にわかには信じられず、宵一さんと女性を交互に見た。
「で、でも! 人になったからって、二人の気持ちが変わるわけじゃないでしょ?」
「お菊、気持ちだけでは、どうにもならんこともあるだろう」
賀之助さんの静かな声に、どういうことと問い返すと「言葉はどうする」とすぐに返された。
「二人は今でこそ、妖力のおかげで意思疎通ができてるのだろうが、人になれば、異国の者は異国の言葉を話す」
「異国の、言葉……でも、話せなくても、他に方法が」
「声が出なければ文字を書けばいいとでもいうか? だが、その文字すら異なればどうする」
私が人魚の涙で声を出せなかった日々をいっているのだと、賀之助さんはすぐに気づいてくれたのだろう。私の方にそっと触れると、辛そうに眉をしかめて「それに」と言葉を続ける。
「このままでは、姿すら見えなくなるかも知れぬ」
「姿を……」
はっとして胸元に手を添え、そこにしまった眼鏡の存在をまざまざと感じた。
「お菊が二人の本当の姿を見ているのは、眼鏡を外しているからだ。人となった天使が、同じ目を持てるのか、俺は知らん」
「……そんな」
「だから、早々に幽世に行く必要があるということだろう」
賀之助さんの言葉に、宵一さんは頷く。
「幽世には、瑞江戸も異国もないと聞いている。その空の下なら、きっと二人で暮らせる空もあろう」
期待を滲ませる言葉に、賀之助さんは溜息をつくように「そうであればよいが」と呟いた。
眉をひそめた宵一さんの視線が、どういうことかと問うように、賀之助さんに刺さる。
「生憎、俺は幽世を訪れたことがない。お前たちが思い描く楽園であることを保証はできん」
「そんな。それじゃ、二人はどこにいったらいいのよ!」
「お菊、早とちりをするな。幽世へ行けるよう、久世様に頼むことはできる。その先は、自分たちでどうにかする覚悟がいるといっただけだ」
「覚悟って……」
賀之助さんの冷たい言葉に唇を噛み、寄り添う二人を振り返った。宵一さんは厳しい顔をして、ぐっと奥歯を噛んで少し俯いていた。その横で、女性はつぶらな瞳を瞬きながら、彼の横顔を見ている。
輝く翼から羽根がはらりはらりと落ちていた。朽ちた床に触れると、羽根は弾けて光の粒となり、吸い込まれるようにすうっと消える。
まるで、視えない涙がこぼれているようだった。
「瑞江戸に残れば、異国の鳥は短い命を繋げる。こちらにいるのなら、俺もいくらかは協力もできる。久世様なら、異国へ戻る用意を整えることもできよう」
「でも、彼女は宵一さんが視えなくなるかも知れないんでしょ。二人は夫婦になれないっていうの!?」
「幽世に渡った後も、その姿を保てるかはわからん。翼が朽ちるのを止められず、人になるかもしれない。そうなったらどうする?」
どちらに進んでも先がわからないだなんて、あまりにも酷な話だ。
宵一さんも予想外の話だったのだろう。奥歯を噛みしめて微動だにしない。その横で、女性は小首を傾げている。きっと、賀之助さんの言葉は理解していないだろう。宵一さんが今、なにを悩んでいるのか、想像もつかないのかもしれない。
「八雲堂の主は、私に……彼女を捨てよと申すか」
搾りだすような声が尋ねた。それに目を見開いた女性は、こちらを振り返る。宵一さんの言葉で、これからについて話しているのだとわかったのだろう。
なにか忙しく言葉を発するけど、その意味は私たちには一つもわからなかった。
青い瞳からはらはらと涙がこぼれる。
「ヨイチ……イッショ……ハナレ、ナイ」
鈴を転がしたような可憐な声が、私たちと同じ言葉を紡いだ。
宵一さんは唇を噛むと、彼女の手を握りしめた。
「だから、覚悟をしろといっている」
賀之助さんの言葉が重く響く。
「迷うようなら、その異国の鳥を置いていくんだな。そうでなければ、幽世で守ることなどできないだろう」
淡々と告げた賀之助さんは腰を上げると、私の手を引いて「お菊、いくぞ」といった。
行くって、帰るということだろうか。このまま、二人を置いて行くってことなの。
「か、賀之助さん、待って、まだ話は……」
「覚悟ができるなら、ついてこい。久世様のお屋敷まで案内しよう」
私の言葉を遮った賀之助さんは、戸惑う私を強引に引き寄せると、ひょいっと体を抱き上げた。
「か、賀之助さん!?」
「二人で話す時間も必要だろう。俺らは外で待つ。だが、あまり時はかけられない」
いうだけいった賀之助さんが外に出ようと足を踏み出すと、低く「恩にきる」と声がした。
「で、でも! 人になったからって、二人の気持ちが変わるわけじゃないでしょ?」
「お菊、気持ちだけでは、どうにもならんこともあるだろう」
賀之助さんの静かな声に、どういうことと問い返すと「言葉はどうする」とすぐに返された。
「二人は今でこそ、妖力のおかげで意思疎通ができてるのだろうが、人になれば、異国の者は異国の言葉を話す」
「異国の、言葉……でも、話せなくても、他に方法が」
「声が出なければ文字を書けばいいとでもいうか? だが、その文字すら異なればどうする」
私が人魚の涙で声を出せなかった日々をいっているのだと、賀之助さんはすぐに気づいてくれたのだろう。私の方にそっと触れると、辛そうに眉をしかめて「それに」と言葉を続ける。
「このままでは、姿すら見えなくなるかも知れぬ」
「姿を……」
はっとして胸元に手を添え、そこにしまった眼鏡の存在をまざまざと感じた。
「お菊が二人の本当の姿を見ているのは、眼鏡を外しているからだ。人となった天使が、同じ目を持てるのか、俺は知らん」
「……そんな」
「だから、早々に幽世に行く必要があるということだろう」
賀之助さんの言葉に、宵一さんは頷く。
「幽世には、瑞江戸も異国もないと聞いている。その空の下なら、きっと二人で暮らせる空もあろう」
期待を滲ませる言葉に、賀之助さんは溜息をつくように「そうであればよいが」と呟いた。
眉をひそめた宵一さんの視線が、どういうことかと問うように、賀之助さんに刺さる。
「生憎、俺は幽世を訪れたことがない。お前たちが思い描く楽園であることを保証はできん」
「そんな。それじゃ、二人はどこにいったらいいのよ!」
「お菊、早とちりをするな。幽世へ行けるよう、久世様に頼むことはできる。その先は、自分たちでどうにかする覚悟がいるといっただけだ」
「覚悟って……」
賀之助さんの冷たい言葉に唇を噛み、寄り添う二人を振り返った。宵一さんは厳しい顔をして、ぐっと奥歯を噛んで少し俯いていた。その横で、女性はつぶらな瞳を瞬きながら、彼の横顔を見ている。
輝く翼から羽根がはらりはらりと落ちていた。朽ちた床に触れると、羽根は弾けて光の粒となり、吸い込まれるようにすうっと消える。
まるで、視えない涙がこぼれているようだった。
「瑞江戸に残れば、異国の鳥は短い命を繋げる。こちらにいるのなら、俺もいくらかは協力もできる。久世様なら、異国へ戻る用意を整えることもできよう」
「でも、彼女は宵一さんが視えなくなるかも知れないんでしょ。二人は夫婦になれないっていうの!?」
「幽世に渡った後も、その姿を保てるかはわからん。翼が朽ちるのを止められず、人になるかもしれない。そうなったらどうする?」
どちらに進んでも先がわからないだなんて、あまりにも酷な話だ。
宵一さんも予想外の話だったのだろう。奥歯を噛みしめて微動だにしない。その横で、女性は小首を傾げている。きっと、賀之助さんの言葉は理解していないだろう。宵一さんが今、なにを悩んでいるのか、想像もつかないのかもしれない。
「八雲堂の主は、私に……彼女を捨てよと申すか」
搾りだすような声が尋ねた。それに目を見開いた女性は、こちらを振り返る。宵一さんの言葉で、これからについて話しているのだとわかったのだろう。
なにか忙しく言葉を発するけど、その意味は私たちには一つもわからなかった。
青い瞳からはらはらと涙がこぼれる。
「ヨイチ……イッショ……ハナレ、ナイ」
鈴を転がしたような可憐な声が、私たちと同じ言葉を紡いだ。
宵一さんは唇を噛むと、彼女の手を握りしめた。
「だから、覚悟をしろといっている」
賀之助さんの言葉が重く響く。
「迷うようなら、その異国の鳥を置いていくんだな。そうでなければ、幽世で守ることなどできないだろう」
淡々と告げた賀之助さんは腰を上げると、私の手を引いて「お菊、いくぞ」といった。
行くって、帰るということだろうか。このまま、二人を置いて行くってことなの。
「か、賀之助さん、待って、まだ話は……」
「覚悟ができるなら、ついてこい。久世様のお屋敷まで案内しよう」
私の言葉を遮った賀之助さんは、戸惑う私を強引に引き寄せると、ひょいっと体を抱き上げた。
「か、賀之助さん!?」
「二人で話す時間も必要だろう。俺らは外で待つ。だが、あまり時はかけられない」
いうだけいった賀之助さんが外に出ようと足を踏み出すと、低く「恩にきる」と声がした。


