宝石の街は今日も、のどか


 すっきりとした美しい青の瞳が、静かに開かれた。
 柔らかな光にも見える霧が晴れていくと、そこには見慣れたような、そうでもないような不思議な街が現れる。

「私、は……宝石のユークレース。推し数字は2。及び、偶数」

 鮮やかな青い瞳を持ち、明るめの茶髪でウルフカットをしている彼女は、街の入り口でそんなことを呟いて自らの記憶を探った。
 しかし今、何故ここにいるのかは思い出せない。自分のことすらも、これまでの経験といったものがあれこれと抜け落ちている。

「……まあ、いっか」

 とりあえず存在はしていることだし……と、ユークレースは大きく息を吐く。何やら人間の姿になってるっぽいけど、それもまた自分という存在を揺るがすものではない。

 彼女は物事を、あまり深く考えない性格だった。

「ていうか、それよりも。あそこの竹垣、めっちゃかっこいい」
「何言ってんの、あんた」

 ユークレースが近くの垣根に見惚れていたら、後ろから勝気な声が飛んでくる。彼女が振り向いた先で仁王立ちしていたのは、左右非対称の瞳の色を持つ人間の女性だった。正確には、『人の姿をした宝石の誰か』だけれども。

「見ない顔ね。道に迷ったの?」
「あ、はい。何か知らないうちに、ここに居て……」
「ふうん、今来たばっかりってことね。了解」

 尋ねられてユークレースが応えると、女性は納得するように、ボリュームのある金髪のツインテールを揺らして頷く。

「じゃ、ピーちゃんの所に案内するわ。あたしはアレキサンドライト。アレキでいいわよ。あんたは?」
「私はユークレースって言います。じゃあ、私はユークで。あの、ピーちゃん?というのは……」
「この宝石の街シキオンの代表、パラスティックペリドットよ」

 アレキはそう言って、楽しそうに左右非対称の色の目を細めた。



 街の中をアレキに続いて歩き、ユークレースが辿り着いたのは、どこか神秘的な雰囲気の建物。でも、とても優しいエネルギーに満ちている。風通しの良い公共施設といった感じだ。

「まあ、アレキ。貴方が連れてきてくれたんですね」
「そうよ。あたしだって、ちゃんと気づけるんだから」

 得意げなアレキは誰かを思い浮かべているようだったけれど、ユークレースには分からない。そして『ピーちゃん』だと思われる女性は、太陽のような暖かさを感じる黄緑色の瞳と、やや淡い金色の長い髪。まさしく宇宙を彷彿とさせる、不思議なエネルギーを持つ宝石だった。

「初めまして、ユークレース。私は昔、宇宙から地球へやってきたパラスティックペリドットです。このシキオンの街は私が、大地より溢れる膨大なエネルギーを借りて創りました」

 パラスティックペリドットことピーさんが淹れてくれたお茶を飲みながら、ユークレースは彼女の話に耳を傾ける。ちなみにアレキは用事があるからと、既に建物を後にしていた。
 そんな折。
 ふとお茶が玉露であることに気づいたユークレースは、つい湯呑みの中を凝視する。何となく懐かしさを感じるものの、何故なのかは見当がつかなかった。

「ここでは沢山の宝石たちが、思い思いに過ごしています。出入りも自由ですから、外界に遊びに行く宝石もよく居ますね。貴方も、好きなようにして頂いて構いません」
「ありがとうございます。えと、皆さんはどうやってここに来たんですか? 私、何でここに居るのか思い出せなくて」
「そうなのですね。理由はそれぞれですが、ここに来る宝石たちは街との縁があった為です。それが最も重要なことなんですよ」

 ピーさんは優しく微笑んで、静かにお茶を啜る。そこはかとなく話を逸らされた気がするが、ユークレースは玉露が美味しいので『まあ、いっか』と思考を止めた。

「ところでですが……その最後の一つのクッキー、半分こしませんか?」
「私のことはお気になさらず、どうぞ召し上がってください」

 うふふ、と聖母の如く皿をユークレースに寄せるピーさんだったが、ユークレースはきらりと目を光らせる。

「ピーさん。もう食べられないとか、調子が悪いとか、そういったことは?」
「いいえ、そういう訳ではありませんよ。健康です」
「では半分こしましょう。私、分割するの得意なんです」

 ユークレースは早口で言ったかと思えば、ヒュッと指で宙をなぞった。すると小ぶりなクッキーが、ぱかっと見事な二等分にカットされる。
 これはユークレースが元々持っている、宝石としての魔力であった。

 宝石たちは各々が、様々な能力を有している。その力はこの街、更に言えば街が存在する場所からのエネルギーによって、大幅に強化されていた。

「流石、ユークレース。貴方の名前には、『割れる』という意味があるのでしたね」
「はい。実は今、思い出しました」

 そんな返事とともに、ユークレースはへらりと笑みを浮かべる。彼女とシキオンの穏やかな縁が、そこに表れているようだとピーさんは思った。

「それじゃあ、ちょっとお邪魔していても良いですか? この街に」
「勿論です。好きなだけ、のんびり過ごして下さいね」

 こうしてユークレースは、宝石の街シキオンで暮らし始めることとなる。
 彼女が憧れの竹垣を望む場所に自宅を構えるのは、また別の話。



 ―第一話 おわり―