八雲堂あやかし綴~しゃれこうべ娘と呼ばれた私ですが、地本問屋の若旦那に溺愛されてるようです~

 私は養子縁組をしたことで武家の娘という肩書を手に入れ、賀之助さんは久世様との繋がりをさらに確固たるものにする。もしかして、それが賀之助さんの目的なのだろうか。

 柳屋に恩を売れる上、結婚の意思がない賀之助さんとしては、私が丁度よかった。そう考えると、なんだかしっくりくるけど、少し胸の奥がすうすうする。

「……やはり、どうして私なのかわかりません」

 胸元をそっと手で押さえて訊くも、賀之助さんは「そうか」と呟いただけだった。

 いつかは本当のことを打ち明けてくれるのだろうか。そうだったら嬉しいと思う反面、少し怖い。
 八雲堂を繁栄させるための道具となれるのは、柳屋でぼろ雑巾のように使われるよりも意味があるだろう。でも……脳裏に祖母の優しい笑顔が蘇る。
 私を慈しんでくれるのは、これから先も祖母だけなのかもしれない。

 視線を上げた先には、夜の静寂のような瞳がある。
 僅かな沈黙の後、視線がそらされたことで、緊張が少しだけ緩んだような気がした。

 ことんっと音を立て、文机に小さな包みが置かれた。

「土産だ」
「……私にですか?」
「お菊以外に誰がいる」

 呆れた顔をする賀之助さんは、そっと包みを開けた。すると、中から小さく丸い小瓶が出てきた。蓋を開けて覗いた中には、星屑のように輝く金平糖が入っている。

「こんな高価なもの、いただけません!」
「久世様からだ。貰っておけ」
「で、でも……」

 言い淀む私を見ながら、賀之助さんは畳んだ包みを懐にしまうと、その逞しい手をすっと伸ばした。
 温かい指先が頬に触れる。

「冷たい頬だ。以前はもっとぬくく、柔らかそうであったのにな」
「……え?」

 言葉の意味がわからず返答に困っていると、賀之助さんは小さく息をついた。
 大きな手がそっと離れていく。それがひどく寂しくて、つい視線で追いかけていた。

「そう物欲しそうな顔で見るな」

 くくっと笑い声がこぼれた。

「そ、そんな顔しておりません!」
「いいや。母親に甘える幼子の顔をしていた」
「そんなこと……子ども扱いは、よしてください」

 物欲しそうといわれ、どれだけはしたない顔をしていたのかと焦ったが、よもや子ども扱いをされていたとは。
 心のどこかで甘えたいと思っているのを、見透かされたのだろうか。

 恥ずかしさに耳まで熱くしていると、賀之助さんは「甘えても誰も怒らん」と囁いた。何気なくこぼれた声から、温かさが伝わってくる。
 だけど、肩身の狭さを感じてしまう。だって、迷惑しかかけてないもの。これ以上甘えられるわけもない。

「十分、甘えさせてもらってますから」

 曖昧に笑うと、賀之助さんは首を横に振った。そうして「すまなかった」と呟く。
 突然の謝罪にきょとんとすれば、賀之助さんは深く息を吸った。

「……お菊、柳屋から助け出すのが遅れてしまった」
「そんな! 私なんかのために大金まで使わせてしまって、むしろ迷惑ばかりかけて……」

 私を救い出す義理なんてないのに。
 出かかった言葉を飲み込んで黙り込むと、賀之助さんは「迷惑ではない」と短く告げた。
 ますます意味がわからずに閉口すると、大きな手が今度は私の細い指を握った。
 冷えた指先がぬくもりに包まれる。

「俺はお前を助けたいと思った。それだけだ」
「それだけって……千両もの大金を、私なんかに使うのは馬鹿げてますよ」
「そんなことはない。ただ、その千両を用意するのに手間取り、迎えにゆくのが遅くなってしまった」
 
 慈しむように手を摩る賀之助さんは、もう一度「すまなかった」と告げる。

 どうして私なんかのために。
 一つも理解ができないし、この優しい手を握り返せない。だって、どんな裏があったとしても、このままでは恩を仇で返すようなことになりかねないもの。
 賀之助さんが、眼鏡で隔たれた向こうで微笑んでいる。それを見るのが、辛くてたまらない。

「……どうして」
「ん?」
「どうして、私なんかに、よくしてくれるのですか。私は……私の目は、不幸を招くんです。私なんかと祝言を挙げたら、賀之助さんは、八雲堂は……」

 脳裏をよぎるのは、布団に横たわった母の足にまとわりついていた黒い影。冷えていく祖母の足にもまとわりついていた。あれはきっと、死を呼ぶなにかだったんだと思う。私の目が呼んだのか、それとも、視えただけなのかはわからない。
 ただわかるのは、視えたとて私にはどうすることも叶わないということ。

「賀之助さんや八雲堂に災いが起きでもしたら」
「そんなもの、この俺が跳ね除けてやる」
「無理です! だって、お母様も、おばあ様も、黒い影が頭の上に……」

 消えない記憶が鮮明に蘇り、息が苦しくなる。
 何度、それを手で払おうとしただろう。掴んで引き離せたらと、幾度も手を伸ばしたのに、いつもすり抜けてしまうばかりだった。
 呼吸が乱れ、身体が強張る。

「もう嫌なんです。私の大切な人が、あの黒い影に連れ去られるのを視るのは」

 眼鏡の向こうで私を見つめる賀之助さんの顔がぼやけ、頬を熱い滴りが伝い落ちていく。
 大きな手が、ぎゅっと私の手を握りしめた。まるで、私がなにをいっても離さないと告げているようで、胸がますます苦しくなってゆく。

「案ずるな。それは気枯れだ。お前はなにも悪くない」
「……けがれ?」