ノストラダムスに恋を

今日、僕は、ようやくこの呪いから解き放たれる。

ことさらに、ようやく、と。

自分のことを、僕、と呼んだのはいつぶりだろうか。

記憶の彼方では、かーくん、と自分を呼んでいたし、ランドセルを背負った頃には、オラ、とか、おいら、とかアニメのキャラクターを真似てみていた。中学に上がると、人前では恥ずかしいから、俺、と名乗っていた覚えがある。たまに、一人称が迷子になって、自分、だとか武士みたいになってしまうこともあった。

高校に上がって、格好の付け方が変わると、僕、に戻ってきたと記憶している。

春日(かすが)は、僕、って感じ」

穏やかで柔らかく、それでいて素っ気ない声が聴こえる。

そうか。
僕に戻ったんじゃなくて、戻されたんだ。

僕に、俺、は似合わないんだって。

君は決まって「春日は⚪︎⚪︎って感じ」と、暗示を掛ける。

もっと強く、いっそ呪いのように僕を縛りつける時には「春日は⚪︎⚪︎が似合うよ」と。

そして、時に否定を許さず、暗示や呪いのその先を向いて「⚪︎⚪︎してるのが見える」と。

さながら、天にまします我らの父から、啓示を受けて、地上に降りた予言者のように。

優しい色調の広々としたこの部屋は、終末期医療のホスピスの一室でも、主治医の計らいで許可された、今は妻と二人で住むにはいささか広すぎる自宅でもない。

僕の終の住処は、無駄に広く、窓の外にまだ咲かない桜が覗ける、この病室だ。

『春日は、可愛い奥さんと、子どもと、孫と、大勢に囲まれて、そうだなぁ…、満足そうに最期を迎えるのが目に浮かぶ』

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