八雲堂あやかし綴~しゃれこうべ娘と呼ばれた私ですが、地本問屋の若旦那に溺愛されてるようです~

 八雲堂は、賀之助さんの祖父である亡き先代が一代で築いた大店(おおだな)だ。錦町一帯の地本問屋をまとめ、瑞江戸になくてはならない瓦版や浮世絵、老若男女が楽しめる本を売りにしている。いつだって店先は賑わい、有名な戯作者や絵師の先生も出入りしている。

 だけど、ここからは店先の様子を窺うことができない。
 ぼんやりと二階の窓から中庭を見下ろし、無意識に短く息をつくよう呟きをこぼした。

「……暇だなぁ」

 賑やかな声にかき消されるよう、私の呟きは虚しく青空へと消えてゆく。

 賀之助さんに連れられてきて三日がすぎた。
 初めこそ働き通しで弱っていたのもあって、休めることをありがたく思った。でも、ただただ空を見上げるのもすぐに飽きるものだ。

 働かせてくださいと頼んでも、今は休めといわれるばかり。
 今日も階下に降りたら、おみつさんが「無理をしちゃいけないよ」といって、かいがいしく二階へと戻されてしまった。

 確かに、同じ年頃の娘と比べたら貧相な体をしているだろう。手だって水仕事でぼろぼろだし、肌艶もよくはない。こんな姿で、八雲堂の軒先に立つわけにもいかないだろうけど、炊事ぐらい手伝えるのに。

 手鏡を持って顔を覗き込み、思わず溜息をつく。
 牡丹に「しゃれこうべ」と呼ばれていたのも頷けてしまう顔だ。これでは、私を養子にと望んでくれているらしいお武家様だって、愛想をつかすかもしれない。

 だけど、そう数日で太れるものでもない。そもそも、食事だってままならない日々をすごしていたから、急に飯を食えといわれても、量を食べられないものだ。
 牡丹が毎日鏡を見ては、イライラして「頬が膨れすぎ、顎の線が気になる」と喚いていたことが脳裏をよぎる。

『殿方は、ふっくらとした福顔を好むものよ。まあ、しゃれこうべには無縁な悩みだったわね!』

 ご機嫌斜めな態度の牡丹は、いつだって私をなじれば機嫌を直した。
 そうやって毎日のように虐げられ、しゃれこうべと呼ばれ続ける日常が続いた。おかげて、いつしか鏡を見るのも嫌になった。

「けど……確かに、不幸を呼びそうな顔よね」

 にいっと笑顔を作ってみるも、なんとも不気味だ。殿方でなくとも、こんな顔を見たら逃げ出しそうだ。

 八雲堂は客商売だもの。こんな幽霊と間違われそうな顔で店先に立たれては迷惑に決まってる。でも、それならそうといわれた方が、気も楽なんだけど。
 どうして賀之助さんは、こんな私を嫁になんていいだしたのかな。

 柳屋で牡丹が私に突きつけた「惨めなあんたに施しをなさっただけ」という言葉が蘇る。
 酒饅頭も買ってくれたし、施しといえばそうだろう。
 あんなに不愛想な顔をしているけど、賀之助さんは人情に厚い人なのかもしれない。だとしたら、そこに甘えちゃダメよね。これ以上、迷惑をかけるわけにはいかないし。

 悶々と考え、溜息をつきかけた時だった。

「お菊、起きているか」

 障子の向こうから私を呼ぶ声がした。
 はいと返事をすれば、いつもと変わらず表情の読めない賀之助さんが座敷に入ってきた。

「お帰りなさいませ」
「……かしこまることはない」

 深く頭を下げて出迎えると、すぐ側に腰を下ろした賀之助さんが溜息まじりにいった。
 そうはいっても、恩しかない私だ。どう接していいのか未だにわからない。

「柳屋を連れて、久世様の屋敷へ行ってきた」
「久世様……?」
「お菊を養子にと望んでいる武家だ。お前の体調を知り、心を痛められていた」
「あ、あの、私は存じあげないお武家様なのですが……」

 私が八雲堂に連れてこられた夜、おみつさんから聞いた”久世様のお屋敷通い〟という言葉が蘇る。

 あの夜も賀之助さんは久世様に会いに行っていた。
 私を八雲堂へ連れてきたことを報告するためだったのかしら。あんな夜更けにいかなくてもって、おみつさんも呆れていた。

 賀之助さんがそうまでして会わないといけないお方の娘に、どうして私が望まれたのか。
 わからないことだらけで、見えない靄に包み込まれているようだ。

「八代家は代々、久世様の庇護のもと商売を行っている。俺の祖父が八雲堂を開く前からだ」
「そのようなお武家様が、どうして私を養子に?」
「……さてな」

 ほんの少しの間はなんだったんだろう。私なんかには話せない事柄もあるということか。こうあからさまに蚊帳の外へ置かれたら、いっそう清々しいものね。
 言い返したい言葉を飲み込む。口を閉ざして、ふと牡丹を思い出した。癇癪を起すのははしたないけど、少しくらい食い下がれたら、もっと気が楽だったかもしれない。

 己の気弱さを恨めしく思いつつ、賀之助さんから視線を逸らして俯いた。

「養子縁組はお菊の体調が整ってから行う。それまでここで療養することも了承済みだ」
「……伯父も、でしょうか?」
「当然だ。それからすぐに祝言を挙げる」
「すぐに……?」

 なんだか釈然としない。
 あれほど私を連れ出そうとする賀之助さんを止めようとした伯父が、すんなり承諾したことも不思議だけど、それ以上に私と賀之助さんの祝言が急がれているように感じる。

 そもそも、この養子縁組は私と賀之助さんに都合がいいばかりな気もする。