羊くんと狼先輩の交換日誌

(何だこれ。えっ、返事? 俺に?)
 
 ヤギ小屋に入った時から、何かおかしいなあとは思っていたのだ。
 まず、ヤギたちの牧草入れに入っている牧草の量が、昨日からほとんど減っていない。いくら昨日入れ直したばかりとはいえ、不自然すぎる。
 次に、倉庫の奥に返したはずの日誌が、入り口のすぐ隣に置かれていた。まるで読んでくださいと言わんばかりだ。
 開いてみたら、案の定。昨日は真っ白だったはずのページに、自分の字ではない文字が増えていたというわけだ。

(こんな古い日誌、俺以外に読む人いたんだ)
 
 思いがけない返事が来てしまったものだから、思わず途方に暮れてしまう。誰もいないと思って風呂場で気持ちよく歌っていたら、どこからともなく声が聞こえてきて、勝手にハモられてしまったような複雑な気分だ。別にいいんだけど、落ち着かない。

(ていうか、なんで狼?)
 
 ページの下に描かれた妙に味のある狼のイラストを見て、俺はひとりで首を傾げる。
 こっちが羊の絵なんて描いたものだから、気を遣ってくれたんだろうか。そう思ったら、ちょっとくすぐったい気分になった。
 ぶっきらぼうな字の向こう側にいるのが先輩なのか同学年の生徒なのかも分からなくて、変にそわそわしてしまう。

(先輩かな)

 なんとなく直感でそう思った。ヤギのことに詳しそうだし、きっとそうだ。
 不思議なもので、日誌を読んだ当初は驚きの方が先に来ていたのに、返事が来たという事実を噛みしめるにつれて、じわじわと嬉しさみたいなものが湧き上がってきた。
 エサやり当番なんて面倒なだけだと思っていたけれど、夕方にはどこかの誰かが、俺と同じ場所で頑張っているのだ。そう思ったら、ちょっとした仲間意識というか、元気も出るというものだ。
 日誌に書かれた短い文を何度も見直していると、『なに見てるのー?』と言わんばかりにメイがひょこりと横から覗き込んできた。うっかりするとそのままむしゃりと紙を食べてしまいそうな距離感に、慌てて俺は日誌をメイから遠ざける。

「わっ! 食べないでよ、メイ!」
「メエェ!」

 失礼な、と不満を言うように、メイが低い鳴き声を漏らす。メイに続くようにジューンまでもが不満げにメエメエ鳴くものだから、俺はばたばたと急かされるようにして朝のエサやりの準備を始めた。
 
「ごめんって、すぐご飯にするからさ」
 
 とりあえず、何を考えるにしても当番の仕事を済ませてからだ。
 不慣れとはいえ、二日目ともなればある程度の手順も分かってくる。栄養たっぷりのペレットをエサ箱に入れ、二匹が食べている間にえっちらおっちらと小屋の中を掃除したら、朝の世話は完了だ。
 ふさふさの毛並みに惹かれて手を伸ばすと、ヤギたちはどうでもよさそうに白い毛皮を撫でさせてくれた。高校で飼われているだけあって、人の手なんて多分どうでもいいのだろう。撫でられ慣れているのはいいけれど、気持ちいいのか悪いのか、犬猫と同じくらい分かりやすく反応してくれたらいいのに。
 ひとしきりヤギたちを撫でたところで、俺はスマホで調べものをしてみた。

「……本当だ。『海の旅路』の後編、八月四日発売って書いてある」

 クマのできた目元を指でぐりぐりほぐしつつ、俺はほっと安堵のため息を吐いた。

(よかったぁ……! あれで終わりじゃなかったんだ!)
 
 夏休みの間ゆっくり進めようと思っていたのに、ストーリーが面白過ぎて、うっかり昨日は徹夜でゲームをクリアしてしまったのだ。重い過去のありそうなヒロインが主人公に薬を盛った挙句、どこぞへと消えてしまうという不穏すぎるエンディングに辿り着いてしまったものだから、そんなことってあるかよと思って、飼育当番に来る前にちょうどコントローラーを放り投げてきたばかりだった。
 残りの夏休みをどう過ごしたものかと絶望していたけれど、後編が出てくれるなら安心だ。

(狼先輩に感謝だな)

 下手うまな狼のイラストを拝みつつ、俺はいそいそとペンを取る。
 なんでこんな当番を引き受けちゃったんだろうと投げやりになっていた昨日とは打って変わって、思いがけない返事をもらったおかげか、気持ちがちょっとばかり浮かれていた。

 * * *
 
【八月二日 朝 くもり】
 朝当番より、夕方当番へ。
 メイもジューンも問題なく朝ごはんを食べていました。日誌を食べられそうになって抗議したら逆に抗議してくるくらいには元気です。
 せっかくなのでヤギたちとも仲良くなりたいのですが、どこを撫でても表情を変えないので難しいです。
 
 海の旅路、昨日続きが気になりすぎて徹夜でクリアしてしまいました。続編が出るとは知りませんでした。教えてくれてありがとうございます。ヒロインが主人公に睡眠薬をキスで飲ませたと思ったらパーティー離脱しちゃったんですが、あんな終わり方ってありかよと泣きそうになりました。続編がすぐに出てくれて本当に良かったです。
 さすがに眠いので帰って寝ます。

(羊)
 
 * * *

「よし」

 力強い狼さんの字と比べると、自分のひょろっちい字がみすぼらしく思えたけれど、まあいいだろう。

(なんか、交換日記みたいだな)
 
 にまにま笑いながら、俺は丁重に日誌を元の場所に戻した。知らない相手との交換日記なんて、なかなか刺激的な夏休みになりそうだ。
 面倒なだけだった飼育当番のはずなのに、その日以来、エサやりにくるのは俺の毎日の楽しみになった。