扉が開くや否や、中にいた数人の生徒が、不思議そうに顔を上げてこちらを見る。
写真同好会というだけあって、中にいる人たちの手元には、プロのカメラマンが持っていそうな立派な一眼レフのカメラがちらほら見えた。
教室の奥には、長い髪を靡かせた女性が、七色に色を変える夕暮れの浜辺を歩いている写真が飾られている。WOMANというタイトルが掲げられた写真はいかにも神秘的で、すうっと視線を吸い寄せられた。
見惚れていると、横から得意げに狐崎くんが口を出してくる。
「きれいだろ。あれ、俺の彼女なんだ」
「彼女? えっ? じゃああの写真、狐崎くんが撮ったの? ていうか狐崎くん、写真部だったの⁉︎ 運動部だと思ってた」
全然知らなかった。てっきりサッカーとかテニスとか、そのあたりの花形っぽい部活に入っているとばかり思っていたのに。
写真と狐崎くんを交互に何度も見ながら戸惑っていると、狐崎くんは照れくさそうに口角を上げた。
「よく言われる。でも俺、運動よりも写真撮る方が、昔っから好きなんだよね。彼女と知り合ったのも、インスタでお互いの作品にびびっと来たからだし」
「そうだったんだ……!」
見た目で勝手に体育会系だろうと決めつけていた。目を白黒とさせていたそのとき、黒ぶちメガネの真面目そうな先輩が控えめに声を掛けてきた。
「こんにちは。一年生? 入会希望者かな? 写真に興味あるの?」
「あ、いや、俺はその……」
期待のこもった眼差しが痛い。助けを求めて狐崎くんを見ると、狐崎くんはウインクをして、「はい、部長!」と堂々と言い放った。
「俺のクラスメイトで、入会候補者です!」
「ええ⁉ いつの間にそうなったの……?」
おろおろとする俺と、悪びれない狐崎くんを見て、部長と呼ばれた先輩は、事情を察したかのように苦笑いを浮かべた。
「無理強いしちゃダメだよ、狐崎くん。いくら同好会消滅の危機っていっても、興味のない人を無理やり引っ張ってきたら可哀想じゃないか」
「消滅の危機?」
おうむ返しに問い返すと、部長さんは悲しそうに眉尻を下げた。
「同好会って、最低でも部員が六人いるんだよ。僕たちの代が卒業したら二人抜けちゃうんだけど、今の一年生は狐崎くんしかいないから……。もし他に誰も入ってくれなかったら、来年には写真同好会は解散になっちゃうんだ」
「そ、そうなんですか……」
狐崎くんが言っていた「人数が足りない」という意味が腑に落ちる。なんでいきなり引きずってこられたのかと思ったら、勧誘活動の一環だったということか。
ちらりと目を向けると、狐崎くんは話が早いとばかりに頷いた。
「春学期のときから日辻には目ぇつけてたんだよね。夏休み明けてもフリーだったら声かけてみようと思ってたんだ」
何がなにやら。立ち尽くす俺の背を押して、ぐいぐいと狐崎くんは視聴覚準備室の奥へと俺を導いていく。
「はい。これ持って」
渡されたのは、一台のデジタル一眼レフカメラだった。どうやら狐崎くんのマイカメラらしい。壊したらどうしようかとはらはらする俺に構わず、狐崎くんは楽しそうに使い方を教えてくれた。
「左手でレンズを支えて、人差し指はシャッターね。半押しでピント合わせ、全押しで撮影な。スマホのカメラでもいいんだけど、こういうカメラも楽しいもんだよ。とりあえず撮ってみようか。人と動物と花だったら、日辻はどれが一番好き?」
なんだその選択肢は。
そう思いつつも、俺は「ど、動物かな?」と反射的に答えてしまう。
「動物な! なら飼育小屋に行こうか」
「俺、写真とか全然分からないよ」
「大丈夫大丈夫。はじめはみんな初心者だから」
狐崎くんの勢いに押されて、俺たちはさっそく飼育小屋に足を運んだ。
促されるまま、俺はヤギのメイとジューンに向かってカメラを構え、ぎこちなくシャッターを切ってみる。
「いいね。ちゃんとピント合ってるじゃん」
何枚か撮ってみたところで、狐崎くんは画面を横から覗き込み、手慣れた様子でプレビュー画面を流し見ていく。
「被写体を真ん中に置くのもいいけど、対角線に置くような構図にすると、動きが出て面白いんだよ」
「こうかな」
「うまいうまい」
狐崎くんの教え方はうまかった。アドバイス通りに撮るだけで、エモい写真ができあがっていく。カメラを構えながら、俺はにやけそうになる顔を必死で引き締めていた。
『海の旅路』でも、サブクエストで写真を集めていくイベントがよく出てきた。ゲームの中の主人公たちもこんな気分だったのかなと思うと、なんとなく楽しくなってくる。
「日辻が撮ると、ヤギたちが近いな」
「そう?」
「そうだよ。ほら、俺の撮ったのと比べてみ? 全然距離感が違うだろ?」
楽しそうに狐崎くんがプレビュー画面を指差してくる。
言われてみれば、俺が撮った写真はヤギたちのドアップ写真が多かった。メイとジューンときたら、俺がカメラを構えるたびにいそいそと寄ってくるので、嫌でも寄り構図になってしまうのだ。
うんざりしつつ、俺は「飼育当番してたときもそうだったんだ」とぼそりと零す。
「俺が中で作業してると、すぐ一緒に見ようとしてきてさ。メイもジューンも、いつもちょっかい出してくるんだ」
「気に入られたんじゃないか? 日辻、静かだから落ち着くんだろ」
狐崎くんはにこにこしながらそう言って、「俺、写真のこういうところが好きなんだよな」と子どもみたいに目を輝かせた。
「写真の中に、撮った人がそのまま見えるっつーの? その人がどんな風に世界を見てるのかとか、被写体とどんな関係なのかとか、そういうものがそのまま映る。気持ちごと景色を切り取ってるみたいで、わくわくするんだ」
目を細めながら語る狐崎くんを、思わず俺はまじまじ見つめる。そんな目で写真を見たことがなかったから、新鮮だった。
俺の視線に気づいたのか、狐崎くんは照れくさそうに目を逸らすと、茶化すようにへらりと微笑む。
「ちょっとポエミーかな? でも、楽しくない? もし興味持ってくれたら、日辻も写真同好会に入ってよ。月に一回みんなで撮影会やるくらいで、活動日も特にないし。無理にとは言わないけど、俺、この同好会が結構好きでさ。続いてくれたら嬉しいなと思ってるんだ。別に一眼レフじゃなくても、スマホのカメラでも写真は撮れるし!」
「写真かあ……」
どうしよう。
借り物のカメラに視線を落とし、俺は眉根を寄せて考え込む。
特別写真に興味はない。でも、狐崎くんの言った、気持ちごと切り取るという言葉には、ちょっと心惹かれるものがあった。
悩んだ挙句に思い出したのは、ついこの間、大狼先輩が言っていた言葉だった。
『気になるものはとりあえずやってみたらいいさ。楽しいことはたくさんある方がいいだろ?』
俺も、やってみてもいいのだろうか。
ごくりと唾を飲み込んで、俺はおずおずと顔を上げる。
「俺、本当に初心者なんだけど、大丈夫かな……?」
「もちろん! でも、いいのか?」
きらりと目を輝かせた後で、狐崎くんは思い出したように付け加えた。
「連れてきておいてなんだけど、無理してないよな? 俺、せっかちだからいつもこうなんだけど、興味なかったら全然断ってくれても大丈夫だよ?」
「ううん。撮らせてもらって楽しかったから、やってもいいならやってみたいんだ。でも、今の時期から同好会に入るのって変じゃないかな」
「変なもんか。俺もいるし、元々人数も少ないし、平気平気! 来たいときだけ来たっていいし、撮影会のときに嫌でも顔合わせるから、すぐ馴染むよ。もし気まずくても、先輩たちと顔合わせるのも部活のときだけだしな」
「よかった」
ほっと胸を撫でおろす。
嬉しそうな狐崎くんと連れ立って視聴覚準備室へと戻ると、写真同好会の面々はあたたかく俺の入会を歓迎してくれた。スマホでも面白い撮り方ができるのだと親切に色々と教えてもらえたし、なかなか楽しそうだ。
忙しない一日を終えたその日の夜、俺はぼんやりと窓から空を見上げてみた。
今日は月が明るいから、空もきれいな藍色に見える。青より深く暗い色を見ているうちに、俺は自然と『海の旅路』を思い出していた。
写真って楽しいものなんですねと、大狼先輩に話してみたい。でも、今日みたいな偶然でもない限り、部活も委員会も違う大狼先輩と校内で顔を合わせる機会はきっとなかなか来ないだろう。
先輩たちと顔を合わせるのも部活のときだけだと狐崎くんは言った。その通りだと思う。
ハイキングのときにはまた話せるけれど、それから後にも会う機会はあるんだろうか。落ち込みかけたその時、ポケットの中でスマホが短く震えた。
――狼:日曜日は快晴みたいです
――狼:急ですが、予定がなければ、かがりび山へ登りませんか
(大狼先輩だ!)
通知を見た瞬間、ぱあっと表情が明るくなるのが自分で分かった。先ほどまでのもやもやとした気持ちが、みるみるうちに晴れていく。
――羊:暇です! 登りたいです!
――狼:よかったです
待ち合わせの場所と時間を決めたあとも、ぽつり、ぽつりと今日あったことを短く話す。廊下で会ったあと、大狼先輩は有馬先輩と一緒に走り込みに行っていたらしい。俺もあの後写真同好会に入ることになったという旨を報告すると、ぽこぽこと短いメッセージが立て続けに返ってきた。
――狼:『海の旅路』と一緒ですね
――狼:牧場で写真撮影をするの
――狼:羨ましい
――狼:俺も一緒に撮りたかったです
「いひひ」
見た瞬間、気持ちの悪い笑い声が口から勝手にこぼれていた。
大狼先輩も、やっぱり俺と同じことを考えたらしい。ヤギたち相手にカメラを向けるというのは、『海の旅路』の序盤で主人公たちがカメラを託される場面そっくりなのだ。あの場にいたなら、大狼先輩も間違いなく俺と同じようにこっそりにやけていたことだろう。
吹き出しそうになりつつ返信をして、ひと段落ついたところで、俺はスマホを抱えてベッドの上へと転がった。
(楽しみだなあ)
ハイキング自体も楽しみだし、大狼先輩とまた話せるのも楽しみだった。
写真同好会というだけあって、中にいる人たちの手元には、プロのカメラマンが持っていそうな立派な一眼レフのカメラがちらほら見えた。
教室の奥には、長い髪を靡かせた女性が、七色に色を変える夕暮れの浜辺を歩いている写真が飾られている。WOMANというタイトルが掲げられた写真はいかにも神秘的で、すうっと視線を吸い寄せられた。
見惚れていると、横から得意げに狐崎くんが口を出してくる。
「きれいだろ。あれ、俺の彼女なんだ」
「彼女? えっ? じゃああの写真、狐崎くんが撮ったの? ていうか狐崎くん、写真部だったの⁉︎ 運動部だと思ってた」
全然知らなかった。てっきりサッカーとかテニスとか、そのあたりの花形っぽい部活に入っているとばかり思っていたのに。
写真と狐崎くんを交互に何度も見ながら戸惑っていると、狐崎くんは照れくさそうに口角を上げた。
「よく言われる。でも俺、運動よりも写真撮る方が、昔っから好きなんだよね。彼女と知り合ったのも、インスタでお互いの作品にびびっと来たからだし」
「そうだったんだ……!」
見た目で勝手に体育会系だろうと決めつけていた。目を白黒とさせていたそのとき、黒ぶちメガネの真面目そうな先輩が控えめに声を掛けてきた。
「こんにちは。一年生? 入会希望者かな? 写真に興味あるの?」
「あ、いや、俺はその……」
期待のこもった眼差しが痛い。助けを求めて狐崎くんを見ると、狐崎くんはウインクをして、「はい、部長!」と堂々と言い放った。
「俺のクラスメイトで、入会候補者です!」
「ええ⁉ いつの間にそうなったの……?」
おろおろとする俺と、悪びれない狐崎くんを見て、部長と呼ばれた先輩は、事情を察したかのように苦笑いを浮かべた。
「無理強いしちゃダメだよ、狐崎くん。いくら同好会消滅の危機っていっても、興味のない人を無理やり引っ張ってきたら可哀想じゃないか」
「消滅の危機?」
おうむ返しに問い返すと、部長さんは悲しそうに眉尻を下げた。
「同好会って、最低でも部員が六人いるんだよ。僕たちの代が卒業したら二人抜けちゃうんだけど、今の一年生は狐崎くんしかいないから……。もし他に誰も入ってくれなかったら、来年には写真同好会は解散になっちゃうんだ」
「そ、そうなんですか……」
狐崎くんが言っていた「人数が足りない」という意味が腑に落ちる。なんでいきなり引きずってこられたのかと思ったら、勧誘活動の一環だったということか。
ちらりと目を向けると、狐崎くんは話が早いとばかりに頷いた。
「春学期のときから日辻には目ぇつけてたんだよね。夏休み明けてもフリーだったら声かけてみようと思ってたんだ」
何がなにやら。立ち尽くす俺の背を押して、ぐいぐいと狐崎くんは視聴覚準備室の奥へと俺を導いていく。
「はい。これ持って」
渡されたのは、一台のデジタル一眼レフカメラだった。どうやら狐崎くんのマイカメラらしい。壊したらどうしようかとはらはらする俺に構わず、狐崎くんは楽しそうに使い方を教えてくれた。
「左手でレンズを支えて、人差し指はシャッターね。半押しでピント合わせ、全押しで撮影な。スマホのカメラでもいいんだけど、こういうカメラも楽しいもんだよ。とりあえず撮ってみようか。人と動物と花だったら、日辻はどれが一番好き?」
なんだその選択肢は。
そう思いつつも、俺は「ど、動物かな?」と反射的に答えてしまう。
「動物な! なら飼育小屋に行こうか」
「俺、写真とか全然分からないよ」
「大丈夫大丈夫。はじめはみんな初心者だから」
狐崎くんの勢いに押されて、俺たちはさっそく飼育小屋に足を運んだ。
促されるまま、俺はヤギのメイとジューンに向かってカメラを構え、ぎこちなくシャッターを切ってみる。
「いいね。ちゃんとピント合ってるじゃん」
何枚か撮ってみたところで、狐崎くんは画面を横から覗き込み、手慣れた様子でプレビュー画面を流し見ていく。
「被写体を真ん中に置くのもいいけど、対角線に置くような構図にすると、動きが出て面白いんだよ」
「こうかな」
「うまいうまい」
狐崎くんの教え方はうまかった。アドバイス通りに撮るだけで、エモい写真ができあがっていく。カメラを構えながら、俺はにやけそうになる顔を必死で引き締めていた。
『海の旅路』でも、サブクエストで写真を集めていくイベントがよく出てきた。ゲームの中の主人公たちもこんな気分だったのかなと思うと、なんとなく楽しくなってくる。
「日辻が撮ると、ヤギたちが近いな」
「そう?」
「そうだよ。ほら、俺の撮ったのと比べてみ? 全然距離感が違うだろ?」
楽しそうに狐崎くんがプレビュー画面を指差してくる。
言われてみれば、俺が撮った写真はヤギたちのドアップ写真が多かった。メイとジューンときたら、俺がカメラを構えるたびにいそいそと寄ってくるので、嫌でも寄り構図になってしまうのだ。
うんざりしつつ、俺は「飼育当番してたときもそうだったんだ」とぼそりと零す。
「俺が中で作業してると、すぐ一緒に見ようとしてきてさ。メイもジューンも、いつもちょっかい出してくるんだ」
「気に入られたんじゃないか? 日辻、静かだから落ち着くんだろ」
狐崎くんはにこにこしながらそう言って、「俺、写真のこういうところが好きなんだよな」と子どもみたいに目を輝かせた。
「写真の中に、撮った人がそのまま見えるっつーの? その人がどんな風に世界を見てるのかとか、被写体とどんな関係なのかとか、そういうものがそのまま映る。気持ちごと景色を切り取ってるみたいで、わくわくするんだ」
目を細めながら語る狐崎くんを、思わず俺はまじまじ見つめる。そんな目で写真を見たことがなかったから、新鮮だった。
俺の視線に気づいたのか、狐崎くんは照れくさそうに目を逸らすと、茶化すようにへらりと微笑む。
「ちょっとポエミーかな? でも、楽しくない? もし興味持ってくれたら、日辻も写真同好会に入ってよ。月に一回みんなで撮影会やるくらいで、活動日も特にないし。無理にとは言わないけど、俺、この同好会が結構好きでさ。続いてくれたら嬉しいなと思ってるんだ。別に一眼レフじゃなくても、スマホのカメラでも写真は撮れるし!」
「写真かあ……」
どうしよう。
借り物のカメラに視線を落とし、俺は眉根を寄せて考え込む。
特別写真に興味はない。でも、狐崎くんの言った、気持ちごと切り取るという言葉には、ちょっと心惹かれるものがあった。
悩んだ挙句に思い出したのは、ついこの間、大狼先輩が言っていた言葉だった。
『気になるものはとりあえずやってみたらいいさ。楽しいことはたくさんある方がいいだろ?』
俺も、やってみてもいいのだろうか。
ごくりと唾を飲み込んで、俺はおずおずと顔を上げる。
「俺、本当に初心者なんだけど、大丈夫かな……?」
「もちろん! でも、いいのか?」
きらりと目を輝かせた後で、狐崎くんは思い出したように付け加えた。
「連れてきておいてなんだけど、無理してないよな? 俺、せっかちだからいつもこうなんだけど、興味なかったら全然断ってくれても大丈夫だよ?」
「ううん。撮らせてもらって楽しかったから、やってもいいならやってみたいんだ。でも、今の時期から同好会に入るのって変じゃないかな」
「変なもんか。俺もいるし、元々人数も少ないし、平気平気! 来たいときだけ来たっていいし、撮影会のときに嫌でも顔合わせるから、すぐ馴染むよ。もし気まずくても、先輩たちと顔合わせるのも部活のときだけだしな」
「よかった」
ほっと胸を撫でおろす。
嬉しそうな狐崎くんと連れ立って視聴覚準備室へと戻ると、写真同好会の面々はあたたかく俺の入会を歓迎してくれた。スマホでも面白い撮り方ができるのだと親切に色々と教えてもらえたし、なかなか楽しそうだ。
忙しない一日を終えたその日の夜、俺はぼんやりと窓から空を見上げてみた。
今日は月が明るいから、空もきれいな藍色に見える。青より深く暗い色を見ているうちに、俺は自然と『海の旅路』を思い出していた。
写真って楽しいものなんですねと、大狼先輩に話してみたい。でも、今日みたいな偶然でもない限り、部活も委員会も違う大狼先輩と校内で顔を合わせる機会はきっとなかなか来ないだろう。
先輩たちと顔を合わせるのも部活のときだけだと狐崎くんは言った。その通りだと思う。
ハイキングのときにはまた話せるけれど、それから後にも会う機会はあるんだろうか。落ち込みかけたその時、ポケットの中でスマホが短く震えた。
――狼:日曜日は快晴みたいです
――狼:急ですが、予定がなければ、かがりび山へ登りませんか
(大狼先輩だ!)
通知を見た瞬間、ぱあっと表情が明るくなるのが自分で分かった。先ほどまでのもやもやとした気持ちが、みるみるうちに晴れていく。
――羊:暇です! 登りたいです!
――狼:よかったです
待ち合わせの場所と時間を決めたあとも、ぽつり、ぽつりと今日あったことを短く話す。廊下で会ったあと、大狼先輩は有馬先輩と一緒に走り込みに行っていたらしい。俺もあの後写真同好会に入ることになったという旨を報告すると、ぽこぽこと短いメッセージが立て続けに返ってきた。
――狼:『海の旅路』と一緒ですね
――狼:牧場で写真撮影をするの
――狼:羨ましい
――狼:俺も一緒に撮りたかったです
「いひひ」
見た瞬間、気持ちの悪い笑い声が口から勝手にこぼれていた。
大狼先輩も、やっぱり俺と同じことを考えたらしい。ヤギたち相手にカメラを向けるというのは、『海の旅路』の序盤で主人公たちがカメラを託される場面そっくりなのだ。あの場にいたなら、大狼先輩も間違いなく俺と同じようにこっそりにやけていたことだろう。
吹き出しそうになりつつ返信をして、ひと段落ついたところで、俺はスマホを抱えてベッドの上へと転がった。
(楽しみだなあ)
ハイキング自体も楽しみだし、大狼先輩とまた話せるのも楽しみだった。

