「よ、日辻。これ、沖縄土産な! 飼育当番、変わってくれてありがとう」
夏休み明け、教室で会うなり、狐崎くんはちんすこうの詰め合わせが入った袋を突き出してきた。
面食らいつつも「ありがとう」と受け取って、俺はそろりと狐崎くんを見上げる。
「……もらっちゃっていいのかな。結局宿題、手伝ってないのに」
宿題の件は忘れてくれと狐崎くんからLINEが入ったのは、大狼先輩と一緒にコラボカフェに行った日の夜のことだ。
あの日、昼に駅で会ったときには、狐崎くんは宿題を見せてほしいと結構な圧をかけてきたというのに、いざ夜になってみると「本当にごめんなさい。頼みごとの件は忘れてください」と人が変わったようにしおらしいメッセージが届くものだから、何があったのかとびっくりした。
そのことを思い出しながら尋ねてみると、狐崎くんはあからさまにバツの悪そうな顔をした。
「あの時は無理言ってごめんな。旅行に行くのに宿題も終わらせてきてなかったのかって、彼女にバレて散々怒られたよ。でもおかげで勉強教えてもらうって口実でたくさん会ってもらえたし、儲けもんだった」
「そうだったんだ」
どこの誰だか知らないが、彼女さんのおかげで悩まずに済んだ。感謝の気持ちでいっぱいだ。なんやかんやでお土産までもらってしまったし、ありがたい限りである。
色とりどりのちんすこうをほくほくと見下ろしていると、「あ、そうだ」と狐崎くんは突如として何かを思い出したかのように声を上げた。
「日辻ってさ、何も部活入ってないよな?」
「うん。帰宅部だよ」
「ってことは、ひとり行動も苦にならないタイプだよな?」
「まあ、うん。苦にならないっていうか、なんというか」
単につるむ相手がいないだけだ。
切ない気持ちで眉尻を下げる俺をよそに、狐崎くんはひとりで何を勝手に満足したのか、うんうんと嬉しそうに頷いた。
「いいね。完璧! 今日の放課後、空いてる?」
「え? うん」
「よし! じゃあ後でちょっと付き合ってよ。同好会の人数が足りなくて困ってたんだよね」
「人数って――」
何のことだと尋ねる間もなく、狐崎くんはパッと背を翻すと、「じゃ、また後でな!」と爽やかに他の人たちのところへお土産を配りにいってしまった。
(どうして俺はいつもこう勢いで押されちゃうんだ……⁉)
しかし、そんな自己嫌悪に浸る間もなく、放課後はあっという間にやってくる。
今度はいったいどんな厄介ごとを頼まれるのかと戦々恐々としている俺を、狐崎くんは有無を言わさず校舎の隅へと引きずっていった。
狐崎くんに限ってまさかカツアゲなんてことはないだろうけれど、行ったこともない三年の階に向かっているものだから、さすがにちょっと不安になってくる。
びくびくしながら歩いていると、狐崎くんは「そういえばさあ」と軽い調子で話を振ってきた。
「この間、日辻が駅で待ち合わせしてたの、二年の大狼先輩だろ。大丈夫なの?」
「えっ? 大丈夫って、何が?」
狐崎くんの口振りは、まるで有名人の話でもしているみたいだった。何のことを聞かれているのか分からず、俺はぱちぱちと瞬きをする。
そんな俺に焦れたのか、狐崎くんは内緒話でもするみたいに距離を詰めてきた。
「何ってほら……パシリとかにされてないかなってこと。大狼先輩ってヤバい人らしいじゃん? あの人、万引きだったかカツアゲだったか知らないけど、警察に逮捕されたことあるって聞いたことあるよ」
「そんな人じゃないと思うよ」
考えるより先に言葉が出た。きょとんとこちらを見返してくる狐崎くんに、俺は畳み掛けるようにまくしたてる。
「たしかに顔は怖いけど、大狼先輩は優しい人だと思うよ。それに、万引きのことだったら、たまたま現場に居合わせちゃっただけで、誤解なんだって」
「あ、そうなの?」
「うん! 顔のせいで犯人だって思われそうになっちゃったんだって。カツアゲとか万引きとか、そういうことをする人じゃないよ、絶対。先輩は真面目だし、自分の顔で怖がらせたら悪いって、むしろ色々気にしすぎるくらい気にしてる人だし!」
「……詳しいんだな」
若干引いた様子の狐崎くんを見て、俺は熱くなりすぎた、と慌てて口を閉ざす。
「ごめんね。つい」
「いや。俺の方こそ、知りもしないのに悪く言ってごめん。仲いいんだな」
「仲がいいっていうか、仲良くなりたいっていうか、うん。趣味が同じで、話してると楽しい先輩なんだ」
気まずい思いで謝罪し合っていたその時、近くの教室の扉が、がらりと音を立てて開かれた。
出てきた人の顔を見て、俺は思わずぼそりと呟く。
「……大狼先輩?」
まさに今話していた大狼先輩が、手に何やら封筒らしきものを持って立っていた。
硬直する俺と狐崎くんをちらりと見やって、大狼先輩は感情の読めない顔で軽く会釈する。先ほどの話を聞いてしまったのか、ただでさえ鋭い視線は、もはや見るものを射殺さんばかりに凶悪になっていた。おかげで隣の狐崎くんはすっかり怯えきっている。
「どうもどうも」
緊迫感を増した空気を破ってくれたのは、大狼先輩の後ろから出てきたアルパカみたいな先輩だった。俺と狐崎くんをちらりと見やって、納得したようにその先輩はへらりと笑う。
「狐崎くんと……君が例の日辻くんかな?」
例の?
首を傾げる俺とは対照的に、狐崎くんはほっとしたように表情を和らげ「有馬先輩。お疲れさまです!」とあいさつをした。知り合いなのかと交互に見ていると、狐崎くんがぼそりと教えてくれる。
「飼育委員の先輩なんだ」
「あ、そうなんだ」
有馬先輩は見るからに優しそうな人だった。かなり大狼先輩と距離が近いし、この人が前に言っていた山好きの幼なじみとやらだろうか。まじまじと見つめている間にも、有馬先輩は親しげに大狼先輩を肘で小突いて笑っていた。
「照れてんなよ、『大狼先輩』? 気持ち悪いな」
「うるさい」
「ま! いつからそんな生意気な口を利くようになったんだか。優しい後輩くんに好かれてよかったじゃないの」
照れていたのか。
言われてみれば若干目元が赤みを増しているような気がしなくもない。てっきり不機嫌にさせてしまったのかとハラハラしたけれど、そうでないならよかった。バレないように、俺はほっと小さく息を吐く。
「――日辻。かがりび山の話だけど」
「はいっ! なんでしょう!」
息を吐いたまさにそのタイミングで話しかけられ、思わず声が裏返った。そんな俺の反応に驚いたのか、大狼先輩は軽く目を見開くと、ふ、と息を漏らすように控えめな笑いをこぼす。
「調べてみたんだけど、今の季節ならやっぱり疏水川の入り口から入った方が良さそうだ。これ、地図と観光案内のパンフレット。よければどうぞ」
「わあ……! ありがとうございます」
ワンダーフォーゲル同好会の人たちにも話を聞いてみてくれるという話だったが、さっそく確認してくれたらしい。手渡された封筒を受け取ってにやついていると、大狼先輩はわずかに顔を近づけ、気遣うように声をひそめた。
「困りごとじゃないか?」
言葉足らずではあったけれど、ちらりと警戒するように狐崎くんを見ているあたり、また俺が何かを押し付けられそうになっているのではないかと心配してくれているのだろう。
(ほら、やっぱり優しい)
ほわりと胸があたたかくなる。
「大丈夫です。ありがとうございます」
狐崎くんは同好会の人数が云々と言っていたし、頼まれごとにしたってそう面倒くさいタイプのものではないはずだ。大狼先輩はまだ心配そうな顔をしていたけれど、「いざってときは先輩のアドバイス通りにしますから」と言うと、しぶしぶといった様子で身を引いた。
「何かあったら言ってくれ。……あと、さっきはありがとうな。嬉しかった」
照れたように微笑みかけられ、心臓がどきりと跳ね上がる。デフォルトの表情が険しいからか、大狼先輩の笑顔はいい意味で破壊力がすごい。見ていると意味も分からず頬が勝手に熱くなってくる。
とうとう直視していられなくなって、俺は慌てて目を伏せた。
「い、いえ。こちらこそ」
「また連絡する」
「はい! 日取りはまた後で決めましょう!」
頷き合って、俺は大狼先輩を見送った。ひらひらと手を振る有馬先輩にも会釈を返し、ふたりの先輩たちの姿が見えなくなったところで、隣から肺が空っぽになりそうなくらい大きなため息の音が聞こえてくる。
「びっっっくりした……! あんなに近くで大狼先輩と会う機会、二度もあるとは思わなかった」
「……? 委員会とかでは会わないの?」
同じ飼育委員だという有馬先輩とは、お互いに面識がありそうな感じだったのに。そう思って尋ねてみると、狐崎くんは何を言っているのか分からないとでもいうように、ほんのり訝しげな顔をした。
「大狼先輩は飼育委員じゃないだろ」
「えっ、そうなの?」
夏休みにはヤギたちのエサやり当番をしていたのに。大狼先輩も有馬先輩に頼まれていたのだろうか。
腑に落ちないながらも、俺たちは再度廊下の隅に向かって歩き出す。
「どこに行くの?」
尋ねると、今気づいたとばかりに狐崎くんは目を丸くした。
「言ってなかったっけ? ごめん。視聴覚準備室だよ。同好会だと部室棟に部室がもらえなくてさ、こういうすみっこの空き教室しか使わせてもらえないんだ」
「同好会って何の同好会?」
「それも言ってなかったかあ。ごめんなー、俺、いつもせっかちで」
ごめんごめんと頭をかきつつ、狐崎くんは廊下の隅に向かって歩いていく。かと思えば狐崎くんは、視聴覚準備室と書かれた小部屋の前でぴたりと止まり、当たり前のようにガラリと扉を開け放った。
「写真同好会だよ。ようこそ、日辻!」
夏休み明け、教室で会うなり、狐崎くんはちんすこうの詰め合わせが入った袋を突き出してきた。
面食らいつつも「ありがとう」と受け取って、俺はそろりと狐崎くんを見上げる。
「……もらっちゃっていいのかな。結局宿題、手伝ってないのに」
宿題の件は忘れてくれと狐崎くんからLINEが入ったのは、大狼先輩と一緒にコラボカフェに行った日の夜のことだ。
あの日、昼に駅で会ったときには、狐崎くんは宿題を見せてほしいと結構な圧をかけてきたというのに、いざ夜になってみると「本当にごめんなさい。頼みごとの件は忘れてください」と人が変わったようにしおらしいメッセージが届くものだから、何があったのかとびっくりした。
そのことを思い出しながら尋ねてみると、狐崎くんはあからさまにバツの悪そうな顔をした。
「あの時は無理言ってごめんな。旅行に行くのに宿題も終わらせてきてなかったのかって、彼女にバレて散々怒られたよ。でもおかげで勉強教えてもらうって口実でたくさん会ってもらえたし、儲けもんだった」
「そうだったんだ」
どこの誰だか知らないが、彼女さんのおかげで悩まずに済んだ。感謝の気持ちでいっぱいだ。なんやかんやでお土産までもらってしまったし、ありがたい限りである。
色とりどりのちんすこうをほくほくと見下ろしていると、「あ、そうだ」と狐崎くんは突如として何かを思い出したかのように声を上げた。
「日辻ってさ、何も部活入ってないよな?」
「うん。帰宅部だよ」
「ってことは、ひとり行動も苦にならないタイプだよな?」
「まあ、うん。苦にならないっていうか、なんというか」
単につるむ相手がいないだけだ。
切ない気持ちで眉尻を下げる俺をよそに、狐崎くんはひとりで何を勝手に満足したのか、うんうんと嬉しそうに頷いた。
「いいね。完璧! 今日の放課後、空いてる?」
「え? うん」
「よし! じゃあ後でちょっと付き合ってよ。同好会の人数が足りなくて困ってたんだよね」
「人数って――」
何のことだと尋ねる間もなく、狐崎くんはパッと背を翻すと、「じゃ、また後でな!」と爽やかに他の人たちのところへお土産を配りにいってしまった。
(どうして俺はいつもこう勢いで押されちゃうんだ……⁉)
しかし、そんな自己嫌悪に浸る間もなく、放課後はあっという間にやってくる。
今度はいったいどんな厄介ごとを頼まれるのかと戦々恐々としている俺を、狐崎くんは有無を言わさず校舎の隅へと引きずっていった。
狐崎くんに限ってまさかカツアゲなんてことはないだろうけれど、行ったこともない三年の階に向かっているものだから、さすがにちょっと不安になってくる。
びくびくしながら歩いていると、狐崎くんは「そういえばさあ」と軽い調子で話を振ってきた。
「この間、日辻が駅で待ち合わせしてたの、二年の大狼先輩だろ。大丈夫なの?」
「えっ? 大丈夫って、何が?」
狐崎くんの口振りは、まるで有名人の話でもしているみたいだった。何のことを聞かれているのか分からず、俺はぱちぱちと瞬きをする。
そんな俺に焦れたのか、狐崎くんは内緒話でもするみたいに距離を詰めてきた。
「何ってほら……パシリとかにされてないかなってこと。大狼先輩ってヤバい人らしいじゃん? あの人、万引きだったかカツアゲだったか知らないけど、警察に逮捕されたことあるって聞いたことあるよ」
「そんな人じゃないと思うよ」
考えるより先に言葉が出た。きょとんとこちらを見返してくる狐崎くんに、俺は畳み掛けるようにまくしたてる。
「たしかに顔は怖いけど、大狼先輩は優しい人だと思うよ。それに、万引きのことだったら、たまたま現場に居合わせちゃっただけで、誤解なんだって」
「あ、そうなの?」
「うん! 顔のせいで犯人だって思われそうになっちゃったんだって。カツアゲとか万引きとか、そういうことをする人じゃないよ、絶対。先輩は真面目だし、自分の顔で怖がらせたら悪いって、むしろ色々気にしすぎるくらい気にしてる人だし!」
「……詳しいんだな」
若干引いた様子の狐崎くんを見て、俺は熱くなりすぎた、と慌てて口を閉ざす。
「ごめんね。つい」
「いや。俺の方こそ、知りもしないのに悪く言ってごめん。仲いいんだな」
「仲がいいっていうか、仲良くなりたいっていうか、うん。趣味が同じで、話してると楽しい先輩なんだ」
気まずい思いで謝罪し合っていたその時、近くの教室の扉が、がらりと音を立てて開かれた。
出てきた人の顔を見て、俺は思わずぼそりと呟く。
「……大狼先輩?」
まさに今話していた大狼先輩が、手に何やら封筒らしきものを持って立っていた。
硬直する俺と狐崎くんをちらりと見やって、大狼先輩は感情の読めない顔で軽く会釈する。先ほどの話を聞いてしまったのか、ただでさえ鋭い視線は、もはや見るものを射殺さんばかりに凶悪になっていた。おかげで隣の狐崎くんはすっかり怯えきっている。
「どうもどうも」
緊迫感を増した空気を破ってくれたのは、大狼先輩の後ろから出てきたアルパカみたいな先輩だった。俺と狐崎くんをちらりと見やって、納得したようにその先輩はへらりと笑う。
「狐崎くんと……君が例の日辻くんかな?」
例の?
首を傾げる俺とは対照的に、狐崎くんはほっとしたように表情を和らげ「有馬先輩。お疲れさまです!」とあいさつをした。知り合いなのかと交互に見ていると、狐崎くんがぼそりと教えてくれる。
「飼育委員の先輩なんだ」
「あ、そうなんだ」
有馬先輩は見るからに優しそうな人だった。かなり大狼先輩と距離が近いし、この人が前に言っていた山好きの幼なじみとやらだろうか。まじまじと見つめている間にも、有馬先輩は親しげに大狼先輩を肘で小突いて笑っていた。
「照れてんなよ、『大狼先輩』? 気持ち悪いな」
「うるさい」
「ま! いつからそんな生意気な口を利くようになったんだか。優しい後輩くんに好かれてよかったじゃないの」
照れていたのか。
言われてみれば若干目元が赤みを増しているような気がしなくもない。てっきり不機嫌にさせてしまったのかとハラハラしたけれど、そうでないならよかった。バレないように、俺はほっと小さく息を吐く。
「――日辻。かがりび山の話だけど」
「はいっ! なんでしょう!」
息を吐いたまさにそのタイミングで話しかけられ、思わず声が裏返った。そんな俺の反応に驚いたのか、大狼先輩は軽く目を見開くと、ふ、と息を漏らすように控えめな笑いをこぼす。
「調べてみたんだけど、今の季節ならやっぱり疏水川の入り口から入った方が良さそうだ。これ、地図と観光案内のパンフレット。よければどうぞ」
「わあ……! ありがとうございます」
ワンダーフォーゲル同好会の人たちにも話を聞いてみてくれるという話だったが、さっそく確認してくれたらしい。手渡された封筒を受け取ってにやついていると、大狼先輩はわずかに顔を近づけ、気遣うように声をひそめた。
「困りごとじゃないか?」
言葉足らずではあったけれど、ちらりと警戒するように狐崎くんを見ているあたり、また俺が何かを押し付けられそうになっているのではないかと心配してくれているのだろう。
(ほら、やっぱり優しい)
ほわりと胸があたたかくなる。
「大丈夫です。ありがとうございます」
狐崎くんは同好会の人数が云々と言っていたし、頼まれごとにしたってそう面倒くさいタイプのものではないはずだ。大狼先輩はまだ心配そうな顔をしていたけれど、「いざってときは先輩のアドバイス通りにしますから」と言うと、しぶしぶといった様子で身を引いた。
「何かあったら言ってくれ。……あと、さっきはありがとうな。嬉しかった」
照れたように微笑みかけられ、心臓がどきりと跳ね上がる。デフォルトの表情が険しいからか、大狼先輩の笑顔はいい意味で破壊力がすごい。見ていると意味も分からず頬が勝手に熱くなってくる。
とうとう直視していられなくなって、俺は慌てて目を伏せた。
「い、いえ。こちらこそ」
「また連絡する」
「はい! 日取りはまた後で決めましょう!」
頷き合って、俺は大狼先輩を見送った。ひらひらと手を振る有馬先輩にも会釈を返し、ふたりの先輩たちの姿が見えなくなったところで、隣から肺が空っぽになりそうなくらい大きなため息の音が聞こえてくる。
「びっっっくりした……! あんなに近くで大狼先輩と会う機会、二度もあるとは思わなかった」
「……? 委員会とかでは会わないの?」
同じ飼育委員だという有馬先輩とは、お互いに面識がありそうな感じだったのに。そう思って尋ねてみると、狐崎くんは何を言っているのか分からないとでもいうように、ほんのり訝しげな顔をした。
「大狼先輩は飼育委員じゃないだろ」
「えっ、そうなの?」
夏休みにはヤギたちのエサやり当番をしていたのに。大狼先輩も有馬先輩に頼まれていたのだろうか。
腑に落ちないながらも、俺たちは再度廊下の隅に向かって歩き出す。
「どこに行くの?」
尋ねると、今気づいたとばかりに狐崎くんは目を丸くした。
「言ってなかったっけ? ごめん。視聴覚準備室だよ。同好会だと部室棟に部室がもらえなくてさ、こういうすみっこの空き教室しか使わせてもらえないんだ」
「同好会って何の同好会?」
「それも言ってなかったかあ。ごめんなー、俺、いつもせっかちで」
ごめんごめんと頭をかきつつ、狐崎くんは廊下の隅に向かって歩いていく。かと思えば狐崎くんは、視聴覚準備室と書かれた小部屋の前でぴたりと止まり、当たり前のようにガラリと扉を開け放った。
「写真同好会だよ。ようこそ、日辻!」

