大狼先輩のありがたい申し出に乗っかって、メニューというメニューをシェアしつくした昼食会は、控えめに言っても最高だった。
「灼熱チキン、見た目の割には辛くないですね」
「辛党なんだな。見た目通りに十分辛いぞ。こっちの闇鍋は甘くて普通にうまい」
「デザートみたいな味なんですね。鍋なのに!」
わやわやと語り合いながら、俺たちはゲームに出てくる料理を思う存分堪能する。
クリアしたばかりのゲームについて語り合える楽しさも相まって、箸も口も止まらない。こんなに楽しい食事は初めてだというくらいには、たくさん話しながら食べた気がする。はじめの緊張なんてすっかり忘れて、腹はち切れんばかりに食べてしまったのは、間違いなく大狼先輩が細々と世話を焼いてくれたせいだろう。
「これも食べるか、日辻」
「スパイス足すか?」
「ケーキもあるぞ」
おばあちゃんの家に行ったときだって、ここまでちやほやと食べ物を皿に盛られはしない。大狼先輩がこれもあれもと取り分けてくれたおかげで、すっかり満腹になってしまった。
「もう食べられません……」
「うまかったな」
ひとりだったら、まずこんなにたくさんの料理は食べられない。腹を抱えて唸る俺とは対照的に、大狼先輩はけろりとした顔で次々と皿を空にしていく。
俺以上の量をぺろりと涼しい顔で平らげてしまうあたり、いわゆる健啖家というやつなのだろう。これが普段からの鍛え方の違いだろうか。食後の水をがぶ飲みしつつ、大狼先輩の引き締まった腕の筋肉を、惚れ惚れとしながら盗み見る。
「大狼先輩、かなり鍛えてますよね。この間も雨なのにランニングしてましたし、運動部ですか?」
「運動部ってほど厳しくはないけど、ワンダーフォーゲル同好会に入ってる」
「ワンダーフォーゲル? 同好会?」
大狼先輩曰く、部員が十人以下の小規模な部活動は同好会と呼ばれるらしい。ワンダーフォーゲルというのは山岳部の親戚みたいなもので、年に何回か登山やクライミングに行く活動をしているということだった。
「幼なじみが山好きで、同好会がなくなったら困るからって頼まれて入ったんだ。興味はなかったんだけど、いざ登ってみると、山の景色とか空気の匂いとか気持ちが良くて、今は割とハマってる」
「へえ、そういうものなんですか」
幼なじみがいるのか。山に登るって、どんな感じなんだろう。
山の上から見る景色はきっときれいなんだろうなあと想像しつつ、俺は深々と感嘆のため息をつく。
「すごいなあ。俺も一回くらい登ってみたいです。体力がなくても行けそうな山が、どこかにあればいいんですけど」
興味はあれど、多分無理だろうなあと思いながら、そんなことを言ってみる。でも、大狼先輩は「試してみたらいい」と当たり前みたいに頷いてくれた。
「気になるものはとりあえずやってみたらいいさ。楽しいことはたくさんある方がいいだろ? 俺はそうしてる」
「じゃあ、俺もそうします!」
そんな調子で楽しくあちらこちらに話題を広げていると、時間はあっという間に過ぎていった。
帰り際にもらった来店記念のコースターには、海の旅路のマスコットキャラクターことマンボウのイラストが、でかでかと刻まれていた。会計を済ませて店の外へと出た後で、俺と大狼先輩は、ふたりそろって微妙な顔でコースターを見る。
「こういうのって主人公とかヒロインとかがもらえるのかと思ってました」
「ランダムなんじゃないか、多分」
まあ、嫌いではないから、いいということにしておこう。ゆるキャラの刻まれたコースターを大事にポケットへしまって、俺たちは店を後にした。
帰り道も会話は途切れなくて、すぐに駅に着いてしまったのが名残惜しく思えるくらいだった。帰りの電車の路線は別だということで、もう少し話していたい気持ちをぐっと飲み込み、俺は改札の前で深々と頭を下げる。
「今日は本当に楽しかったです! 誘ってくれてありがとうございました、大狼先輩」
「こちらこそ。海の旅路の話、たくさんできて嬉しかった。来てくれてありがとう、日辻」
そう言うなり、大狼先輩は控えめながらも本当に嬉しそうに笑ってくれた。
「飼育当番のときの日誌も、付き合ってくれてありがとう。交換日記みたいで楽しかった」
「あ、わ」
たくさん話したせいか喉は熱いし、楽しすぎて頬も手も熱くなっているのが自分で分かる。ただでさえそんな調子だったところに、大狼先輩がはにかむような笑顔を向けてくれるものだから、余計に全身が熱くなった。
「お、お礼を言うのは俺の方です。夏休みで一番の思い出になりました。日誌も、今日のことも」
「よかった。また連絡してもいいか?」
「もちろんです! 俺、ゲーム友だちって初めてで、本当に嬉しくて……! こちらこそ連絡させてください!」
食いつく勢いで頷いたところで、調子に乗りすぎたことを言ってしまった気がして、慌てて俺は口元を押さえて項垂れる。
「あ、いや、先輩に対して友だちって言うのは変かもしれないんですが」
「関係ないだろ、そこは。俺もゲームの話ができる友だち、初めてだ。すごく嬉しい」
噛み締めるように言われた言葉を聞き取るなり、照れやら嬉しさやらで、顔がどうしようもなく熱くなった。ついには変な汗まで出てきたところで、救いの声とばかりに、ホームに聞き慣れたアナウンスが流れてくる。
『三番線に列車が参ります。黄色い線の内側に立ってお待ちください』
「……この電車?」
促すように大狼先輩が尋ねてくれる。頷くと、大狼先輩は「気をつけてな」と朗らかに送り出してくれた。
「また学校で」
「はい、また」
当たり前のように告げられた「また」が嬉しくて、気を抜くと口元がにやけてしまう。
手を振る大狼先輩に背を向けて、俺はふらふらと夢見心地で電車に乗り込む。電車に揺られている間も、乗り込んだ電車が家の最寄り駅に着いてからも、自転車で家まで戻ってきてからも、夢でも見ているかのようなふわふわとした気分は変わらなかった。
部屋に戻って、楽しかったなあ、とコースターを眺めていたそのとき、ピコンとスマホに通知が入る。
大狼先輩からのメッセージだ。嬉しくて、どくりと心臓が跳ねた。
急いでトーク画面を開く。そこには飼育日誌を思い起こさせる、律儀な言葉がつづられていた。
――狼:今日は話せて嬉しかったです。来てくれてありがとうございました
――狼:初心者向けのハイキングにちょうどいい山、そういえば近くにあったことを思い出したので、送ります
「なんで敬語なんですか、先輩」
普通に喋ってくれていいと言ったのに。
でもこの律儀な感じが大狼先輩らしくてちょっと和む。
くふくふとひとりで笑いながら、大狼先輩が送ってくれたリンクを開く。かがりび山と書かれた観光案内のページだ。
「かがりび山かあ。たしかに」
運動部がよくトレーニングで登る山だ。地元の祭りのときにもかがり火が山頂へ点火されているのを見かけるし、なんなら家族連れがよく休みの日に遊びにいくくらいには身近な低山である。あまりにも近くにありすぎて思いつかなかったが、あそこなら俺でも挑戦できそうだ。
――羊:思いつきませんでした
――羊:今度行ってみます! かがりび山の入り口って、寺のそばでしたよね?
すいすい返信していると、即座に返事が返ってきた。
――狼:寺のそばからも入れますが、登山口は四つあって、季節によって見晴らしが結構変わります
――狼:今くらいの季節だと、寺側よりも疎水側から入った方が眺めがいいかもしれません
「そういうものなんだ」
ふんふんと頷きながら「ありがとうございます」と打とうとすると、それを制するように大狼先輩からメッセージがしゅぱっと入ってきた。
――狼:せっかくなら日辻の初めてのハイキングには一番景色のいいルートを体験してもらいたいので、同好会の人たちにも確認させてください
――羊:いいんですか? ありがとうございます!
――狼:初めてだと道が分かりにくいと思うので、よければ一緒に行きませんか
今日のコラボカフェのときと同じだ。大狼先輩は優しい。にやにやと勝手に口角が上がってきた。
――羊:ぜひお願いします!
晩ご飯に呼ばれるまでだらだらとメッセージをやりとりしたところで、俺はスマホを丁寧に机へ伏せた。
「ハイキングかあ」
どういうものなんだろう。でも大狼先輩と一緒なら、きっとなんでも楽しいだろう。
「灼熱チキン、見た目の割には辛くないですね」
「辛党なんだな。見た目通りに十分辛いぞ。こっちの闇鍋は甘くて普通にうまい」
「デザートみたいな味なんですね。鍋なのに!」
わやわやと語り合いながら、俺たちはゲームに出てくる料理を思う存分堪能する。
クリアしたばかりのゲームについて語り合える楽しさも相まって、箸も口も止まらない。こんなに楽しい食事は初めてだというくらいには、たくさん話しながら食べた気がする。はじめの緊張なんてすっかり忘れて、腹はち切れんばかりに食べてしまったのは、間違いなく大狼先輩が細々と世話を焼いてくれたせいだろう。
「これも食べるか、日辻」
「スパイス足すか?」
「ケーキもあるぞ」
おばあちゃんの家に行ったときだって、ここまでちやほやと食べ物を皿に盛られはしない。大狼先輩がこれもあれもと取り分けてくれたおかげで、すっかり満腹になってしまった。
「もう食べられません……」
「うまかったな」
ひとりだったら、まずこんなにたくさんの料理は食べられない。腹を抱えて唸る俺とは対照的に、大狼先輩はけろりとした顔で次々と皿を空にしていく。
俺以上の量をぺろりと涼しい顔で平らげてしまうあたり、いわゆる健啖家というやつなのだろう。これが普段からの鍛え方の違いだろうか。食後の水をがぶ飲みしつつ、大狼先輩の引き締まった腕の筋肉を、惚れ惚れとしながら盗み見る。
「大狼先輩、かなり鍛えてますよね。この間も雨なのにランニングしてましたし、運動部ですか?」
「運動部ってほど厳しくはないけど、ワンダーフォーゲル同好会に入ってる」
「ワンダーフォーゲル? 同好会?」
大狼先輩曰く、部員が十人以下の小規模な部活動は同好会と呼ばれるらしい。ワンダーフォーゲルというのは山岳部の親戚みたいなもので、年に何回か登山やクライミングに行く活動をしているということだった。
「幼なじみが山好きで、同好会がなくなったら困るからって頼まれて入ったんだ。興味はなかったんだけど、いざ登ってみると、山の景色とか空気の匂いとか気持ちが良くて、今は割とハマってる」
「へえ、そういうものなんですか」
幼なじみがいるのか。山に登るって、どんな感じなんだろう。
山の上から見る景色はきっときれいなんだろうなあと想像しつつ、俺は深々と感嘆のため息をつく。
「すごいなあ。俺も一回くらい登ってみたいです。体力がなくても行けそうな山が、どこかにあればいいんですけど」
興味はあれど、多分無理だろうなあと思いながら、そんなことを言ってみる。でも、大狼先輩は「試してみたらいい」と当たり前みたいに頷いてくれた。
「気になるものはとりあえずやってみたらいいさ。楽しいことはたくさんある方がいいだろ? 俺はそうしてる」
「じゃあ、俺もそうします!」
そんな調子で楽しくあちらこちらに話題を広げていると、時間はあっという間に過ぎていった。
帰り際にもらった来店記念のコースターには、海の旅路のマスコットキャラクターことマンボウのイラストが、でかでかと刻まれていた。会計を済ませて店の外へと出た後で、俺と大狼先輩は、ふたりそろって微妙な顔でコースターを見る。
「こういうのって主人公とかヒロインとかがもらえるのかと思ってました」
「ランダムなんじゃないか、多分」
まあ、嫌いではないから、いいということにしておこう。ゆるキャラの刻まれたコースターを大事にポケットへしまって、俺たちは店を後にした。
帰り道も会話は途切れなくて、すぐに駅に着いてしまったのが名残惜しく思えるくらいだった。帰りの電車の路線は別だということで、もう少し話していたい気持ちをぐっと飲み込み、俺は改札の前で深々と頭を下げる。
「今日は本当に楽しかったです! 誘ってくれてありがとうございました、大狼先輩」
「こちらこそ。海の旅路の話、たくさんできて嬉しかった。来てくれてありがとう、日辻」
そう言うなり、大狼先輩は控えめながらも本当に嬉しそうに笑ってくれた。
「飼育当番のときの日誌も、付き合ってくれてありがとう。交換日記みたいで楽しかった」
「あ、わ」
たくさん話したせいか喉は熱いし、楽しすぎて頬も手も熱くなっているのが自分で分かる。ただでさえそんな調子だったところに、大狼先輩がはにかむような笑顔を向けてくれるものだから、余計に全身が熱くなった。
「お、お礼を言うのは俺の方です。夏休みで一番の思い出になりました。日誌も、今日のことも」
「よかった。また連絡してもいいか?」
「もちろんです! 俺、ゲーム友だちって初めてで、本当に嬉しくて……! こちらこそ連絡させてください!」
食いつく勢いで頷いたところで、調子に乗りすぎたことを言ってしまった気がして、慌てて俺は口元を押さえて項垂れる。
「あ、いや、先輩に対して友だちって言うのは変かもしれないんですが」
「関係ないだろ、そこは。俺もゲームの話ができる友だち、初めてだ。すごく嬉しい」
噛み締めるように言われた言葉を聞き取るなり、照れやら嬉しさやらで、顔がどうしようもなく熱くなった。ついには変な汗まで出てきたところで、救いの声とばかりに、ホームに聞き慣れたアナウンスが流れてくる。
『三番線に列車が参ります。黄色い線の内側に立ってお待ちください』
「……この電車?」
促すように大狼先輩が尋ねてくれる。頷くと、大狼先輩は「気をつけてな」と朗らかに送り出してくれた。
「また学校で」
「はい、また」
当たり前のように告げられた「また」が嬉しくて、気を抜くと口元がにやけてしまう。
手を振る大狼先輩に背を向けて、俺はふらふらと夢見心地で電車に乗り込む。電車に揺られている間も、乗り込んだ電車が家の最寄り駅に着いてからも、自転車で家まで戻ってきてからも、夢でも見ているかのようなふわふわとした気分は変わらなかった。
部屋に戻って、楽しかったなあ、とコースターを眺めていたそのとき、ピコンとスマホに通知が入る。
大狼先輩からのメッセージだ。嬉しくて、どくりと心臓が跳ねた。
急いでトーク画面を開く。そこには飼育日誌を思い起こさせる、律儀な言葉がつづられていた。
――狼:今日は話せて嬉しかったです。来てくれてありがとうございました
――狼:初心者向けのハイキングにちょうどいい山、そういえば近くにあったことを思い出したので、送ります
「なんで敬語なんですか、先輩」
普通に喋ってくれていいと言ったのに。
でもこの律儀な感じが大狼先輩らしくてちょっと和む。
くふくふとひとりで笑いながら、大狼先輩が送ってくれたリンクを開く。かがりび山と書かれた観光案内のページだ。
「かがりび山かあ。たしかに」
運動部がよくトレーニングで登る山だ。地元の祭りのときにもかがり火が山頂へ点火されているのを見かけるし、なんなら家族連れがよく休みの日に遊びにいくくらいには身近な低山である。あまりにも近くにありすぎて思いつかなかったが、あそこなら俺でも挑戦できそうだ。
――羊:思いつきませんでした
――羊:今度行ってみます! かがりび山の入り口って、寺のそばでしたよね?
すいすい返信していると、即座に返事が返ってきた。
――狼:寺のそばからも入れますが、登山口は四つあって、季節によって見晴らしが結構変わります
――狼:今くらいの季節だと、寺側よりも疎水側から入った方が眺めがいいかもしれません
「そういうものなんだ」
ふんふんと頷きながら「ありがとうございます」と打とうとすると、それを制するように大狼先輩からメッセージがしゅぱっと入ってきた。
――狼:せっかくなら日辻の初めてのハイキングには一番景色のいいルートを体験してもらいたいので、同好会の人たちにも確認させてください
――羊:いいんですか? ありがとうございます!
――狼:初めてだと道が分かりにくいと思うので、よければ一緒に行きませんか
今日のコラボカフェのときと同じだ。大狼先輩は優しい。にやにやと勝手に口角が上がってきた。
――羊:ぜひお願いします!
晩ご飯に呼ばれるまでだらだらとメッセージをやりとりしたところで、俺はスマホを丁寧に机へ伏せた。
「ハイキングかあ」
どういうものなんだろう。でも大狼先輩と一緒なら、きっとなんでも楽しいだろう。

