* * *
【八月五日 夕方 雨】
夕方当番より、朝当番へ。
夕立に降られました。雷が鳴っているのでヤギたちは若干そわついています。食欲はいつも通りでした。
海の旅路の闇堕ち疑惑についてはノーコメントで。右肩上がりの面白さなのは間違いありません。今言えるのはこれだけです。
下手に書くと止まらなくなりそうなので今日は日誌も最短でまとめておくことにします。
今、最終章まで来ました。先で待っています。
(狼)
* * *
(先輩は、もうクリアしてるころだろうな)
何を書いてもネタバレになってしまうとでも言いたげな走り書きの日誌は、見ていると自然と苦笑が浮かんでくる。
気が急く気持ちはよく分かる。非常によく分かる。俺自身、寝る間も惜しんで進めているゲームのことで昼も夜も頭がいっぱいだ。ストーリーにせよシステムにせよ、いますぐ狼先輩と語りたくてたまらない。
すっかり習慣になってしまった日誌の返事をいつも通りに書こうとして、ふと俺はペンを止めた。
(大狼先輩からの返事をもらえるのは、今日の分で最後なのか)
ゲームの話をもっとしたかった。できることならお互いクリアしたあとに、思う存分語り合いたかった。でも、さすがにもう間に合わない。
面倒だと思っていた飼育当番が、この日誌のおかげで楽しいものになったのだと、せめて感謝だけでも伝えておこう。
* * *
【八月六日 朝 霧】
朝当番より、夕方当番へ。
今日は珍しく霧が出ていました。人間は視界が悪くて大変ですが、ヤギたちは特に気にしていないようです。
海の旅路、最短でストーリーを進めるつもりが、やっぱりサブクエも楽しくてついつい寄り道をしてしまっています。
できることならクリアして即感想を語り合いたかったですが、ぎりぎり間に合いそうにありません。悔しいです。臨時当番でしかないことが残念で仕方ありません。
明日の朝が俺の当番の最後です。初日は飼育当番なんてとんでもないと思っていましたが、夕方当番さんがこうしてやり取りをしてくれたおかげで、今週はずっと朝が楽しみでした。夏休みの中で一番楽しい時間になること間違いなしです。付き合ってくれてありがとうございました。
もしよければ
* * *
そこまで書いたところで、ぴたりとペンが止まってしまった。
『もしよければ』……なんだろう。
自分でも何を書こうとしたのか、よく分からない。
もしよければもっと話してみたい。
もしよければ会ってみたい。
それとも、もしよければ連絡ください?
考えれば考えるほど分からなくなってくる。
とりあえずシンプルに連絡先を書こうかとも思ったけれど、結局最後の最後で勇気が出なくて、書くのをやめた。
ほんのちょっと気まぐれにやり取りをしただけの相手に連絡くださいと言われたって、先輩も困ってしまうかもしれない。それに、話したいと思っているのは自分だけかもしれない。
勇気を出せない言い訳だったら、いくつだって思い浮かぶ。情けないと思いつつも、出だしだけ書いてしまった文言をぐしゃぐしゃと黒く塗りつぶした。ごまかすように、羊のサインをいつもより大きめに描いておく。先輩への感謝を込めて、笑顔の羊だ。
明日の飼育当番が終われば、いつも通りの夏休みに戻る。ちょっと寂しいけれど穏やかで、特に予定もない、のんびりとした夏休みだ。
一週間だけの短い間だったけれど、大狼先輩のおかげで楽しい思い出ができた。それだけで十分だ。
(そうだ。十分すぎるじゃないか。これ以上の贅沢を言ったらバチが当たる)
自分にそう言い聞かせながら、ほんのり寂しい気持ちで日誌を閉じる。
すっかり慣れてしまったエサやりルーティンをこなして家に帰れば、あっという間に六日目の当番は終わってしまった。あとは明日、エサやりをこなせば全部終わりだ。
そう思ったのに、大狼先輩はいつも俺の想像を超えてくる。
次の日、ヤギ小屋に足を運んだ俺が目にしたものは、短く迷いのない、きっぱりとした文章だった。
* * *
【八月六日 夕方 晴れ】
夕方当番より、朝当番へ。
メイとジューンは元気です。天気が良かったので牧場まで草を食べさせに連れて行きました。
飼育当番、一週間おつかれさまでした。こちらこそ、夕方はいつも楽しい時間になっていました。
朝当番さんともっと話したいです。
コラボカフェに興味はありませんか。海の旅路の後編発売記念に、近くのカフェで旅路コラボイベントが開催されているらしいです。ゲームの中に出てきた灼熱チキンが食べられるらしいので、行ってみようと思っているんですが、よければ一緒に行きませんか。
もし興味があれば連絡ください。
(狼)
* * *
ラストには、堂々とRINEのIDが残されていた。もっと話したいだなんて言ってもらえると思わなかったからびっくりして、俺は思わず目を見開く。
「コラボカフェ……?」
何それ面白そう。
最初に日誌へ返事をくれたことといい、さらりと対面での遊びに誘ってくれることといい、大狼先輩はいつも俺の「いつも通り」を嬉しい意味で壊してくれる。
嬉しくて震える手で日誌に自分のIDを書こうとして、直後にスマホで送ればいいだけだと思い至った。手打ちで大狼先輩のIDを打ち込んで、短いメッセージを送る。
――羊: こんにちは。一年の日辻です
適当に設定した羊の間抜け顔写真が、今になって恥ずかしくなってきた。
送信したあとで、そういえば向こうは俺のことを日辻だとは知らないはずだと気づいて、慌てて文言を付け足しにかかる。
――羊: ヤギのエサやりの、朝当番の羊です
焦りすぎてよく分からない文章になってしまった。
――羊: 旅路シリーズのコラボカフェ、行きたいです
朝っぱらからメッセージを送るなんて迷惑じゃないだろうか。何も考えていなかった。
嬉しくてつい送ってしまいましたと言い訳がましい文を打とうとしたそのとき、送ったメッセージが一気に全部既読になってしまう。
「うわ! うわ、どうしよう」
焦ったところで何もできない。俺は深呼吸をして、食い入るようにトーク画面を見つめた。
――狼: 連絡ありがとう
――狼: 嬉しいです
――狼: 行きましょう
大狼先輩のアイコンは、愛嬌のある顔をしたハスキーの写真だった。俺も動物園で撮った羊をアイコンにしているから人のことは言えないけれど、大狼先輩もたいがい適当な人だ。
ぽんぽんと短いメッセージが届いたと思ったら、そのあとすぐに、見慣れた旅路シリーズのキャラクターたちが載った、コラボカフェのリンクが送られてきた。
――狼: 水曜日の十一時はどうですか
カレンダーを見る。
今日は日曜日だから、三日後だ。予定よりもゆっくりゲームを進めているとはいえ、それまでにはクリアできるだろう。
――羊: 大丈夫です
返信した途端に、にこにこと笑う旅路シリーズのモンスターのスタンプがぽこりと返ってきた。
――狼: 場所が分かりにくいので、まほろば駅の前で待ち合わせをしましょう
――狼: 楽しみにしています
「うわ! わぁ! 本当に⁉」
意味もなくひとりで慌てふためく。じわじわと湧き上がってくる喜びに、思わずスマホを取り落としそうだった。
――羊: 俺も楽しみです
――羊: よろしくお願いします
どうにかこうにか一言返し、俺はへなへなとヤギ小屋の中にへたり込む。突然座り込んだ世話係を訝しんだのか、二匹のヤギたちがのそのそと心配そうに近づいてきてくれた。
「あ、大丈夫。嬉しくて、力が抜けちゃっただけ。ありがとうな」
「メエエ?」
鼻先を寄せてきたヤギたちを撫でながら、にやにやと俺は報告する。
「俺さ、夏休みの予定できちゃったよ! メイとジューンも、エサやりは今日で終わりだな。一週間ありがとう。またね」
飼育当番は終わりだけれど、大狼先輩とのやり取りは終わりじゃない。どれだけそれが俺にとって嬉しいことか、言葉では表現できないくらいだ。
約束の日までにゲームをばっちりクリアしておきたいし、気合いを入れなければ。
その日の夜は、とてもいい夢が見られた。
【八月五日 夕方 雨】
夕方当番より、朝当番へ。
夕立に降られました。雷が鳴っているのでヤギたちは若干そわついています。食欲はいつも通りでした。
海の旅路の闇堕ち疑惑についてはノーコメントで。右肩上がりの面白さなのは間違いありません。今言えるのはこれだけです。
下手に書くと止まらなくなりそうなので今日は日誌も最短でまとめておくことにします。
今、最終章まで来ました。先で待っています。
(狼)
* * *
(先輩は、もうクリアしてるころだろうな)
何を書いてもネタバレになってしまうとでも言いたげな走り書きの日誌は、見ていると自然と苦笑が浮かんでくる。
気が急く気持ちはよく分かる。非常によく分かる。俺自身、寝る間も惜しんで進めているゲームのことで昼も夜も頭がいっぱいだ。ストーリーにせよシステムにせよ、いますぐ狼先輩と語りたくてたまらない。
すっかり習慣になってしまった日誌の返事をいつも通りに書こうとして、ふと俺はペンを止めた。
(大狼先輩からの返事をもらえるのは、今日の分で最後なのか)
ゲームの話をもっとしたかった。できることならお互いクリアしたあとに、思う存分語り合いたかった。でも、さすがにもう間に合わない。
面倒だと思っていた飼育当番が、この日誌のおかげで楽しいものになったのだと、せめて感謝だけでも伝えておこう。
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【八月六日 朝 霧】
朝当番より、夕方当番へ。
今日は珍しく霧が出ていました。人間は視界が悪くて大変ですが、ヤギたちは特に気にしていないようです。
海の旅路、最短でストーリーを進めるつもりが、やっぱりサブクエも楽しくてついつい寄り道をしてしまっています。
できることならクリアして即感想を語り合いたかったですが、ぎりぎり間に合いそうにありません。悔しいです。臨時当番でしかないことが残念で仕方ありません。
明日の朝が俺の当番の最後です。初日は飼育当番なんてとんでもないと思っていましたが、夕方当番さんがこうしてやり取りをしてくれたおかげで、今週はずっと朝が楽しみでした。夏休みの中で一番楽しい時間になること間違いなしです。付き合ってくれてありがとうございました。
もしよければ
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そこまで書いたところで、ぴたりとペンが止まってしまった。
『もしよければ』……なんだろう。
自分でも何を書こうとしたのか、よく分からない。
もしよければもっと話してみたい。
もしよければ会ってみたい。
それとも、もしよければ連絡ください?
考えれば考えるほど分からなくなってくる。
とりあえずシンプルに連絡先を書こうかとも思ったけれど、結局最後の最後で勇気が出なくて、書くのをやめた。
ほんのちょっと気まぐれにやり取りをしただけの相手に連絡くださいと言われたって、先輩も困ってしまうかもしれない。それに、話したいと思っているのは自分だけかもしれない。
勇気を出せない言い訳だったら、いくつだって思い浮かぶ。情けないと思いつつも、出だしだけ書いてしまった文言をぐしゃぐしゃと黒く塗りつぶした。ごまかすように、羊のサインをいつもより大きめに描いておく。先輩への感謝を込めて、笑顔の羊だ。
明日の飼育当番が終われば、いつも通りの夏休みに戻る。ちょっと寂しいけれど穏やかで、特に予定もない、のんびりとした夏休みだ。
一週間だけの短い間だったけれど、大狼先輩のおかげで楽しい思い出ができた。それだけで十分だ。
(そうだ。十分すぎるじゃないか。これ以上の贅沢を言ったらバチが当たる)
自分にそう言い聞かせながら、ほんのり寂しい気持ちで日誌を閉じる。
すっかり慣れてしまったエサやりルーティンをこなして家に帰れば、あっという間に六日目の当番は終わってしまった。あとは明日、エサやりをこなせば全部終わりだ。
そう思ったのに、大狼先輩はいつも俺の想像を超えてくる。
次の日、ヤギ小屋に足を運んだ俺が目にしたものは、短く迷いのない、きっぱりとした文章だった。
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【八月六日 夕方 晴れ】
夕方当番より、朝当番へ。
メイとジューンは元気です。天気が良かったので牧場まで草を食べさせに連れて行きました。
飼育当番、一週間おつかれさまでした。こちらこそ、夕方はいつも楽しい時間になっていました。
朝当番さんともっと話したいです。
コラボカフェに興味はありませんか。海の旅路の後編発売記念に、近くのカフェで旅路コラボイベントが開催されているらしいです。ゲームの中に出てきた灼熱チキンが食べられるらしいので、行ってみようと思っているんですが、よければ一緒に行きませんか。
もし興味があれば連絡ください。
(狼)
* * *
ラストには、堂々とRINEのIDが残されていた。もっと話したいだなんて言ってもらえると思わなかったからびっくりして、俺は思わず目を見開く。
「コラボカフェ……?」
何それ面白そう。
最初に日誌へ返事をくれたことといい、さらりと対面での遊びに誘ってくれることといい、大狼先輩はいつも俺の「いつも通り」を嬉しい意味で壊してくれる。
嬉しくて震える手で日誌に自分のIDを書こうとして、直後にスマホで送ればいいだけだと思い至った。手打ちで大狼先輩のIDを打ち込んで、短いメッセージを送る。
――羊: こんにちは。一年の日辻です
適当に設定した羊の間抜け顔写真が、今になって恥ずかしくなってきた。
送信したあとで、そういえば向こうは俺のことを日辻だとは知らないはずだと気づいて、慌てて文言を付け足しにかかる。
――羊: ヤギのエサやりの、朝当番の羊です
焦りすぎてよく分からない文章になってしまった。
――羊: 旅路シリーズのコラボカフェ、行きたいです
朝っぱらからメッセージを送るなんて迷惑じゃないだろうか。何も考えていなかった。
嬉しくてつい送ってしまいましたと言い訳がましい文を打とうとしたそのとき、送ったメッセージが一気に全部既読になってしまう。
「うわ! うわ、どうしよう」
焦ったところで何もできない。俺は深呼吸をして、食い入るようにトーク画面を見つめた。
――狼: 連絡ありがとう
――狼: 嬉しいです
――狼: 行きましょう
大狼先輩のアイコンは、愛嬌のある顔をしたハスキーの写真だった。俺も動物園で撮った羊をアイコンにしているから人のことは言えないけれど、大狼先輩もたいがい適当な人だ。
ぽんぽんと短いメッセージが届いたと思ったら、そのあとすぐに、見慣れた旅路シリーズのキャラクターたちが載った、コラボカフェのリンクが送られてきた。
――狼: 水曜日の十一時はどうですか
カレンダーを見る。
今日は日曜日だから、三日後だ。予定よりもゆっくりゲームを進めているとはいえ、それまでにはクリアできるだろう。
――羊: 大丈夫です
返信した途端に、にこにこと笑う旅路シリーズのモンスターのスタンプがぽこりと返ってきた。
――狼: 場所が分かりにくいので、まほろば駅の前で待ち合わせをしましょう
――狼: 楽しみにしています
「うわ! わぁ! 本当に⁉」
意味もなくひとりで慌てふためく。じわじわと湧き上がってくる喜びに、思わずスマホを取り落としそうだった。
――羊: 俺も楽しみです
――羊: よろしくお願いします
どうにかこうにか一言返し、俺はへなへなとヤギ小屋の中にへたり込む。突然座り込んだ世話係を訝しんだのか、二匹のヤギたちがのそのそと心配そうに近づいてきてくれた。
「あ、大丈夫。嬉しくて、力が抜けちゃっただけ。ありがとうな」
「メエエ?」
鼻先を寄せてきたヤギたちを撫でながら、にやにやと俺は報告する。
「俺さ、夏休みの予定できちゃったよ! メイとジューンも、エサやりは今日で終わりだな。一週間ありがとう。またね」
飼育当番は終わりだけれど、大狼先輩とのやり取りは終わりじゃない。どれだけそれが俺にとって嬉しいことか、言葉では表現できないくらいだ。
約束の日までにゲームをばっちりクリアしておきたいし、気合いを入れなければ。
その日の夜は、とてもいい夢が見られた。

