宝物庫をあとにした四人は、王都の外れにあるレナートの隠れ家へと向かった。日が傾きはじめた空の下、アンネリーゼは大切に抱えたドレスをそっと胸に抱き寄せる。
(先代王妃様の想い、きっとレナート様とミリーさんに届くわ)
扉を叩くと、すぐにレナートが顔を出した。その後ろから、ミリーが心配そうに顔をのぞかせる。レナートが圧倒されながらも、やっとのことで口を開く。
「アンネリーゼ様、シグルド様。それに、ジュリアン様とクラリス様まで……。いったい、なにが……」
「レナート、そう身構えなくていい。今日は、とっておきのものを見せに来たんだ」
シグルドが柔らかく笑うと、アンネリーゼは一歩前に出て、抱えていた包みをそっと開いた。淡い象牙色の絹地が、夕暮れの光を受けて静かに輝く。
「レナート様、ミリーさん。このドレスを、おふたりの挙式のために使っていただきたいのです」
「えっ――」
息を呑んだミリーが、震える指先でそっとドレスに触れる。
「こんなに、こんなに美しいドレスを、ですか……? わたしが着てもいいのでしょうか」
「もちろんです。実はこのドレス、シグルド様の祖母君――先代の王妃様が、結婚式で身にまとわれたものなのですよ」
「せ、先代の王妃様の……? そんな大切なものを、わたしのような者が……」
不安げにまつげを伏せるミリーは、完全に恐縮してしまっている。
それも当然だ。自分だって、先代の王妃のドレスを纏うなど恐れ多くて震えてしまうだろう。ミリーの反応は予想済みで、彼女の手を、アンネリーゼはそっと包み込む。
「さきほどシグルド様に窺ったのですが、先代の王妃様も、身分の違いを越えて幸せをつかまれた方なのです。だからこそ、同じように想い合うおふたりに、このドレスを託したいと思いました。――どうか、受け取って いただけませんか」
ミリーの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
(幸せに賭ける想いは、きっと世代を超えて伝わっていくはずだわ)
――先人たちが嫁ぐ日に遺した、ドレスや宝石。そんな大切な宝物を通じて。
隣に立つレナートが、そっとミリーの肩を抱き寄せる。
「ミリー、いただこう。俺たちを想ってくださる皆様の気持ちを、無下にはできない」
「はい……。ありがとうございます、アンネリーゼ様。この御恩は、一生忘れません」
深々と頭を下げるふたりの姿に、アンネリーゼの胸も熱くなる。
(このドレスに込められた想いを、ちゃんとつなげることができた……)
涙をぬぐったミリーに歩み寄ったクラリスが、さっそく採寸用の道具を取りだした。
「ミリーさん、少しお時間をいただいてもよろしいかしら。袖丈やウエストを測らせていただきたいの。せっかくですから、当日はお庭のスミレに負けないくらい、あなたらしい愛らしさを引き立てるデザインにいたしましょう」
「クラリス様……。なにからなにまでありがとうございます。よろしくお願いいたします」
恥ずかしそうにしながらも、ミリーは素直にうなずいた。てきぱきと採寸を進めるクラリスの手つきに、レナートが感心したように目を細めている。
(クラリス、すごいわ。とても器用でいらっしゃる。大貴族のご令嬢だけれども、きっとそれに甘んじることなく、たくさんのことを積極的に学ばれていらっしゃるのね)
思わずアンネリーゼがクラリスに拍手を送りたくなっていると、その様子を見守っていたジュリアンが、懐から一枚の書類を取りだした。
「そうそう、肝心の話をしておかないとね。お披露目会の日取りなんだけれど、さっそくうちの執事に頼んで、ちょうど二週間後の週末――スミレが見頃を迎える頃合いで調整しておいたよ」
「まあ、お兄様、もう手配してくださったのですね! ですが二週間後となると、少し急ぎ足でしょうか」
クラリスの意見に、ジュリアンが首を左右に振る。
「いや、むしろちょうどいい。旬を逃さないことも、贈り物を最高の形で届けるコツだからね。――ほら、これを見てくれないか」
ジュリアンが自信ありげに書類を広げると、招待予定の貴族たちの名がずらりと並んでいた。その多くが、ジュリアンやクラリスと親しく、そして身分に対して分け隔てない考えを持つ者たちだという。
「彼に招待客の名簿をまとめてもらったんだけれどね。なかなかに壮観だろう?」
「……相変わらず顔だけは広いな」
「他に褒め言葉はないわけ」
シグルドの突っ込みに、ジュリアンがげんなりと返している。
そんな軽快なやり取りを横目に、ミリーが不安げに声を落とした。
「あの……。わたしのような者が、貴族の皆様の前に立っても大丈夫でしょうか」
アンネリーゼは膝を折ってミリーと目線を合わせる。
「ミリーさん、あなたは着飾った誰かを演じる必要はないのです。ただ、レナート様を想うあなた自身のままでいてくだされば大丈夫。それが、なによりも人の心を動かしますから。ね?」
(ふたりがお互いを想い合う純愛は、飾らずとも人々の胸に届くはず)
そして、それを手伝い、支えるためにこそ、ウェディングプランナーである自分や、仲間たちがいるのだ。ミリーとレナートは、ただ自分たちに背中を任せて、堂々と胸を張っていてくれればいい。
その言葉に、ミリーの表情がふっと和らぐ。
「……はい。ありがとうございます、アンネリーゼ様。わたし、頑張ります」
力強くうなずくミリーの姿に、レナートも誇らしげな笑みを浮かべた。
(このふたりならきっと大丈夫。必ず成功させてみせるわ)
なにせ、自分にはシグルドやジュリアン、クラリスがいてくれる。もう自分ひとりではないのだ。アンネリーゼには、それがなによりも心強かった。
***
陽が沈みかけた空の下、隠れ家をあとにする一行の足取りは、来たときよりもずっと軽やかだった。
並んで歩くシグルドが、ふとアンネリーゼの手にそっと自分の手を重ねる。
「今日もすばらしい手並みだったな、アンネ」
「ふふ、ありがとうございます。でも、わたしひとりの力ではありません。シグルド様やジュリアン様、クラリスがいてくださったからこそです」
「まあ、そう言っていただけると光栄ですわ! レナート様とミリーさんのお力になれて、わたくしもうれしいのです。お披露目会、今からワクワクしてしまいますわ!」
クラリスがはしゃいでいる姿がかわいらしくて、アンネリーゼは自然と頬をゆるめた。
(二週間後のお披露目会――きっと、うまくいくわ。だって、こんなにステキな仲間たちがいてくれるのだもの)
夕焼けに染まる王都の街並みを眺めながら、アンネリーゼはお披露目会の成功を祈ってそっと目を閉じた。
(先代王妃様の想い、きっとレナート様とミリーさんに届くわ)
扉を叩くと、すぐにレナートが顔を出した。その後ろから、ミリーが心配そうに顔をのぞかせる。レナートが圧倒されながらも、やっとのことで口を開く。
「アンネリーゼ様、シグルド様。それに、ジュリアン様とクラリス様まで……。いったい、なにが……」
「レナート、そう身構えなくていい。今日は、とっておきのものを見せに来たんだ」
シグルドが柔らかく笑うと、アンネリーゼは一歩前に出て、抱えていた包みをそっと開いた。淡い象牙色の絹地が、夕暮れの光を受けて静かに輝く。
「レナート様、ミリーさん。このドレスを、おふたりの挙式のために使っていただきたいのです」
「えっ――」
息を呑んだミリーが、震える指先でそっとドレスに触れる。
「こんなに、こんなに美しいドレスを、ですか……? わたしが着てもいいのでしょうか」
「もちろんです。実はこのドレス、シグルド様の祖母君――先代の王妃様が、結婚式で身にまとわれたものなのですよ」
「せ、先代の王妃様の……? そんな大切なものを、わたしのような者が……」
不安げにまつげを伏せるミリーは、完全に恐縮してしまっている。
それも当然だ。自分だって、先代の王妃のドレスを纏うなど恐れ多くて震えてしまうだろう。ミリーの反応は予想済みで、彼女の手を、アンネリーゼはそっと包み込む。
「さきほどシグルド様に窺ったのですが、先代の王妃様も、身分の違いを越えて幸せをつかまれた方なのです。だからこそ、同じように想い合うおふたりに、このドレスを託したいと思いました。――どうか、受け取って いただけませんか」
ミリーの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
(幸せに賭ける想いは、きっと世代を超えて伝わっていくはずだわ)
――先人たちが嫁ぐ日に遺した、ドレスや宝石。そんな大切な宝物を通じて。
隣に立つレナートが、そっとミリーの肩を抱き寄せる。
「ミリー、いただこう。俺たちを想ってくださる皆様の気持ちを、無下にはできない」
「はい……。ありがとうございます、アンネリーゼ様。この御恩は、一生忘れません」
深々と頭を下げるふたりの姿に、アンネリーゼの胸も熱くなる。
(このドレスに込められた想いを、ちゃんとつなげることができた……)
涙をぬぐったミリーに歩み寄ったクラリスが、さっそく採寸用の道具を取りだした。
「ミリーさん、少しお時間をいただいてもよろしいかしら。袖丈やウエストを測らせていただきたいの。せっかくですから、当日はお庭のスミレに負けないくらい、あなたらしい愛らしさを引き立てるデザインにいたしましょう」
「クラリス様……。なにからなにまでありがとうございます。よろしくお願いいたします」
恥ずかしそうにしながらも、ミリーは素直にうなずいた。てきぱきと採寸を進めるクラリスの手つきに、レナートが感心したように目を細めている。
(クラリス、すごいわ。とても器用でいらっしゃる。大貴族のご令嬢だけれども、きっとそれに甘んじることなく、たくさんのことを積極的に学ばれていらっしゃるのね)
思わずアンネリーゼがクラリスに拍手を送りたくなっていると、その様子を見守っていたジュリアンが、懐から一枚の書類を取りだした。
「そうそう、肝心の話をしておかないとね。お披露目会の日取りなんだけれど、さっそくうちの執事に頼んで、ちょうど二週間後の週末――スミレが見頃を迎える頃合いで調整しておいたよ」
「まあ、お兄様、もう手配してくださったのですね! ですが二週間後となると、少し急ぎ足でしょうか」
クラリスの意見に、ジュリアンが首を左右に振る。
「いや、むしろちょうどいい。旬を逃さないことも、贈り物を最高の形で届けるコツだからね。――ほら、これを見てくれないか」
ジュリアンが自信ありげに書類を広げると、招待予定の貴族たちの名がずらりと並んでいた。その多くが、ジュリアンやクラリスと親しく、そして身分に対して分け隔てない考えを持つ者たちだという。
「彼に招待客の名簿をまとめてもらったんだけれどね。なかなかに壮観だろう?」
「……相変わらず顔だけは広いな」
「他に褒め言葉はないわけ」
シグルドの突っ込みに、ジュリアンがげんなりと返している。
そんな軽快なやり取りを横目に、ミリーが不安げに声を落とした。
「あの……。わたしのような者が、貴族の皆様の前に立っても大丈夫でしょうか」
アンネリーゼは膝を折ってミリーと目線を合わせる。
「ミリーさん、あなたは着飾った誰かを演じる必要はないのです。ただ、レナート様を想うあなた自身のままでいてくだされば大丈夫。それが、なによりも人の心を動かしますから。ね?」
(ふたりがお互いを想い合う純愛は、飾らずとも人々の胸に届くはず)
そして、それを手伝い、支えるためにこそ、ウェディングプランナーである自分や、仲間たちがいるのだ。ミリーとレナートは、ただ自分たちに背中を任せて、堂々と胸を張っていてくれればいい。
その言葉に、ミリーの表情がふっと和らぐ。
「……はい。ありがとうございます、アンネリーゼ様。わたし、頑張ります」
力強くうなずくミリーの姿に、レナートも誇らしげな笑みを浮かべた。
(このふたりならきっと大丈夫。必ず成功させてみせるわ)
なにせ、自分にはシグルドやジュリアン、クラリスがいてくれる。もう自分ひとりではないのだ。アンネリーゼには、それがなによりも心強かった。
***
陽が沈みかけた空の下、隠れ家をあとにする一行の足取りは、来たときよりもずっと軽やかだった。
並んで歩くシグルドが、ふとアンネリーゼの手にそっと自分の手を重ねる。
「今日もすばらしい手並みだったな、アンネ」
「ふふ、ありがとうございます。でも、わたしひとりの力ではありません。シグルド様やジュリアン様、クラリスがいてくださったからこそです」
「まあ、そう言っていただけると光栄ですわ! レナート様とミリーさんのお力になれて、わたくしもうれしいのです。お披露目会、今からワクワクしてしまいますわ!」
クラリスがはしゃいでいる姿がかわいらしくて、アンネリーゼは自然と頬をゆるめた。
(二週間後のお披露目会――きっと、うまくいくわ。だって、こんなにステキな仲間たちがいてくれるのだもの)
夕焼けに染まる王都の街並みを眺めながら、アンネリーゼはお披露目会の成功を祈ってそっと目を閉じた。


