八雲堂あやかし綴~しゃれこうべ娘と呼ばれた私ですが、地本問屋の若旦那に溺愛されてるようです~

 烏天狗の若者と白い翼を持つ女性は夫婦なのかと思えるような空気がある。少なくとも想いあっているようだけど、どういった関係なのか。
 女性の表情を盗み見ていると、烏天狗の若者が語りはじめた。

「掻い摘んで説明する。私は見ての通り、烏天狗の宵一(よいち)と申す」
「私は八雲堂の菊です。あの、不躾にお尋ねしますが、ご一緒の方は奥方様でしょうか?」
「そう見えるか。……我らは種族が違うゆえ、里では婚姻を認められなかった」

 夫婦と見られたのが嬉しかったのだろう。宵一さんの表情が少しだけ穏やかになり、女性もまたほっと安堵したように微笑を浮かべた。

「彼女は海を渡ってきた異国の(あやかし)……正しくは、神の使いである一族の娘だ」
「神の、使い?」
「瑞江戸にもおるだろう。神社の狛犬や稲荷の白狐と似たようなものだ」
「狛犬やお稲荷様……?」

 大きな神社の境内や町中にある稲荷神社を思い出し、首を傾げて女性を見た。どう見ても、耳や尻尾があるようには見えないんだけど。あるのは、真っ白な翼だ。
 そういえば、烏も神様の使いがいたわ。八咫烏だったかしら。でも、女性の足は二本よね。

「今、犬や狐の耳や尻尾を探したな。それと、八咫烏でもないぞ。狛犬や白狐は例えばの話だ。異国には瑞江戸とは異なる神がいる。その神の眷属(けんぞく)という話しだ」

 呆れた顔をする宵一さんの横で、女性はきょとんとして頭を触ると首を傾げた。どうやら、宵一さんと私の会話が少しは伝わっているみたい。

「えっと……つまり、そちらの女性が烏天狗ではないから、夫婦になれないということですか?」
「平たくいえば、そうなる。烏天狗一族は頭が固い。特に異国の妖を毛嫌い、排除しようと躍起になっている」
「妖の排除……?」

 なんとも不穏な話しについ顔をしかめると、宵一さんは「お前には関係がないことだな」といって溜息をついた。

「私たちはここでは伴侶になれない。だが、幽世であれば国という隔たりがない。異国の妖と共に暮らす里もあると聞いている」
「……幽世」

 その言葉にどきっと鼓動が跳ね、無意識のうちに繰り返し呟いていた。
 私の声を奪った人魚の涙も、元は幽世にあったものだった。意外と簡単に行き来できてしまう場所なのだろうか。
 息を呑むと、宵一さんは話しを続けた。

「ただし、幽世と現世を繋ぐ場所は限られている。そう簡単に行き来もできぬ決まりだ」
「そうですか……」

 荒唐無稽に思えるような話に頷きつつ、義父である晃照様を思い出した。
 賀之助さんに幽世が関わる調べ事をさせていらっしゃるくらいだから、行き来ができる手段を知っていてもおかしな話ではない。猫又の雪丸を可愛がっていたし、あの方も私たちのように視える人なのだろう。

 私を慈しむよう微笑まれたお顔が脳裏をよぎる。
 晃照様が親身になってくれたのは、それゆえかもしれない。だとしたら、この二人にもお力を貸してくれるのではないか。

「久世様のお屋敷へゆけば、その幽世へ渡る方法がわかるのですね」
「ああ。久世家は代々、幽世と現世を繋ぐ扉の一つを守護している。だから、どうしても向かわねばならぬ」

 寄り添う二人が手を握り合う様子に、心が揺り動かされた。
 宵一さんは瑞江戸で生まれたといっていた。であれば、幽世を実際に見たことはないだろう。女性だってそうだ。そもそも、海の向こうには故郷があるだろうに、それを捨ててまで共に生きようとしている。

 深く想い合っているのだろう。

「お力になります。しかし、烏に連れられてきたので、ここからどう八雲堂へ向かえばいいかわからず……」

 恥ずかしながら迷子も同然だと告げると、宵一さんは少し頬を緩めて「心配ない」といい、懐から畳まれた紙を出した。
 床板に広げられた紙には、墨で道筋が書かれている。絵図の中に、八の字を丸で囲んだ印を見つけた。おそらく八雲堂だろう。

「ここが今いる場所だ」

 八雲堂から離れた一角を宵一さんは指し示した。すぐ側には、寺の文字がある。その横にある広い敷地は墓地かもしれない。なるほど、この辺りが静かな理由がなんとなくわかった。

「八雲堂からは四半時もかからぬが、この辺りは訳ありの者が住み着く場所だ。それゆえ、隠れるに丁度よかった」
「訳あり?」
「人に化け、紛れて生きる妖も少なくはない」

 そういった宵一さんは黒い羽根を少し動かした。
 妖が人に紛れているなんてと驚きながら、ふと脳裏に浮かべたのは白雲斎先生の『あやかし往来』だった。もしかして、物語の中のように、私も眼鏡をかけないまま見た景色の中で生きる道があるってことかしら。

 握りしめていた眼鏡をそっと持ち上げ、汚れたガラスの向こうを見た。すると、二人の背から翼が消える。それどころか、宵一さんは山伏ではなく藍染の小袖姿になっていた。女性にいたっては、黒髪の小袖姿でどこにでもいそうな町娘になったではないか。

「それを通すと、私たちの翼が視えなくなるであろう」
「……はい。お二人とも、人となんら変わりません」
「妖は人の目を誤魔化すために姿を変える。その眼鏡には、それと似た力があるようだ。おそらくは、幽世で作られたものだろう」
「幽世の……」

 降ろした眼鏡に視線を落とし、祖母の顔を思い浮かべた。
 他の人と違うものが視えるといって泣いた私に、祖母はこれをくれた。いつかきっと、眼鏡をかけなくていい日がくるからといっていた。だけど、一向に視えなくなることはなく、あまつさえ烏天狗や異国の妖と出会ってしまうなんて、なんて皮肉だろう。

 いいえ、皮肉ではないのかも。もしかしたら、祖母は白雲斎先生の描く世界が訪れると信じていたのではないか。
 眼鏡を一度ぎゅっと握りしめてから、懐へと差し入れた。