レアン・ダージリンと火刑法廷〜メイド服の弁護人と花売りの魔女〜

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「それでは審議に移ります。コーニクス検事は罪状を」
 裁判長と思わしき男が、中央のテーブルからコーニクスに声をかけた。
 裁判が始まったのだ。
 アサムたちは傍聴席として設定された大聖堂の椅子の最前列に座った。
「は、裁判長閣下。仰せのままに」
 そういうとコーニクスは手元の書類に目を落としその罪状を読み上げる。
「事件は至ってシンプル。彼女は恋人であるノア氏を大聖堂に呼び出し……殺害した後魔法を使って壁に打ちつけたものです。事件当日、教会周辺には工事関係者が多数おり、大聖堂には被告人と被害者以外の人物は目撃されておらず、またその手口からも彼女は魔女で、その犯行は明確であります」
 続いて裁判長。
「うむ、ご苦労です検事。被告人は反証がありますかな?」
 みながレベッカを見た。まだ齢一六の垢抜けない少女を。
「反論!?ありますとも!私魔女じゃありません!ノアは恋人です!殺したりしません!」
 彼女は感情のままにそう叫んだ。アサムは彼女を知らない。ただ嘘をついているようには思えなかった。彼女の弁護人は何をしているのだろうか、ふと弁護席に目を移す。しかし、そこには弁護士の姿はなかった。
 アサムは顔をしかめた。空の弁護席を眺めてながらレアンに耳打ちをする
「遅刻でもしてるのか……?弁護士は……」
 その声はかすかなものだったが、コーニクスの耳に届いたようでこちらを振り返る。しかめっつらは更に眉をしかめ、不機嫌さに増したように見えた。
「知らんのか平民、火刑法廷のルールを」
 ルール?アサムはレアンに目配せをした。レアンはアサムよりずっと法律に詳しい。レアンは深刻そうに口を開いた。
「魔女の裁判はそのほとんどがその場で行われるからな、詳細を知ってる人間は少ない」
「しかし弁護人不在ってのは…」
 レベッカが助かる見込みはない。そう告げられたようなものだった。
 アサムはどうにも彼女が哀れに思えて仕方がなかったが、どうすることもできない。
裁判長はこう告げる。
「彼女の犯行であることは火を見るより明らかです。よって即刻判決に移ります」
 と。
 あまりに突然始まった裁判は、あまりに突然終わろうとしていた。事実の実証もされぬまま。レベッカは魔女として捌かれ、火刑に処される。アサムは信じられない光景に思わず目を伏せ神に祈った。せめてこの残酷な現実に我らが麗しき夫人が心を痛めませんようにと。
「その裁判!ちょっと待った!!!」
 判決を静かに待っていた法廷に、大きな声が響き渡る。
 顔を上げたアサムの目に飛び込んできたのは、スカートの裾をたなびかせ法廷のど真ん中に仁王立ち、裁判長を指差す姿であった。
「レアン!!!」
 いつの間にか隣にいたはずのレアンは法廷の中央、レベッカの隣にいた。
 夫人も驚いたように立ち上がり目を丸くしている。
「あ、あのバカ!何をやっている!?」
 アサムも慌てて声を上げた。
「ご夫人宅の変人か」
 コーニクスは呆れ顔で目を伏せた。
「弁護人不在での裁判、やはり納得がいきません!そのような状況で人の命を天秤にかけようなんて……
 しいてはこのレアン・ダージリンが弁護士の代わりを務めたいと存じます!」
 レアンはそっとかしずくと丁寧に裁判長にお辞儀をした。
 裁判長、夫人、アサム……みながレアンを見つめていた。アサムは何をバカなことをいいだしたのだと叱りたかったが声は出なかった。レアンはふざけた格好をしているものの法律には詳しい。もしかして本当に、そんなことが……
 静まり返った法廷の中でコーニクスだけが冷静に状況を見ていた。
「ほう……貴様、火刑法廷のルールを知って弁護を申し出るのか?」
「そのつもりだよ貴族検事さん」
 火刑法廷のルール。先ほどもコーニクスはそう口にした。火刑法廷のルールとはなんなのか、アサムは知らなかった。
 裁判長がこう続ける
「あなたがいいなら構いません。こんなことは前代未聞ですが」
 コーニクスもこう告げる。
「いいだろう、弁護席につくといい。ただし火刑法廷にて魔女の弁護を図ろうとするものが出た場合……」
 そのあとに続いた言葉にアサムは顔が引き攣った。
 今にも倒れそうになる夫人を支え顔を見合わせる。
 そんな法律が我が国にあったとはとても信じられない。コーニクスはこう告げたのだ。
「敗北した弁護人は魔女と同じく火刑に処される」
 レベッカもアサムも夫人も、その事実を知らなかった。ただレアンだけがその重みを知っていたのだ。
 弁護人すら罪に問う。それは魔女に与する全ての人への見せしめであり警告であった。魔女を許さない。法曹界はそう決めたのだ。
「ちょっとレアン戻ってきなさい!」
 夫人は倒れる寸前のところで踏みとどまるとレアンに呼びかけた。夫人にとってもレアンは大事な息子のような存在である。アサムにとっても大事な幼馴染だ。
「そうだぞレアン!バカな真似はよせ!!」
 しかしレアンの意思は堅かった。その目は裁判長を一心に見つめている。
 その様子にコーニクスは頷くとレアンを指差しこう言った。
「では再開しよう。魔女を火刑へ送る……死の裁判を」