レアン・ダージリンと火刑法廷〜メイド服の弁護人と花売りの魔女〜

3
 魔女。
 レアンは自室に戻り分厚い本をめくった。
 レアンの部屋には多数の法律に関する本が積まれている。
 子供の頃からレアンは法律に興味があった。旦那様の部屋から分厚い本を持ち出してはリネン室で読み漁りそのまま寝てしまうような子供だった。
 そして、魔女といえばこの国で一番有名な法律がある。

 かつて、ヨーロッパでは人々は魔女を恐れて、片っ端から火刑に処したという歴史があるが、ここは現代社会である。
 いまだ中世ヨーロッパの風情を残すこの国にも魔女はいなかった。
 一年ほど前までは。
 突如街に現れた『魔女』
 彼女たちは魔法を使い世界を震撼させた。
 その魔法はマジックの類ではなかった。
 空を飛び、火を放ち、水を操った。本物の魔法。タネも仕掛けもない。本当の魔法。
 特に揺れたのは法曹界であった。
 魔法を使った犯罪に対処できる法律はなく、街には魔法を使った犯罪が溢れた。
 事態を収めるべく抑止力として政府が決めた方針は……

 犯罪を犯した魔女はすべからく火刑に処すべし!

 どんな小さな犯罪も魔女の仕業と分かれば、即火刑。
 その効果は実大で、今や魔女は街の片隅でひっそりと暮らす存在となっていた。

 その魔女が出たという言葉は、単に魔女が現れたことを示していない。魔女による犯罪が起こったということを意味していた。
 レアンは分厚い本を抱えて飛び出した。
「行きましょう夫人!」
 現場もわからないまま、誰より先に駆け出して行った。

「ここが魔女が出たという教会ですか?」
 そこは古びた教会だった。街で唯一の教会であり、住人の拠り所である。本来は大きな鐘が飾られているはずだったが、残念ながら工事中のようで建物の全貌は見えなかった。
「そうよ……運が悪いことに、ここの運営をしているのは私なの」
 夫人は頭を抱えながらも廊下を先頭で歩いていた。
「ただでさえ変な噂が流れてるっていうのに……」
「変な噂?」
「そうよ、そのために今改装してるの」
 確かに周りには色々と改装機材が積まれており、今は教会としての機能を果たしていないように見えた。
 しばらく歩くと大きな扉の前で立ち止まる。
「ここよ、いいかしら」
 そう言ってドアノブに手をかけ自らぐっと押した。
 古い扉は『ぎぎぎ』と音を立てて開く。そこは大聖堂であった。
 アンティークな大聖堂は正面の大窓から光が差し込んでいる。古いながらも綺麗に掃除された室内はとても神聖に見えた。
 あの光景さえなければ。
 アサムは息を呑んだ。こんなものを見たのは初めてだったからだ。
 目の前の惨憺たる現場は目も当てられない。
 見上げるほどの壁には大きな十字架、その上には見るも無惨な男の死体が矢によって打ち付けられていた。
 死体からは血が流れ壁を汚し床まで赤く汚している。
 血痕の近くにはリアカーが置いてある。中は花で溢れており、
 まるでこの哀れな男へ手向けられた供花のようであった。
 男は吹き抜けになってる大聖堂の壁、三階ほどの位置に打ち付けられていて足場などは存在しない。
「こんなこと、魔女以外にできて?」
 夫人の言葉の通りであった。
 死体は宙を舞い、そのまま壁に打ち付けられたとしか思えなかった。


 さて、その魔女はいったいどうなったのか?
 「彼女がその魔女ですか?」
 アサムの指差した先にその女はいた。
 大きな鉄格子の檻の中に惨めな顔をして座っている赤髪の少女。
 魔女はすでに捉えられ、この大聖堂に拘留されていたのだ。
「レベッカ!?レベッカじゃないか!」
 レアンは少女に駆け寄った。
 どうやら知り合いだったらしく、檻越しに顔を合わせてこう言った。
「週に一回屋敷に花を納めてくれている花売りだよ。仕入れ担当は俺」
 なるほど、それで面識があったのかとアサムはうなづいた。
 屋敷の花や紙などの消耗品の仕入れはレアンが担当している。レアンは風変わりな見た目だが街の人間と一番面識があるのも彼だった。
 夫人は、二人に恐る恐る近づいた。
「彼女はボーイフレンドであり、この協会の清掃員のノア氏を殺害した容疑で裁かれるのよ。私は教会の責任者として見届ける義務があるの」
「じゃぁ夫人が教会に来たのはレベッカの裁判があるからなんですか?」
 レアンが尋ねると夫人は頷き、はぁなんてことなのとため息をついた。
 すると突然大聖堂の扉が大きく開かれた。
 ざわざわと喧騒の中大勢の男たちが機材を持って押し寄せたのだ。
「な、なんの騒ぎなの…?」
 狼狽える夫人を横目に、男たちは黙々と何かの『セット』を組み立てている。
 よく見ると、それは簡易的な裁判所のようであった。
「ここで裁判をするんですか!?」
 アセムは目を丸くした。
「そ、そうみたいね…」
 夫人も何も知らされていないらしく、二人でこそこそとセットを眺めている。

 コツ…コツ…
 足音が背後で響いた。
 気配に気づいたレアンが振り返るとそこには180もあろうかという高身長の男が立っている。
 貴族風の豪華な服装は夫人よりずっと高貴に見えた。
 
「邪魔だ平民、どきたまえ」

 男は見下すような冷たい目でレアンを一瞥すると、レアンの脇をすり抜け夫人の元へ近づいた。
「シャーロット夫人かな?」
「え、ええ……そうよ」
「ご足労いただき至極恐縮です。私はこの事件を担当する検事、コーニクスです」
 男は検事と名乗ると一度浅いお辞儀をした。
 どこかの貴族が魔女を見物にきたのではないかといった風貌だが、確かに彼は検事と名乗ったのだ。
 そして、衝撃の事実を告げた。
「魔女は魔法で逃亡を図る恐れがあり、可及的速やかに裁判にかけ……その場で火刑に処す決まりとなっております。ご承知のほどを」
 この場、すなわちこの大聖堂で火刑が行われると言うのだ。
「なんですって!?ここで!?人を焼くというの!?」
 告げられた驚きの事実によって眩暈を起こした夫人はその場で後ろに倒れ込んだ。
 アサムが慌てて夫人を支える。
「今は大々的に大聖堂を修復するプロジェクトを進めているのよ……!?はぁ……」
 大きくため息をついた夫人は腰が抜けたのか、その場に座り込んでしまった。レアンも慌てて夫人の様子を伺う。
 そんな三人の様子など知らぬかのようにコーニクス検事は「審議が始まりますので傍聴席へどうぞ」というと背を向けた。
「しかし……そのように平民に甲斐甲斐しく世話をされて……哀れなご婦人だな」
 捨て台詞のようにそう吐いた。
 そんな背中をレアンだけが険しく睨んでいた。