桜の花が散る時までに


 長いようで短かった春が終わりを告げ、季節は夏へと向かって行く。
 舞桜と過ごした数週間は、僕の人生において怒涛の日々だった。でも今思えば、あっという間に過ぎ去っていった気もする。
 今でも、舞桜の愛らしい笑顔を思い出すとふと会いたくなって、涙が出そうになる。
 でも、禅さんと幸せそうに空へと昇っていく舞桜の姿を思い出せば、これで良かったんだ──と心の底から思う。
 時々「ねぇ、舞桜」と話しかける癖は未だに直らないけれど、きっと舞桜は禅さんと今頃天国で幸せにしていることだろう。
「いつまでも、禅さんと幸せにね」
 そう空に向かって囁いた。


 今日は八神先輩と待ち合わせをしている。
 舞桜と禅さんが封印されていた壺を、あの池の近くに咲いている、桜の木の根元に埋めてあげる為にだ。
 これからは、ずっと離れることがないように、と月影先生が提案してくれた。
 あの池に行くと先輩はもうすでに来ていて「おはよう」と声をかけてくれる。
 舞桜とのことがあって以来、八神先輩は僕にとって『高嶺の花』ではなくなった。今の八神先輩は、いつも近くにいて僕を支えてくれる存在だ。


 僕と八神先輩は、池の周りで一番立派な桜の木を見つける。その木はかなり年代物の桜の木に見えたから、もしかしたら、二人が心中した時の様子を見ていたかもしれない。
 その桜の木の根元に、スコップで穴を掘っていく。
 それから、そっと穴の中に二つの壺を並べて置いた。
(これで、本当にさよならだね)
 そんなことを思いながら、八神先輩と二つの壺に土をかけた。
 もう二度と、二人が離れることがありませんように……と願いを込めながら。
「舞桜、可愛い子だったな」
「はい。とても優しくて、可愛い子でした」
「うん」
 八神先輩は舞桜との別れが辛かったのか、少しだけ寂しそうに笑った。
 僕も泣きたい気持ちをグッと堪える。だって今泣いたら、きっと舞桜に『もう、一颯は本当に泣き虫なんだから!』と怒られてしまうような気がしたから。 
 その後、八神先輩は僕の方を見つめて「あのさ」と少し照れ臭そうに言葉を紡いだ。


「前世で結ばれなかった舞桜と禅さんは、生まれ変わって来世では結ばれようって約束したんだろう?」
「あ、はい。そうですけど」
「……俺も、もしかしたら雪村を探していたのかもしれない」
「八神先輩、もしかして禅さんだった時の記憶が……」


 その時強い風が吹き、桜の葉がサラサラと揺れた。
 葉と葉の間から差し込む木漏れ日に、僕は思わず目を細める。
 そんな穏やかな時間の中、八神先輩が「うん」と静かに頷く。


「約束通り、俺たちも結ばれよう。俺は雪村のことが好きだ」
「八神先輩……」
「雪村、俺と付き合ってくれるか?」
「も、もちろんです! 僕もずっと八神先輩のことが好きでした」
 僕は嬉しくて八神先輩に飛びつく。そんな僕を、八神先輩はそっと受け止めてくれた。
「二人で幸せになろう。もう二度と、離れることのないように」
「はい」
 八神先輩が微笑んだ後、そっと僕にキスをくれる。
 それは柔らかくて、温かくて、少しだけ桜の香りがした。


 前世では結ばれることがなく、『来世でまた再会しよう』と約束し、命を絶った恋人たち。その二人が来世で再会し、想いが通じ合った瞬間──。
 遠くの方から『一颯、幸せになってね』という、舞桜の優しい声が聞こえた気がした。


【完】