人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる〜心を失った令嬢は秘密を抱えた執事に甘やかされて愛を知る〜

「ガーネット様、お加減はいかがですか?」



 コンコンコン、というノックの音とともに、アイザックが入ってきた。



 私はぼんやりと頭を動かして、アイザックの方を向く。

 既に部屋は夕陽に赤く染められており、アイザックの金糸の様な髪も、今は橙色に変わっていた。



 私は痛む頭をなんとか働かせて、昨夜の記憶を辿る。



 帰路についた段階で、実は全身が気怠かった。だが私は、初めてダンスをしたせいだとばかり、思い込んでいた。 

 しかし、玄関のドアをくぐった途端、私は強い目眩に耐えられずに倒れてしまった。アイザックにベッドまで付き添ってもらい、横たわると、さらに暑く、息苦しい感覚に襲われた。その後のことは覚えていないから、きっと気絶するように瞼を閉じたのだろう。

 そして今、アイザックの声で、やっと目を覚ました。



 外はもう日が暮れる間際で、どうやら私は半日ほど眠り続けていたようだ。



 私はベッドに伏せたまま、答える



「……ええ」



 まだ体温が高いせいか、ぼうっとする。

 熱で潤んだ私の瞳に、アイザックの申し訳なさそうな表情が映った。



「わたくしが、急にあのような場に誘ってしまったせいです」

 

 すみません、と謝罪を口にしながら、アイザックはこちらに近付いてくる。片手には、湯気が立っている皿を乗せた盆を持っている。



「ミルク粥を作りました。一日中、何も口にしていないでしょう?ちょっとでも栄養を取りましょう」



 そう言って、アイザックはベッドの側の椅子に腰掛けた。私の上半身をゆっくり起こした後、ふうふうとスプーンに掬った粥を冷ましてくれる。



 そして、私の口へと運んだ。



 私はそれを、ただ受け入れる。手を上げるのも辛かったし、私だけだと食べる気になれなかったからだ。



 ぱく、とアイザックの持つスプーンから粥をもらう。  

 ほんのり甘い。温かくて、身体に優しい味がした。



「おいしい」

 

 私がそう呟くと、アイザックはほんの少し笑顔を見せた。



「光栄です。さあ、この一皿は頑張って食べてしまいましょうね」



 アイザックが次の一口を掬ってくれる。私は頷いて、まるで雛鳥のようにアイザックに食事を取らせてもらった。



 全て食べ終えた私は、再び横になった。アイザックは私の額に掌を当てて熱を測ったが、



「まだ高い」



 と、心苦しそうな表情を浮かべた。



 私の心配をしてくれる人なんて、初めてだ。



 幼い頃、私が発熱しているにも関わらず、使用人に邪険にされた思い出がふと蘇る。

 どんな状況に陥っても、私のことを憂いてくれる存在は、今までどこにも居なかった。



 アイザックに出会うまで、私は誰かに大事にされたことがなかったのだと、改めて思う。



 熱で、いつものような冷静さが消えていた。頭に浮かんだ言葉をそのまま、私は発する。



「どうして私に優しくしてくれるの……?」



 アイザックは、大きく目を見開いた。そして、悔しそうに口元を歪める。

 その後、悲しそうに微笑んだ。



「当たり前のことなのですよ、ガーネット様。あなたの身体を気遣うのも、あなたの体調の変化に気付けなかった自分自身を恨むのも、あなたが大切なので、当然なのです」



「そんなこと、誰もしてくれなかったわ。どうしてアイザックは、そんなに私を大切にしてくれるの?」



 アイザックは束の間、黙り込んだ。

 なんて説明しようか悩んでいる、そんな面持ちをしている。

 しばらくして、口を開いた。



「ガーネット様を、放っておけないのですよ」

 

 それから、私の手をぎゅっと握って続ける。



「これからは、わたくしがこの優しさを、あなたにとっての当たり前になるよう尽力致しますから。安心して、今日は眠って下さい」



 にっこりと微笑んだアイザックは椅子から立ち上がろうとした。



 私は咄嗟に、その手を強く掴んだ。



 掴んで、しまった。



「ここに居て……。一人にしないで……」



 こんな甘えたことをねだるつもりは、毛頭無かった。それなのに、アイザックがこの部屋から去っていくことを考えると急に、胸に風穴が空いたように、寂しさを覚えたのだ。



 アイザックは寸刻、私の顔を凝視していた。

 が、すぐに、ふわりとした笑みを浮かべる。



「初めて、自分のお願い事を口にして下さいましたね。嬉しいです」



 再びベッド横の椅子に腰掛けたアイザックは、私の手を、指を絡めるようにして繋ぐ。

 そして、私の耳元に顔を寄せた。



「ずっと傍にいますから」



 アイザックの低い声が鼓膜を揺らす。

 私はその低音に緊張と安堵を同時に感じて、目を閉じたのだった。







 二日後、私はすっかり体調が良くなった。

 付きっきりで私の世話をしてくれていたアイザックも、今日は外出している。



 いつもどこに行っているのだろう。仕事場は、どこにあるのだろう。



 そんなことを考えて、贈り物部屋でユニコーンのぬいぐるみを抱いている時だった。



 ことん。



 窓から、何かが放り込まれた。



 立ち上がって拾い上げると、それは封書だった。



 宛名も送り主の名前もない、真っ白な手紙。



 封を切るか悩んだが、私は開けてみることにした。

 と、中には写真が二枚と、メモが一枚。



「な、に……。これ」



 それら全てに目を通した私は、驚愕の余り、その場にへたりこんでしまった。



 写真の内一枚は、私によく似た容姿の、中年の女性が写っている。そしてもう一枚は、どこかで隊を率いながら、剣を揮っている、アイザック。



 そしてメモには、ただ一言。



『猟犬と共に、カーノヴォン連合国へ来い』