執務室での話し合いを終えたあと、四人は連れ立って、王城の最奥にある宝物庫へと足を運んでいた。
重厚な扉の鍵を開けながら、先頭のシグルドがどこか照れくさそうに言う。
「ここが、代々の王家に伝わるドレスを保管している場所だ。滅多に人を入れることはないんだが……」
「俺もそう聞いているよ。それがまさか、こんなにあっさり見せてもらえるとはね。シグルドがここまで肩入れするなんて、よっぽどのことだね」
ジュリアンがからかうように肩をすくめた。シグルドが意気込む。
「アンネのためだ。俺にできることならなんでもする。当然だろう」
「シグルド様……!」
「……これは重傷だな」
アンネリーゼが顔を赤くして両手で顔を覆い、ジュリアンが面白そうに笑っている。
扉が開くと、ひんやりとした空気とともに、幾重にも並んだドレスがアンネリーゼの視界に飛び込んできた。長い年月を経てもなお、生地の輝きは失われていない。どれも丁寧に手入れがされてきたのだろう。
(すごい……。どのドレスも、当時の職人の想いが込められているのが伝わってくるわ)
アンネリーゼは一着一着に目を凝らしながら、ゆっくりと奥へと進んでいく。
ふと、その中の一着に目が留まった。淡い象牙色の絹地に、銀糸で花模様が細やかに刺繍されたドレス。長い年月の中で色は褪せているものの、その繊細な意匠はどこか気品に満ちている。
(ここにあるすべてのドレスがすばらしいけれど、このドレスは特に職人が丹精を込めて作り込んだようなこだわりを感じるわ)
「シグルド様、あの、こちらのドレスは……」
アンネリーゼが問いかけると、シグルドが懐かしむように目を細めた。
「ああ、それは俺の祖母――先代の王妃のドレスだ。彼女はもともと、身分の低い男爵家の出でね。当時の王太子だった祖父と恋に落ちて、周囲の反対を押し切って嫁いできたと聞いている」
「そうだったのですか……! それは、なんてロマンチックなお話でしょう。これは、先代の王妃様がお召しになったドレスだったのですね」
クラリスは両手を合わせて感嘆の声を上げる。
(先代の王妃様が結婚式で身にまとわれたドレスともなれば、細部にまでこだわり抜かれているのも当然だわ)
「祖母は、最期までこのドレスを大切にしていた。俺にとっても、思い出深い一着だ」
シグルドの声には、静かな誇らしさが表れている。
アンネリーゼは、先代の王妃のドレスをしげしげと見つめながら思いを巡らせる。
(身分差を越えて結ばれたおふたり――それは、レナート様とミリーさんに重なるお話だわ。そして、シグルド様とわたしにも……)
そこまで考えて、アンネリーゼはひとりで首を左右に振る。
(ダメダメ! 今は自分のことを考えている場合ではないわ)
気持ちを切り替えようと、アンネリーゼはドレスにそっと手を伸ばす。
「シグルド様、僭越ながらお願いがございます。このドレスを、レナート様とミリーさんの門出のために使わせていただけませんか? 身分を越えて結ばれたおふたりの想いを、このドレスに託したいのです」
――先代の王妃様がつかみ取られた幸せを、ミリーさんにもお裾分けできるように。
シグルドが柔らかく微笑む。
「ああ、もちろんだ。祖母もきっと、喜んでくれるだろう」
そうと決まれば、と様子を見守っていたクラリスが、さっそくドレスに駆け寄る。目を輝かせながら袖口や襟元を検分しはじめた。
「わたくしの思いつきですけれど、襟元はすっきりと見せて、袖には流行りのレースをたっぷりと重ねてはいかがでしょう。袖口の装飾は、令嬢たちの間で人気を集めておりますの。それから、この刺繍は残したいですわね。特徴的な意匠ですから、きっとおふたりの絆の証として、ステキな意味を持つ気がいたしますわ」
「クラリス、さすがです。古めかしいところは新しく、けれど残すべき良さはそのままに。わたしも同じことを考えておりました」
アンネリーゼは持参していたスケッチブックを開き、クラリスの言葉を書き留めながら、頭の中でみるみるデザインを組み立てていく。前世で培った知識と、この世界の職人技術。そのふたつをどう掛け合わせれば最良のものになるか――そう考える瞬間が、なによりも楽しかった。
そんな様子を眺めていたジュリアンが、思案げに顎に手を当てる。
「なあ、アンネ嬢。ひとつ提案があるんだが」
「はい、なんでしょうか」
「今回の挙式は、王都では初めての大きな試みになる。せっかくなら、式の前に小さなお披露目の場を設けてみないか? 俺の顔が利く貴族たちを招いて、リメイクドレスの構想を見てもらうんだ。そこで理解者を増やしておけば、当日への応援も、これから先の事業への信頼も、ぐっと厚くなるはずだよ」
思いがけない提案に、アンネリーゼは目を見開いた。
(お披露目会……。前世の結婚式でいう、ウェルカムパーティーのようなものかしら。式の前に、ウェルカムドリンクでもてなしながら、簡単な披露宴を開く――そういうことよね)
たしかに、いきなり本番で発表するよりも、事前に理解者を増やしておいたほうが、レナートたちも心強いだろう。
(ジュリアン様、さすがの慧眼だわ)
彼は普段おちゃらけているように見えて、シグルドが信頼を置くだけの確かな先見の明を持ち合わせているのだ。おそらく、人一倍頭の回転が速いのだろう。
アンネリーゼは目を輝かせ、両手を合わせる。
「すばらしい発想です、ジュリアン様! ぜひ、お願いできますでしょうか」
「任せてくれ。俺の人脈で、王都中の心ある貴族たちに声をかけてみせるよ」
ジュリアンが自信に満ちた笑みを浮かべる。
(……これだけ甘い顔立ちで微笑まれたら、ご令嬢たちはひとたまりもないだろうな)
クラリスも、気合十分に両手の拳を握る。
「わたくしも、当日のドレスのお披露目に立ち会わせていただきたいですわ! 微力ながら、精一杯お手伝いいたします」
「クラリス、ありがとうございます。おふたりのお力があれば、きっとすばらしい会になるはずです」
アンネリーゼは、胸の前でぎゅっと手を握りしめた。
この国に来てからずっと、自分ひとりの力で事業を進めてきたつもりだった。けれど今は、こうして支えてくれる仲間たちがいる。それがどれほど心強いことか、あらためて実感する。これまで叶わなかったことに、どんどんと挑戦できる気がした。
そんなアンネリーゼの肩に、シグルドがそっと手を置く。
「アンネ、ひとりで抱え込む必要はない。俺も、ジュリアンも、クラリスも――みんな、君の味方だ。いつでも頼ってくれ」
「シグルド様……。とても心強いです。ありがとうございます」
見上げた先にある、シグルドの優しい眼差し。そのどこか甘さの混じった温かさに、アンネリーゼは頬が熱くなるのを感じる。
(シグルド様が傍にいてくださると、本当に安心できる。……わたしは、この方のことが大好きなのだわ)
――先代の王妃様のように、わたしたちの恋も、身分の垣根を越えて叶いますように。
そう願って彼と見つめ合ったままでいると、ジュリアンが軽く咳払いをした。
「おふたりさん、仲がいいのは大変結構だけれど、ドレスの採寸も進めないとね」
「そ、そうですね! では、さっそくレナート様とミリーさんに、このドレスをお見せしに参りましょう」
アンネリーゼとシグルドは、慌ててジュリアンとクラリスに向き直る。肩をすくめて微笑むジュリアンと、くすくすと小さく笑っているクラリス。ふたりの温かい表情が、気恥ずかしいながらもうれしかった。
宝物庫に差し込む淡い光の中、アンネリーゼは象牙色のドレスをそっと抱きしめる。
(先代の王妃様の想いも、レナート様とミリーさんの門出も――すべてを込めて、最高の一着に仕上げてみせるわ)
新しい一歩を踏み出す高揚感を胸に、アンネリーゼは仲間たちとともに宝物庫をあとにした。
重厚な扉の鍵を開けながら、先頭のシグルドがどこか照れくさそうに言う。
「ここが、代々の王家に伝わるドレスを保管している場所だ。滅多に人を入れることはないんだが……」
「俺もそう聞いているよ。それがまさか、こんなにあっさり見せてもらえるとはね。シグルドがここまで肩入れするなんて、よっぽどのことだね」
ジュリアンがからかうように肩をすくめた。シグルドが意気込む。
「アンネのためだ。俺にできることならなんでもする。当然だろう」
「シグルド様……!」
「……これは重傷だな」
アンネリーゼが顔を赤くして両手で顔を覆い、ジュリアンが面白そうに笑っている。
扉が開くと、ひんやりとした空気とともに、幾重にも並んだドレスがアンネリーゼの視界に飛び込んできた。長い年月を経てもなお、生地の輝きは失われていない。どれも丁寧に手入れがされてきたのだろう。
(すごい……。どのドレスも、当時の職人の想いが込められているのが伝わってくるわ)
アンネリーゼは一着一着に目を凝らしながら、ゆっくりと奥へと進んでいく。
ふと、その中の一着に目が留まった。淡い象牙色の絹地に、銀糸で花模様が細やかに刺繍されたドレス。長い年月の中で色は褪せているものの、その繊細な意匠はどこか気品に満ちている。
(ここにあるすべてのドレスがすばらしいけれど、このドレスは特に職人が丹精を込めて作り込んだようなこだわりを感じるわ)
「シグルド様、あの、こちらのドレスは……」
アンネリーゼが問いかけると、シグルドが懐かしむように目を細めた。
「ああ、それは俺の祖母――先代の王妃のドレスだ。彼女はもともと、身分の低い男爵家の出でね。当時の王太子だった祖父と恋に落ちて、周囲の反対を押し切って嫁いできたと聞いている」
「そうだったのですか……! それは、なんてロマンチックなお話でしょう。これは、先代の王妃様がお召しになったドレスだったのですね」
クラリスは両手を合わせて感嘆の声を上げる。
(先代の王妃様が結婚式で身にまとわれたドレスともなれば、細部にまでこだわり抜かれているのも当然だわ)
「祖母は、最期までこのドレスを大切にしていた。俺にとっても、思い出深い一着だ」
シグルドの声には、静かな誇らしさが表れている。
アンネリーゼは、先代の王妃のドレスをしげしげと見つめながら思いを巡らせる。
(身分差を越えて結ばれたおふたり――それは、レナート様とミリーさんに重なるお話だわ。そして、シグルド様とわたしにも……)
そこまで考えて、アンネリーゼはひとりで首を左右に振る。
(ダメダメ! 今は自分のことを考えている場合ではないわ)
気持ちを切り替えようと、アンネリーゼはドレスにそっと手を伸ばす。
「シグルド様、僭越ながらお願いがございます。このドレスを、レナート様とミリーさんの門出のために使わせていただけませんか? 身分を越えて結ばれたおふたりの想いを、このドレスに託したいのです」
――先代の王妃様がつかみ取られた幸せを、ミリーさんにもお裾分けできるように。
シグルドが柔らかく微笑む。
「ああ、もちろんだ。祖母もきっと、喜んでくれるだろう」
そうと決まれば、と様子を見守っていたクラリスが、さっそくドレスに駆け寄る。目を輝かせながら袖口や襟元を検分しはじめた。
「わたくしの思いつきですけれど、襟元はすっきりと見せて、袖には流行りのレースをたっぷりと重ねてはいかがでしょう。袖口の装飾は、令嬢たちの間で人気を集めておりますの。それから、この刺繍は残したいですわね。特徴的な意匠ですから、きっとおふたりの絆の証として、ステキな意味を持つ気がいたしますわ」
「クラリス、さすがです。古めかしいところは新しく、けれど残すべき良さはそのままに。わたしも同じことを考えておりました」
アンネリーゼは持参していたスケッチブックを開き、クラリスの言葉を書き留めながら、頭の中でみるみるデザインを組み立てていく。前世で培った知識と、この世界の職人技術。そのふたつをどう掛け合わせれば最良のものになるか――そう考える瞬間が、なによりも楽しかった。
そんな様子を眺めていたジュリアンが、思案げに顎に手を当てる。
「なあ、アンネ嬢。ひとつ提案があるんだが」
「はい、なんでしょうか」
「今回の挙式は、王都では初めての大きな試みになる。せっかくなら、式の前に小さなお披露目の場を設けてみないか? 俺の顔が利く貴族たちを招いて、リメイクドレスの構想を見てもらうんだ。そこで理解者を増やしておけば、当日への応援も、これから先の事業への信頼も、ぐっと厚くなるはずだよ」
思いがけない提案に、アンネリーゼは目を見開いた。
(お披露目会……。前世の結婚式でいう、ウェルカムパーティーのようなものかしら。式の前に、ウェルカムドリンクでもてなしながら、簡単な披露宴を開く――そういうことよね)
たしかに、いきなり本番で発表するよりも、事前に理解者を増やしておいたほうが、レナートたちも心強いだろう。
(ジュリアン様、さすがの慧眼だわ)
彼は普段おちゃらけているように見えて、シグルドが信頼を置くだけの確かな先見の明を持ち合わせているのだ。おそらく、人一倍頭の回転が速いのだろう。
アンネリーゼは目を輝かせ、両手を合わせる。
「すばらしい発想です、ジュリアン様! ぜひ、お願いできますでしょうか」
「任せてくれ。俺の人脈で、王都中の心ある貴族たちに声をかけてみせるよ」
ジュリアンが自信に満ちた笑みを浮かべる。
(……これだけ甘い顔立ちで微笑まれたら、ご令嬢たちはひとたまりもないだろうな)
クラリスも、気合十分に両手の拳を握る。
「わたくしも、当日のドレスのお披露目に立ち会わせていただきたいですわ! 微力ながら、精一杯お手伝いいたします」
「クラリス、ありがとうございます。おふたりのお力があれば、きっとすばらしい会になるはずです」
アンネリーゼは、胸の前でぎゅっと手を握りしめた。
この国に来てからずっと、自分ひとりの力で事業を進めてきたつもりだった。けれど今は、こうして支えてくれる仲間たちがいる。それがどれほど心強いことか、あらためて実感する。これまで叶わなかったことに、どんどんと挑戦できる気がした。
そんなアンネリーゼの肩に、シグルドがそっと手を置く。
「アンネ、ひとりで抱え込む必要はない。俺も、ジュリアンも、クラリスも――みんな、君の味方だ。いつでも頼ってくれ」
「シグルド様……。とても心強いです。ありがとうございます」
見上げた先にある、シグルドの優しい眼差し。そのどこか甘さの混じった温かさに、アンネリーゼは頬が熱くなるのを感じる。
(シグルド様が傍にいてくださると、本当に安心できる。……わたしは、この方のことが大好きなのだわ)
――先代の王妃様のように、わたしたちの恋も、身分の垣根を越えて叶いますように。
そう願って彼と見つめ合ったままでいると、ジュリアンが軽く咳払いをした。
「おふたりさん、仲がいいのは大変結構だけれど、ドレスの採寸も進めないとね」
「そ、そうですね! では、さっそくレナート様とミリーさんに、このドレスをお見せしに参りましょう」
アンネリーゼとシグルドは、慌ててジュリアンとクラリスに向き直る。肩をすくめて微笑むジュリアンと、くすくすと小さく笑っているクラリス。ふたりの温かい表情が、気恥ずかしいながらもうれしかった。
宝物庫に差し込む淡い光の中、アンネリーゼは象牙色のドレスをそっと抱きしめる。
(先代の王妃様の想いも、レナート様とミリーさんの門出も――すべてを込めて、最高の一着に仕上げてみせるわ)
新しい一歩を踏み出す高揚感を胸に、アンネリーゼは仲間たちとともに宝物庫をあとにした。


