7
「それでは審議を再開します」
再び法廷に戻ってきた三人は各々の席についた。
確かにノアの行動は謎が多い。しかし本人は死んでしまったのだ。どうするレアン、とアサムは彼を見つめた。
「さて平民よ、気は済んだか?反証がないなら即刻判決といこうじゃないか」
コーニクスが判決を促す。万事休すか。
「お待ちを」
レアンが手を挙げた。
「まだ証人尋問が残っております。」
「ほう、素人かと思ったが少しは頭を捻るようだな。時間を引き延ばす方にな」
「神父様にお聞きしたいことがございます」
「はぁ……知ってることは全部お話ししましたが……」
神父は困ったような顔を更にしかめた。しかし彼の証言だけがレベッカを犯人に仕立て上げているのだから、彼に尋問をするのは自然なことだ。
「一つ確認したいのですが、神父様は執務室で一人でお仕事をされていたのですか?」
「ええそうです」
「では証言の裏付けはないということですね?」
そこまでいうとコーニクスが割って入った
「確かに目撃者は彼一人だが……とはいえこんな犯行は魔女でなくては不可能だ」
そう、レベッカ自身が教会にいたことは彼女自身が認めている、他にも人がいなかったことも。
「そこなのです」
「そことは」
レアンが続ける。
「レベッカは彼を殺した『後』死体を吊るしたのですよね?」
意味深な問いであったがアサムにはなんのことやらさっぱりであった。
「そう言っています」
神父は怪訝そうに続けた。
「もしやなにかしや、私を疑っているのですか?ならばお門違いです。ごらんなさい」
神父はそっとズボンの裾を捲ってみせた。足全体に白い包帯を巻いる。
「先日事故で怪我をしてしまって歩くのでやっとなのです。とてもじゃないが男性一人をあそこまで持ち上げることはできません。まぁ足を怪我していないとしても人間には無理でしょうが…」
申し訳なさそうに神父が傷を隠す。レアンは神父を疑っていたのだろうか?だとしたら空振りということになる。結局真実を見つけ出すことなどできないのではないだろうか。アサムはそう思ったがレアンはそうではなかった。
「いえなに…」
「?」
「この謎は解けたかもしれません」
この謎は解けた。確かにそう言った。アサムはレアンを見つめたがレアンの目線の先に映ったのは夫人であった。
夫人は今までずっと辛抱強く裁判を眺めていた。正直気が気ではなかっただろう。それでも黙って見届けていたのだ。
「夫人、一つお伺いしても?」
「何かしら」
「この教会は改装中とのことですが、何ゆえでしょうか?」
「え?」
改装の理由?古くなったからではないのだろうか。アサムは首を捻ったが夫人から返って来た答えは予想外のものだった。ノアが吊るされている方を指差した。死体の上方、そこには小さな窓があった。
「あの窓、見えるかしら?」
それは外の時計台を管理するための足場へ続く窓だった。
「あそこで事故が多発してるの」
「事故?」
「ええ……あそこから聖堂側に飛び降りて生還できたものは神の加護が得られて願いが叶うって広まっちゃって……」
「ば、ばかな!三階ほどの高さがある!」
これに驚いたのはコーニクスだった。冷静沈着、そんな風に見える彼からするとそこから飛び降りるという発想すらなかっただろう。アサムも流石にそんなバカがいるとは考えづらかった。
夫人の言っていた変な噂とはこのことだったのか。
「だから改装してイメージを払拭しようとしてるのよ。あの窓も取っ払ってね」
夫人は今日何回目かの深いため息をついた。
「次に……あの手押し車は調べましたか?」
今度はレアンが花のつまれた手押し車を指差した。レベッカのためにノアが用意したように見える花の山だ。コーニクスも同じように考えていた。
「大方、プロポーズでもしようとしたんだろうな」
と軽くあしらった。しかしレアンはその花の山に近づくとおもむろにガサガサと花をかき分け始めた。
「その下ですよ、花の下です。ほら」
そう言って花を全てかき分けるとその下には分厚いマットレスが敷かれていた。
「マットレス?」
「そう、彼は噂を実行するつもりだった。レベッカにプロポーズするために。だからレベッカに目を閉じているように言い、自ら窓のそばまで登ったのです」
時計塔を管理する足場だ、階段はすぐそばにあった。
「で、では被害者は自ら飛び降りたというのか……!?」
コーニクスは頭を抱えた。そんなバカがこの世に存在するとはつゆにも思わなかっただろう。
「しかしそれがなんだというのだ?被害者は死に、矢で打ち付けられた。その事実に変わりはあるまい」
すぐに持ち直したコーニクスは事実を淡々とつげる。その通りだとアサムも思った。ノアが飛び降りた、だからなんだというのだ。
「では、次は執務室の窓をご覧ください」
レアンが窓を指差す。窓は被害者から真っ直ぐ目の前の位置にあった。
「ま、まさか……!」
コーニクスは何かに気づいたようで、その額に初めて汗をかいた。
「あとは簡単です」
「そんなまさか……」
「そう……飛び降りる彼めがけて矢を放つだけ……」
そう言い終わると法廷の視線は全て神父に向けられた。
神父は窓からノアに矢を放ち、聖堂の壁に打ちつけた。それがレアンの推理だった。
「これなら足が悪かろうがただ矢を放つだけですから、神父様にも可能でございます」
悪びれずはっきりそう言った。
どん!という激しい音がした。振り返るとコーニクスが仮設された検事席の机を勢いよく殴った音だとわかった。
「平民よ……罪なき神父を犯罪者呼ばわりとは捨ておけんな……証拠はあるまい」
怒り心頭といった様子でレアンを睨みつけている。たしかに、ここまで全てレアンの仮説にすぎないのだ。証拠がない限り、神父を犯人にすることはできない。しかしそんな証拠が手元にないことはアサムも知っている。やはり、このまま自分たちは三人仲良く火にくべられてしまうのだろうかとあんじた。レベッカもそうに違いない。この場で、レアン以外は。
「神父様はいいましたよね?殺害後に矢で吊るされたのだと」
「え、ええ…」
「ならば死体を調べてみてくれませんか?どうやら裁判を急ぐあまり死体を下すことすらままなっていない様子」
確かに死体はずっとそこにあった。あの高さだ。あれを下すには時間がかかる。その間に魔女に逃げられでもすれば司法は国民から非難を浴びることとなるだろう。しかし冤罪を産んでも同じことだ。罪のない少女を焼き殺すことになるのだから。
「調べればわかりますよ。おそらく矢は致命傷であり、抜き取られた形跡すらないはずですから」
殺した後吊るしたというなら矢は致命傷ではあり得ない。死体解剖の時間を要するだろうが、行わずに少女を焼くなどこの流れでは考えられなくなっている。
「すぐに手配しよう」
コーニクスは何か言いたげだったが飲み込んだようにそう言った。
飲み込めなかったのは神父だった。
「検事どの!このような!下賤のものの言うことに聞き耳を持ってはいけません!」
この推理が正しければノアの殺したのは神父だということになる。神父は必死だった。アサムは焦った。コーニクスや裁判長が認めなれば死体解剖は行われないかもしれない。そうなれば不利なのはレベッカだ。そしてコーニクスは自分たちをよく思っていないだろう。ここまできたのに。アサムは悔しかったがコーニクスに慈悲を求めた。頼む、人の心を持っていてくれと。コーニクスはゆっくり口を開いた。
「いいか神父、私は彼らを平民と呼んだがそれは本当に彼らが平民だからだ。下賤と罵ったりはしない」
コーニクスははっきりとそう言った。死体解剖は行われる。アサムは拳を握りしめた。
「レアンと言ったか?見事な弁護だったよ」
そういうと目を伏せ背中を向けた。
「こんなことは前代未聞ですね」と裁判長も驚きを隠せずにいた。
神父だけが煮湯を飲まされたようにレアンを睨みつけていた。
「これにて閉廷!」
しかし無慈悲にも裁判長の言葉が法廷に響いたのだった。
「それでは審議を再開します」
再び法廷に戻ってきた三人は各々の席についた。
確かにノアの行動は謎が多い。しかし本人は死んでしまったのだ。どうするレアン、とアサムは彼を見つめた。
「さて平民よ、気は済んだか?反証がないなら即刻判決といこうじゃないか」
コーニクスが判決を促す。万事休すか。
「お待ちを」
レアンが手を挙げた。
「まだ証人尋問が残っております。」
「ほう、素人かと思ったが少しは頭を捻るようだな。時間を引き延ばす方にな」
「神父様にお聞きしたいことがございます」
「はぁ……知ってることは全部お話ししましたが……」
神父は困ったような顔を更にしかめた。しかし彼の証言だけがレベッカを犯人に仕立て上げているのだから、彼に尋問をするのは自然なことだ。
「一つ確認したいのですが、神父様は執務室で一人でお仕事をされていたのですか?」
「ええそうです」
「では証言の裏付けはないということですね?」
そこまでいうとコーニクスが割って入った
「確かに目撃者は彼一人だが……とはいえこんな犯行は魔女でなくては不可能だ」
そう、レベッカ自身が教会にいたことは彼女自身が認めている、他にも人がいなかったことも。
「そこなのです」
「そことは」
レアンが続ける。
「レベッカは彼を殺した『後』死体を吊るしたのですよね?」
意味深な問いであったがアサムにはなんのことやらさっぱりであった。
「そう言っています」
神父は怪訝そうに続けた。
「もしやなにかしや、私を疑っているのですか?ならばお門違いです。ごらんなさい」
神父はそっとズボンの裾を捲ってみせた。足全体に白い包帯を巻いる。
「先日事故で怪我をしてしまって歩くのでやっとなのです。とてもじゃないが男性一人をあそこまで持ち上げることはできません。まぁ足を怪我していないとしても人間には無理でしょうが…」
申し訳なさそうに神父が傷を隠す。レアンは神父を疑っていたのだろうか?だとしたら空振りということになる。結局真実を見つけ出すことなどできないのではないだろうか。アサムはそう思ったがレアンはそうではなかった。
「いえなに…」
「?」
「この謎は解けたかもしれません」
この謎は解けた。確かにそう言った。アサムはレアンを見つめたがレアンの目線の先に映ったのは夫人であった。
夫人は今までずっと辛抱強く裁判を眺めていた。正直気が気ではなかっただろう。それでも黙って見届けていたのだ。
「夫人、一つお伺いしても?」
「何かしら」
「この教会は改装中とのことですが、何ゆえでしょうか?」
「え?」
改装の理由?古くなったからではないのだろうか。アサムは首を捻ったが夫人から返って来た答えは予想外のものだった。ノアが吊るされている方を指差した。死体の上方、そこには小さな窓があった。
「あの窓、見えるかしら?」
それは外の時計台を管理するための足場へ続く窓だった。
「あそこで事故が多発してるの」
「事故?」
「ええ……あそこから聖堂側に飛び降りて生還できたものは神の加護が得られて願いが叶うって広まっちゃって……」
「ば、ばかな!三階ほどの高さがある!」
これに驚いたのはコーニクスだった。冷静沈着、そんな風に見える彼からするとそこから飛び降りるという発想すらなかっただろう。アサムも流石にそんなバカがいるとは考えづらかった。
夫人の言っていた変な噂とはこのことだったのか。
「だから改装してイメージを払拭しようとしてるのよ。あの窓も取っ払ってね」
夫人は今日何回目かの深いため息をついた。
「次に……あの手押し車は調べましたか?」
今度はレアンが花のつまれた手押し車を指差した。レベッカのためにノアが用意したように見える花の山だ。コーニクスも同じように考えていた。
「大方、プロポーズでもしようとしたんだろうな」
と軽くあしらった。しかしレアンはその花の山に近づくとおもむろにガサガサと花をかき分け始めた。
「その下ですよ、花の下です。ほら」
そう言って花を全てかき分けるとその下には分厚いマットレスが敷かれていた。
「マットレス?」
「そう、彼は噂を実行するつもりだった。レベッカにプロポーズするために。だからレベッカに目を閉じているように言い、自ら窓のそばまで登ったのです」
時計塔を管理する足場だ、階段はすぐそばにあった。
「で、では被害者は自ら飛び降りたというのか……!?」
コーニクスは頭を抱えた。そんなバカがこの世に存在するとはつゆにも思わなかっただろう。
「しかしそれがなんだというのだ?被害者は死に、矢で打ち付けられた。その事実に変わりはあるまい」
すぐに持ち直したコーニクスは事実を淡々とつげる。その通りだとアサムも思った。ノアが飛び降りた、だからなんだというのだ。
「では、次は執務室の窓をご覧ください」
レアンが窓を指差す。窓は被害者から真っ直ぐ目の前の位置にあった。
「ま、まさか……!」
コーニクスは何かに気づいたようで、その額に初めて汗をかいた。
「あとは簡単です」
「そんなまさか……」
「そう……飛び降りる彼めがけて矢を放つだけ……」
そう言い終わると法廷の視線は全て神父に向けられた。
神父は窓からノアに矢を放ち、聖堂の壁に打ちつけた。それがレアンの推理だった。
「これなら足が悪かろうがただ矢を放つだけですから、神父様にも可能でございます」
悪びれずはっきりそう言った。
どん!という激しい音がした。振り返るとコーニクスが仮設された検事席の机を勢いよく殴った音だとわかった。
「平民よ……罪なき神父を犯罪者呼ばわりとは捨ておけんな……証拠はあるまい」
怒り心頭といった様子でレアンを睨みつけている。たしかに、ここまで全てレアンの仮説にすぎないのだ。証拠がない限り、神父を犯人にすることはできない。しかしそんな証拠が手元にないことはアサムも知っている。やはり、このまま自分たちは三人仲良く火にくべられてしまうのだろうかとあんじた。レベッカもそうに違いない。この場で、レアン以外は。
「神父様はいいましたよね?殺害後に矢で吊るされたのだと」
「え、ええ…」
「ならば死体を調べてみてくれませんか?どうやら裁判を急ぐあまり死体を下すことすらままなっていない様子」
確かに死体はずっとそこにあった。あの高さだ。あれを下すには時間がかかる。その間に魔女に逃げられでもすれば司法は国民から非難を浴びることとなるだろう。しかし冤罪を産んでも同じことだ。罪のない少女を焼き殺すことになるのだから。
「調べればわかりますよ。おそらく矢は致命傷であり、抜き取られた形跡すらないはずですから」
殺した後吊るしたというなら矢は致命傷ではあり得ない。死体解剖の時間を要するだろうが、行わずに少女を焼くなどこの流れでは考えられなくなっている。
「すぐに手配しよう」
コーニクスは何か言いたげだったが飲み込んだようにそう言った。
飲み込めなかったのは神父だった。
「検事どの!このような!下賤のものの言うことに聞き耳を持ってはいけません!」
この推理が正しければノアの殺したのは神父だということになる。神父は必死だった。アサムは焦った。コーニクスや裁判長が認めなれば死体解剖は行われないかもしれない。そうなれば不利なのはレベッカだ。そしてコーニクスは自分たちをよく思っていないだろう。ここまできたのに。アサムは悔しかったがコーニクスに慈悲を求めた。頼む、人の心を持っていてくれと。コーニクスはゆっくり口を開いた。
「いいか神父、私は彼らを平民と呼んだがそれは本当に彼らが平民だからだ。下賤と罵ったりはしない」
コーニクスははっきりとそう言った。死体解剖は行われる。アサムは拳を握りしめた。
「レアンと言ったか?見事な弁護だったよ」
そういうと目を伏せ背中を向けた。
「こんなことは前代未聞ですね」と裁判長も驚きを隠せずにいた。
神父だけが煮湯を飲まされたようにレアンを睨みつけていた。
「これにて閉廷!」
しかし無慈悲にも裁判長の言葉が法廷に響いたのだった。
