「この妖長屋から久世様の屋敷までは、五、六町といったとこだ」
「しかし、空から一族のものが探しておるのは、どうするつもりだ?」
「面倒だが、吉方を探しながら進むしかない。あんたが、烏を使ってお菊を招いたようにな。だが、俺は龍脈を視ることはできない。それに……」
帳面を捲った賀之助さんは「生憎と、使える妖もいない」と呟いて、開いていた帳面を閉じた。そうして、少し暗くなった夕暮れの空を見上げる。
釣られて私も見上げると、一羽の烏が横切った。どうやら、山へ帰るようだ。
「あんたの烏は使えるか?」
「使えるが……この時間になると烏は山に帰る。飛んでいるのは、一族が使役するものくらいになる」
「てことは、見つけてくれっていっているも同じか」
なるほどと頷く賀之助さんは、女性をちらりと見た。
「あんたの連れは、視えないのか?」
「視えはするが、今、力を使わせたくはない。翼が……」
「ああ、そうだったな。とすると、あんたにやってもらうしかないか」
「私もさほど目はよくない。集中すると戦うのが厳しくなるが、貴殿一人で追っ手の相手は骨が折れるのではないか?」
少し申し訳ない顔をした宵一さんの横で、賀之助さんは首筋を忙しなくこすった。
話の半分も見えないんだけど、追っ手から逃げるのが難しいって話よね。こうして話している間にも陽は傾くし、ますます危なくなるんじゃないのかな。
思うところは多々あるが、話に入ることもできず、赤い夕陽に照らされる二人の表情を窺った。すると、宵一さんが「そのなんだ」と呟き、言い淀みながら私へ視線を向けた。
「……お菊殿には、ここで待っていてもらってはどうか?」
どうしてそういった話しになるのか。
突然の提案に驚くことしかできず、息を呑んで賀之助さんを振り返った。
小さく唸った賀之助さんは、わずかに考える素振りを見せた。でも、溜息をつくと私に視線を投げて「そうする他ないか」と納得してしまった。
「お菊、すまないが」
「ま、待って! それって、私が足手纏いってことですか?」
賀之助さんの袖を掴むと、その顔が強張った。少し言葉を詰まらせたのちに、小さく「そういうことだ」と頷く。
「どうして? もしも見つかったら……そうよ、私を人質にしてお屋敷に走れば」
「バカをいうな! お前をこれ以上危険にさらすわけにはいかない!」
私の安直な提案に、賀之助さんが声を荒立てた。
「烏天狗だって、無関係の私がいたら攻撃を緩めるかもしれないし!」
「いいや、利害関係がないとわかれば、遠慮なく斬りかかると考えた方がいい」
私を人質にするといっていた宵一さんに賛同を求めてを振り返るも、返ってきた答えは無情なものだった。
「そもそも、そなたを人質にしようと思ったのは、八雲堂と久世の者に話を通すためだ。一族にとって、そなたは無益であろう」
「それはそうだけど……」
ここまできて、待っていろなんて……冗談じゃないわ。
今さら足手纏いだから隠れていろなんて。私がなにもできないのなんて百も承知よ。でも、だからって……
二人をちゃんと見送りたいのに。そう望んじゃダメなのだろうか。大人しく、わかりましたって三つ指揃えて待つしかないのか。
悔しさに唇を噛んだ時だった。赤い夕陽とは違う輝きが視界に入った。
なんだろうと目を向ければ、翼を羽ばたかせた女性が私のすぐ傍に立ち、そっと手を握った。真っ白で血が通っていなさそうだった指は、想像に反してとても温かく、じわりと優しいなにかが流れてきた。
にこりと笑った女性が、美しい指で長屋の木戸を指差す。
自然とその先を見ると、不思議な輝きを見た。決して強くない。だけど蛍火のようにぼんやりと、確かに輝いている。まるで、地上に天の川ができたようだ。
「これって……?」
私が戸惑っていると、なにか言葉を発した女性が手を引く。そうして、躓きそうになりながら足を数歩前へと踏み出していた。
「まっ、待て!」
「お待ちなさい!」
賀之助さんと宵一さんが同時に叫んだ。
立ち止まった女性は振り返ると首を傾げ、道と私を交互に指差して綺麗な声でなにか語りだした。すると、宵一さんは驚いた顔をして私へと視線を向ける。
賀之助さんも目を驚愕に開いて、私を見ていた。
「お菊、その目は一体。まさか、龍脈まで視えるのか?」
「……どういうこと?」
「お菊殿の目が金色に輝いているのだ。それは龍脈を映している証」
「龍脈って……確かに、道が天の川のように光ってるけど」
話がわからずにいると、私の横で女性が道を指差し、手を引きながら頷いた。まるで、行こうといっているようだ。
賀之助さんと宵一さんが顔を見合って頷く。
「お菊、それが龍脈に間違いない。運気は時の流れのように変わる。その光を追えばいい……危険だが、できるか?」
「この道を……わかったわ! でも、久世様のお屋敷と反対の方角よ?」
「それでいい。日も傾いてきた。急ごう」
戸惑っていると、手がぎゅっと優しく握られた。振り返れば、青い瞳が私を映している。
そうだ。二人の力になると決めたじゃない。
どうして龍脈とやらが視えるのか、わからない。でも、これなら足手纏いにはならない。
「追っ手が迫ったら、俺がどうにかする。振り返らずに進むんだ」
「……うん!」
帳面を開いた賀之助さんに頷き、輝く道へ向かって走り出した。
「しかし、空から一族のものが探しておるのは、どうするつもりだ?」
「面倒だが、吉方を探しながら進むしかない。あんたが、烏を使ってお菊を招いたようにな。だが、俺は龍脈を視ることはできない。それに……」
帳面を捲った賀之助さんは「生憎と、使える妖もいない」と呟いて、開いていた帳面を閉じた。そうして、少し暗くなった夕暮れの空を見上げる。
釣られて私も見上げると、一羽の烏が横切った。どうやら、山へ帰るようだ。
「あんたの烏は使えるか?」
「使えるが……この時間になると烏は山に帰る。飛んでいるのは、一族が使役するものくらいになる」
「てことは、見つけてくれっていっているも同じか」
なるほどと頷く賀之助さんは、女性をちらりと見た。
「あんたの連れは、視えないのか?」
「視えはするが、今、力を使わせたくはない。翼が……」
「ああ、そうだったな。とすると、あんたにやってもらうしかないか」
「私もさほど目はよくない。集中すると戦うのが厳しくなるが、貴殿一人で追っ手の相手は骨が折れるのではないか?」
少し申し訳ない顔をした宵一さんの横で、賀之助さんは首筋を忙しなくこすった。
話の半分も見えないんだけど、追っ手から逃げるのが難しいって話よね。こうして話している間にも陽は傾くし、ますます危なくなるんじゃないのかな。
思うところは多々あるが、話に入ることもできず、赤い夕陽に照らされる二人の表情を窺った。すると、宵一さんが「そのなんだ」と呟き、言い淀みながら私へ視線を向けた。
「……お菊殿には、ここで待っていてもらってはどうか?」
どうしてそういった話しになるのか。
突然の提案に驚くことしかできず、息を呑んで賀之助さんを振り返った。
小さく唸った賀之助さんは、わずかに考える素振りを見せた。でも、溜息をつくと私に視線を投げて「そうする他ないか」と納得してしまった。
「お菊、すまないが」
「ま、待って! それって、私が足手纏いってことですか?」
賀之助さんの袖を掴むと、その顔が強張った。少し言葉を詰まらせたのちに、小さく「そういうことだ」と頷く。
「どうして? もしも見つかったら……そうよ、私を人質にしてお屋敷に走れば」
「バカをいうな! お前をこれ以上危険にさらすわけにはいかない!」
私の安直な提案に、賀之助さんが声を荒立てた。
「烏天狗だって、無関係の私がいたら攻撃を緩めるかもしれないし!」
「いいや、利害関係がないとわかれば、遠慮なく斬りかかると考えた方がいい」
私を人質にするといっていた宵一さんに賛同を求めてを振り返るも、返ってきた答えは無情なものだった。
「そもそも、そなたを人質にしようと思ったのは、八雲堂と久世の者に話を通すためだ。一族にとって、そなたは無益であろう」
「それはそうだけど……」
ここまできて、待っていろなんて……冗談じゃないわ。
今さら足手纏いだから隠れていろなんて。私がなにもできないのなんて百も承知よ。でも、だからって……
二人をちゃんと見送りたいのに。そう望んじゃダメなのだろうか。大人しく、わかりましたって三つ指揃えて待つしかないのか。
悔しさに唇を噛んだ時だった。赤い夕陽とは違う輝きが視界に入った。
なんだろうと目を向ければ、翼を羽ばたかせた女性が私のすぐ傍に立ち、そっと手を握った。真っ白で血が通っていなさそうだった指は、想像に反してとても温かく、じわりと優しいなにかが流れてきた。
にこりと笑った女性が、美しい指で長屋の木戸を指差す。
自然とその先を見ると、不思議な輝きを見た。決して強くない。だけど蛍火のようにぼんやりと、確かに輝いている。まるで、地上に天の川ができたようだ。
「これって……?」
私が戸惑っていると、なにか言葉を発した女性が手を引く。そうして、躓きそうになりながら足を数歩前へと踏み出していた。
「まっ、待て!」
「お待ちなさい!」
賀之助さんと宵一さんが同時に叫んだ。
立ち止まった女性は振り返ると首を傾げ、道と私を交互に指差して綺麗な声でなにか語りだした。すると、宵一さんは驚いた顔をして私へと視線を向ける。
賀之助さんも目を驚愕に開いて、私を見ていた。
「お菊、その目は一体。まさか、龍脈まで視えるのか?」
「……どういうこと?」
「お菊殿の目が金色に輝いているのだ。それは龍脈を映している証」
「龍脈って……確かに、道が天の川のように光ってるけど」
話がわからずにいると、私の横で女性が道を指差し、手を引きながら頷いた。まるで、行こうといっているようだ。
賀之助さんと宵一さんが顔を見合って頷く。
「お菊、それが龍脈に間違いない。運気は時の流れのように変わる。その光を追えばいい……危険だが、できるか?」
「この道を……わかったわ! でも、久世様のお屋敷と反対の方角よ?」
「それでいい。日も傾いてきた。急ごう」
戸惑っていると、手がぎゅっと優しく握られた。振り返れば、青い瞳が私を映している。
そうだ。二人の力になると決めたじゃない。
どうして龍脈とやらが視えるのか、わからない。でも、これなら足手纏いにはならない。
「追っ手が迫ったら、俺がどうにかする。振り返らずに進むんだ」
「……うん!」
帳面を開いた賀之助さんに頷き、輝く道へ向かって走り出した。


