を追うことが出来なかった。