八雲堂あやかし綴~しゃれこうべ娘と呼ばれた私ですが、地本問屋の若旦那に溺愛されてるようです~

 賀之助さんの行動が読めず、息を呑んで硬直していると、牡丹の甲高い声が響き渡った。

「賀之助様、お足が冷えてしまいますわ!」
「牡丹、お前は黙っていなさい」

 声を上げた牡丹を、伯父がすぐに淡々とした声で窘めた。
 今顔を上げたら、きっと牡丹は私を忌々しく睨んでいるんだろう。だけど、そんなことよりも伯父の冷たい声の方が、私の胆を冷やしていく。

「若旦那、お菊なんぞ気にすることはない。好きでそうしておるのだ。そうだな、お菊」
「……はい。私などお気になさらず、座敷へお戻りください」
「そういうことなら、なおのことここでいい。俺も好きにさせてもらう」

 伯父に臆することのない賀之助さんが、少し私の方へと肩を寄せた。
 なにが起きているのだろう。全く理解ができずにいると、冷えた肩に温かいものがかけられ、白檀の香りに包まれた。

「賀之助様!?」

 牡丹が悲鳴のような声を上げた。

「柳屋さん、お菊をもらいたい」
「……どういう意味ですか、若旦那?」
「お菊を俺の嫁として迎えたい」

 動揺する伯父に、賀之助さんは静かに告げ、その大きな手を私の手に重ねた。
 温かく大きな手にそっと触れられても、状況が全く理解できなかった。

「し、しかし、お菊は先代からよく世話をするよういわれ」
「嫁に出すのも、その世話の内ではありませんか?」
「それはそうですが……お菊は見ての通り、器量も悪く」
「なるほど。八雲堂の八代賀之助では不服、もっと格の高い嫁ぎ先をということか」
「いいえ、決して、そのようなことではなく」

 伯父が焦る声を聞くのは、いつぶりだろうか。
 矍鑠(かくしゃく)とした祖母が生きていた頃は、時折、脂汗をかいて頭を下げていた。その姿を思い出し、ほんの少し胸の内がすっとなる。

「嫁ぎ先が決まっていないのであれば、問題はなかろう」
「で、でも! お菊はそそっかしいですし、賀之助様のお側には相応しくありませんわ!」
「少なくとも、飾りにすらならない女よりは、俺の嫁に相応しい」

 牡丹の訴えに淡々と返した賀之助さんは、私の肩に手を置いた。そうして、唐突に私を抱えて立ち上がった。
 牡丹が再び悲鳴を上げるように「賀之助様!?」と叫び、座敷に並ぶお膳がひっくり返る音がした。

 私はといえば、なにが起きたのか理解できず、目の前に迫った賀之助さんを見つめていた。胸の鼓動を速め、それまで感じていた不安や恐怖をすべて吹き飛ばして、ただただ端正な顔を見るしかできなかった。

「祝言の支度もすべてこちらで執り行う」
「し、しかし、それではうちの面子が……」
「お菊を嫁がせぬといったと思えば、今度は面子か」

 伯父の慌てた声に賀之助さんはふんっと鼻で笑った。

「柳屋さん、この(たな)は先代の築いたもんだ。あんたは、それに胡坐をかいた」

 私を抱える賀之助さんの手に少し力が込められた。

「うちも長らく世話になったから、親父は目をつぶっていた。けどな、俺は身内を守れない男を許しやしない」
「ま、待っておくれ! 金なら出す。お菊を瑞江戸一、いいや、東雲国一の花嫁にして嫁がせる。だから」

 お膳を払い除けた伯父は、畳に額をこすりつけんばかりに頭を下げた。

「その必要もない。あるお武家さんが、お菊との養子縁組を望んでいてな」
「なっ、なにを勝手なことを!」
「俺としても、落ちぶれた薬問屋の娘より、格の高い武家の娘を嫁にもらう方が、箔がつくってもんだ。そうだろう?」
「そ、そんなことをされたら、うちは……」

 弾かれるように顔を上げた伯父は真っ青で、がくがくと震えていた。

 瑞江戸の町は広いようで狭い。噂好きな町人たちが知ったら、醜聞は尾びれ背びれがついて広まるだろう。それが世の常というものだ。
 伯父には裏で、揶揄いをこめて「毒人参」だとか「渋珍問屋」なんて通り名がつけられている。それでも扱う薬の品質がいいことで、取引先とも続いてきたけど、これはいわゆる年貢の納め時がきたのかもしれない。

「せいぜい、取引先に頭を下げるんだな」

 賀之助さんの静かな声が響き、伯父のぎょろりとした目が私に向いた。

「おっ、お菊! すまなかった。今までのことは謝る。このとおりだ! だから、お前からも若旦那に頼んでおくれ。お前の祝言の用意はうちでやる!」
「お父様!? なにをいってるの。うちで世話した恩を忘れるような、しゃれこうべに」
「お前は黙っていろ!」

 伯父に縋りつこうとした牡丹は、勢いよく手を払われてよろめき、座敷に倒れた。その両目が大きく見開かれ、小さな口があんぐりと開かれる。
 みっともない二人の様子を見て、私は言葉もなく呆気にとられていた。すると、すぐ横で「しゃれこうべ?」と賀之助さんが低く呟いた。
 切れ長の瞳には怒りが滲み、伯父たちを冷たく見下ろしている。