屋敷に上がっても、賀之助さんは私を下ろしてくれなかった。
だけど、夜更けに騒ぐわけにもいかない。騒ぎを聞きつけた奉公人がかけつけて見られでもしたら、それこそ、いたたまれないというものだ。
恥ずかしさと緊張でどうにかなりそうになりながら、庭に面した縁側を進んだ。その間中、賀之助さんのどこかご機嫌な様子が、晃照様にも伝わったらしい。くすくすと笑いながら「初々しいことだ」と、少しからかわれもした。
そうして案内された座敷に入ると、すでに布団が並べられていた。枕元には浴衣が用意されている。
「ゆっくり休むといい。明日の朝餉でまた話そう」
縁側の障子を閉めた晃照様は、縁側をぎしぎしと小さく鳴らしながら去っていった。
二人っきりになり「降ろしてください」といえば、賀之助さんは惜しいといわんばかりに、眉間にしわを寄せた。すると、私を抱えたままに、座敷へと腰を落としたではないか。
「あの、賀之助さん……?」
「足袋が汚れているだろう。そのままでは布団を汚す」
それはそうなのだけど、横抱きにされたまま賀之助さんの膝に抱えられているのは、なんとも恥ずかしい。
「幼子でもないのに、いつまでも膝の上というのも……」
「子ども扱いしているわけではない」
くくっと笑いを堪えた賀之助さんは、私の足に手をかける。待ってと止める間もなく、汚れた足袋は脱がされ、硬い指が足の甲を撫でた。
背筋がぞわりと震えた。
「そのままでは寝られぬだろう?」
「じっ、自分で着替えられますから」
慌てて膝から降りようとすると、肩をしっかりと掴まれた。
「これでは着替えられません!」
思わず、近づいた顔面に掌を押し当てて抵抗してしまった。でもすぐに手をそっと退かされた。
少し寂しそうな顔をした賀之助さんが、溜息まじりに「拒むほど、嫌か」と訊ねる。
「そうではなくて……」
賀之助さんと名実ともに夫婦になってまだ日は浅い。褥をともにできるのは、妻としても嬉しいことだけど。とはいえ、さすがに場所を考えて欲しい。
「ここは、晃照様のお屋敷ですよ」
「久世様にはよく、孫はまだかとせっつかれるからな。気にすることもないだろう」
「は、はい!?」
予想外の言葉に顔が熱くなった。
驚いている間もなく、布団の上に押し倒された。
「今日はだいぶ霊気も使った」
「……霊気って、そういえば、どうしてあんな呪術みたいなことを」
「まあ、いろいろあってな。それより……癒してはくれないのか、お菊?」
私を見降ろす端正な顔が、枕もとにある行燈の火に照らされる。そのせいか、頬がいつもより上気しているように見えた。
珍しく甘えるような声音に、鼓動が早まる。
このまま流されてもいいかもしれない。そう思った時だった。
「なー」と聞き覚えのある鳴き声が響き、私の胸にとんっと白い毛の塊がのっかってきた。
したんしたんと尻尾が揺れ、賀之助さんの顔を叩いている。
「おい、白毛玉なにをしている」
怒りを滲ませた声に、雪丸はまた「なー」と鳴くと私の胸に顔を押し付けてきた。まるで、賀之助さんに見せつけるような甘え姿だ。
賀之助さんが雪丸を捕まえようとすると、さっさと私の身体から降りて、今度は布団の上で伸びをした。
「白毛玉、お前の寝床はここじゃないだろう」
雪丸を掴もうとした賀之助さんは、私の前から身体を退かした。その隙に、枕もとの浴衣を手に取って、部屋の隅にある衝立の向こうへと逃げ込んだ。
少し残念なような、ほっとしたような感情が吐息となってこぼれる。
すると向こうから「邪魔しにきたのか!」とか「待て!」という賀之助さんの声と、バタバタ走り回る音が聞こえた。もしかしなくても、追いかけっこでもしているのだろうか。
そう思ったらおかしくて、小袖から浴衣に着替えながら笑い声を堪えた。
すっかり着替え終えて衝立から顔を出すと、賀之助さんはまだ雪丸と追いかけっこをしていた。
「賀之助さんも着替えたらどうですか?」
声をかければ、動きを止めた賀之助さんは振り向きざまにため息をついた。その横をすり抜けた雪丸は、私の足にすり寄る。
「雪丸、もしかして一緒に寝たいの?」
尋ねると、甘えた可愛い声で「なーお」と返事が返ってきた。
抱き上げて布団へと腰を下ろせば、賀之助さんはこれ見よがしに大きなため息をつく。
二人と一匹で布団に入ることになるとは。でも、今夜はこれでいいんだと思う。
浴衣に着替え終えた賀之助さんは、布団の上で胡坐をかくと、首筋を忙しなくこすって「過保護なこった」と呟いた。
どういう意味だろうかと首を傾げて尋ねようとしたら、雪丸がそれに応えるよう鳴いた。
布団に足を滑らすと、賀之助さんは、行燈の火を噴き消した。
だけど、夜更けに騒ぐわけにもいかない。騒ぎを聞きつけた奉公人がかけつけて見られでもしたら、それこそ、いたたまれないというものだ。
恥ずかしさと緊張でどうにかなりそうになりながら、庭に面した縁側を進んだ。その間中、賀之助さんのどこかご機嫌な様子が、晃照様にも伝わったらしい。くすくすと笑いながら「初々しいことだ」と、少しからかわれもした。
そうして案内された座敷に入ると、すでに布団が並べられていた。枕元には浴衣が用意されている。
「ゆっくり休むといい。明日の朝餉でまた話そう」
縁側の障子を閉めた晃照様は、縁側をぎしぎしと小さく鳴らしながら去っていった。
二人っきりになり「降ろしてください」といえば、賀之助さんは惜しいといわんばかりに、眉間にしわを寄せた。すると、私を抱えたままに、座敷へと腰を落としたではないか。
「あの、賀之助さん……?」
「足袋が汚れているだろう。そのままでは布団を汚す」
それはそうなのだけど、横抱きにされたまま賀之助さんの膝に抱えられているのは、なんとも恥ずかしい。
「幼子でもないのに、いつまでも膝の上というのも……」
「子ども扱いしているわけではない」
くくっと笑いを堪えた賀之助さんは、私の足に手をかける。待ってと止める間もなく、汚れた足袋は脱がされ、硬い指が足の甲を撫でた。
背筋がぞわりと震えた。
「そのままでは寝られぬだろう?」
「じっ、自分で着替えられますから」
慌てて膝から降りようとすると、肩をしっかりと掴まれた。
「これでは着替えられません!」
思わず、近づいた顔面に掌を押し当てて抵抗してしまった。でもすぐに手をそっと退かされた。
少し寂しそうな顔をした賀之助さんが、溜息まじりに「拒むほど、嫌か」と訊ねる。
「そうではなくて……」
賀之助さんと名実ともに夫婦になってまだ日は浅い。褥をともにできるのは、妻としても嬉しいことだけど。とはいえ、さすがに場所を考えて欲しい。
「ここは、晃照様のお屋敷ですよ」
「久世様にはよく、孫はまだかとせっつかれるからな。気にすることもないだろう」
「は、はい!?」
予想外の言葉に顔が熱くなった。
驚いている間もなく、布団の上に押し倒された。
「今日はだいぶ霊気も使った」
「……霊気って、そういえば、どうしてあんな呪術みたいなことを」
「まあ、いろいろあってな。それより……癒してはくれないのか、お菊?」
私を見降ろす端正な顔が、枕もとにある行燈の火に照らされる。そのせいか、頬がいつもより上気しているように見えた。
珍しく甘えるような声音に、鼓動が早まる。
このまま流されてもいいかもしれない。そう思った時だった。
「なー」と聞き覚えのある鳴き声が響き、私の胸にとんっと白い毛の塊がのっかってきた。
したんしたんと尻尾が揺れ、賀之助さんの顔を叩いている。
「おい、白毛玉なにをしている」
怒りを滲ませた声に、雪丸はまた「なー」と鳴くと私の胸に顔を押し付けてきた。まるで、賀之助さんに見せつけるような甘え姿だ。
賀之助さんが雪丸を捕まえようとすると、さっさと私の身体から降りて、今度は布団の上で伸びをした。
「白毛玉、お前の寝床はここじゃないだろう」
雪丸を掴もうとした賀之助さんは、私の前から身体を退かした。その隙に、枕もとの浴衣を手に取って、部屋の隅にある衝立の向こうへと逃げ込んだ。
少し残念なような、ほっとしたような感情が吐息となってこぼれる。
すると向こうから「邪魔しにきたのか!」とか「待て!」という賀之助さんの声と、バタバタ走り回る音が聞こえた。もしかしなくても、追いかけっこでもしているのだろうか。
そう思ったらおかしくて、小袖から浴衣に着替えながら笑い声を堪えた。
すっかり着替え終えて衝立から顔を出すと、賀之助さんはまだ雪丸と追いかけっこをしていた。
「賀之助さんも着替えたらどうですか?」
声をかければ、動きを止めた賀之助さんは振り向きざまにため息をついた。その横をすり抜けた雪丸は、私の足にすり寄る。
「雪丸、もしかして一緒に寝たいの?」
尋ねると、甘えた可愛い声で「なーお」と返事が返ってきた。
抱き上げて布団へと腰を下ろせば、賀之助さんはこれ見よがしに大きなため息をつく。
二人と一匹で布団に入ることになるとは。でも、今夜はこれでいいんだと思う。
浴衣に着替え終えた賀之助さんは、布団の上で胡坐をかくと、首筋を忙しなくこすって「過保護なこった」と呟いた。
どういう意味だろうかと首を傾げて尋ねようとしたら、雪丸がそれに応えるよう鳴いた。
布団に足を滑らすと、賀之助さんは、行燈の火を噴き消した。


