ポケットに、恋とお菓子をいっぱい詰めて

 あの日以来、大町くんと話すことはほとんどなかった。もとからそんなに関わりがあったわけでもないから、いつもの生活に戻ったというのが正しいだろう。それに、このクラスにいて大町くんと話すことなんて特段珍しいことでもない。彼は本当に人付き合いのフットワークが軽い。休み時間になると大町くんはいつも男女問わず4、5人に囲まれていて、中心で大きな口を開けて笑っている。あんなに大人数でいて、なぜ揉め事が起きないのか不思議で仕方ない。

 「織くん、何見てんの」
 「あ、いらっしゃい、三國(みくに)

 ぼんやりしていると、突然背後から声がする。とん、と優しく肩に手が置かれたのに導かれて振り返ると三國有栖(ありす)がいた。重そうな巾着の中にはいつも2段弁当が入っている。
 三國が僕の目の前に腰掛ける。ここは最前の席のはずなのに、その実最前ではない。教室の前方にある余った机と椅子のセットは、三國が昼休みに僕と昼食を食べるために持ってきたものだ。もちろん本当はこんなことしてはいけない。実際、再三教師から注意を受けて机と椅子は撤去されているけれど、全く反省していない三國は懲りずに復旧をする。ついに教師が根負けして、三國が粘り勝ちしたわけだ。一度本人に、そんなに僕と昼食を食べたいなら中庭のテラス席にでも行く? とやんわり諦めるように伝えたことがあるが、「いい。これは先生と遊んでるだけだから気にしないで」と時代劇の悪代官もびっくりの企みに満ちた笑顔で言われたことがあった。

 「6人くらいのグループって、仲間割れとかしないのかなって思って」
 「あー、大町のとこ? あそこ、みんなユーガユーガってすごいよね」

 三國は椅子に反対向きに腰掛け、僕の机に弁当を置く。三國は小柄だ。確か今年の身体測定では161センチと言っていた。三國が弁当を開けると、唐揚げに照り焼きソースがかかったウインナーに、ハンバーグに肉巻きと、まぁものの見事に茶色いおかずが目に飛び込んでくる。毎日自分で作っているらしいお弁当は、三國の好きなものばかりで構成されている。食べても食べてもお腹が空くと嘆くところを見るに、三國は遅れて成長期がやってくるタイプじゃないかと思うのだけれど。せめて健康でいてほしいとの気持ちをこめて、僕のお弁当に入っていたブロッコリーをひとつ三國の弁当箱に移す。

 「俺はああいうわいわいしたところ好きじゃないしな。女子がいるとかわいいばっかり言われて会話になんないし」

 ブロッコリーは一瞬で三國の口の中に吸い込まれ、次いで大きな唐揚げが消えた。
 確かに、三國の顔は整っている。可愛らしい顔つきに、小柄な身体、男臭くないところは、女子からしたらたまらないのかもしれない。
 その実、口は悪いし、割とひねくれているけれど。
 この話には根深い問題があるから、僕も不用意に触れないようにしている。

 「見て、今川、めっちゃ大町の横がっつりホールドしてない?」
 「ほんとだ。わかりやすいね」

 今川さんはいわゆるギャルに分類されるような人で、長い髪を毎日くるくるに巻いてばっちりメイクをしている。ぐるんと上を向いたまつ毛は、近くで見ると少し怖い。大町くんの左側に椅子を置いて陣取る今川さんは、何も知らない人からしたら大町くんの彼女に見えるだろう。もしかしたら僕が知らないだけで、ふたりは付き合っているのかもしれないけれど、

 「あ、大町が逃げた」
 「ほんとだ。わかりやすいね」

 大町くんの露骨さに、思わず10秒前と同じ言葉を繰り返す。今川さんが大町くんの左腕に触れ、その勢いのまま彼の腕に自身の腕を絡めようとした。結局それは叶わず、大町くんはするっと今川さんをかわしたあと、別の男子のところに行って、あげくその男子を連れて更にグループの人数を増やしてしまった。

 「あそこ見てるの面白いな。そのうちクラス全員が大町ファミリーになんじゃない?」
 「三國が絶対に入らないから無理でしょ」
 「確かに」

 大町くんに振られた今川さんは一瞬だけ顔をしかめたけれど、すぐにまた笑顔に戻る。アイドル顔負けの切り替え速度だ。今川さん以外の女の子は互いに目を合わせていかにも気まずそうな表情を作る。その裏にはあまりよろしくない意味も含まれていそうで、たった一瞬で、グループ内での今川さんの立場がよくわかった気がする。

 「モテ男は大変だ」
 「な。俺はすみっこ族でいいよ。疲れるし」

 もう一度大町くんのグループに目を遣る。それほどじっと見つめるつもりはなかったのに、視線に気づいたのだろう、笑いの波が落ち着いた大町くんと、ほんの一瞬だけ目があった。けれど、その姿はすぐに取り巻きの人の背中で見えなくなってしまう。

 「それはそうとさぁ、織くん」
 「なに」
 「さっきの宿題、いまやった方が楽だと思わない?」
 「……僕の写そうとしてるだろ」
 「違うって。まぁ、教えてほしいけど……」

 ここぞとばかりにきゅるきゅるとした目を向けてくる。男相手にそんな顔をしても無駄なのに、三國はこういう戦い方しか知らない。普通に教えてって言えばいくらでも教えるのに、こいつはいつまでも自分には見た目しか武器がないと思っている節がある。

 「いいよ。僕でよければ、いくらでも」

 僕も似たようなものだ。
 僕だって、勉強しか取り柄がないんだから。




 特に部活にも入っていない僕は、16時30分の授業終了時刻になると、どこにも寄らず図書室を目指す。図書室は校舎から少し離れたところにあるせいで、今日も誰にもすれ違わなかった。生徒に利用されてなんぼの図書室がこんなに不便な場所にあることに誰も異を唱えていないのか不思議だ。まぁでも、それで受けている恩恵があることは確かだ。図書室をあえて遠いところに作ることによって、本当に本が好きな人か、本当に静かに勉強したい人しか来ないようにできるから、いまの治安が維持されているのだろう。
 いつもの席に座って、テキストを出す。もう中間テストが迫っている。2年生になって初めての中間テストで失敗するわけにはいかない。1年生の頃から頑張り続けていたのが、水の泡になってしまわないように、誰よりも頑張る。
 一番上の兄さんは医師国家試験に合格して、この春から研修医として急性期病院での勤務を始めた。もうひとりの兄さんも、無事進級し、医学科6回生になった。
 中間テスト程度で音を上げている場合じゃない。


 一通り宿題も予習復習も終えて家に帰る。門のところから既に、誰の気配もない。そりゃそうだ。兄ふたりはもう家を出ているし、両親は19時なんかに帰ってきやしない。玄関の扉を開けても真っ暗で、少しひんやりとした空気が僕の肌を撫で、通り過ぎていく。リビングの電気をつけて、夕飯の支度をする。仕事で疲れた両親は食事の準備ができるほどの余裕がないことが多い。それに、いつまでも待っていたらいつ夕飯を食べられるかわからないから、いつからか自分で料理をするようになった。簡単に焼きそばを作って、両親の分を置いておく。もし飲み会や緊急の患者対応などで夕飯が不要になったときは、明日の僕の弁当の中身になる。
 夕飯を終えて風呂に入り、少しだけ本を読んで寝ようと思っていたとき、玄関の扉が開く音がした。1階のリビングでは、帰宅したばかりの父がソファに座ってスマホを触っていた。

 「おかえり、父さん」
 「ただいま。ソースのいい匂いがするな」
 「焼きそば。冷蔵庫に入れてるから食べるならレンチンして」
 「ありがとうな、織。母さんはいま分娩が始まったらしくて今日帰ってこないってよ。カイザーになるかもって連絡来てた」
 「そう。なら仕方ないね」

 よくあることだ。共働きの医者家系のうちでは、小さい頃から家族揃って夕飯を食べた回数なんて数えるほどしかなかった。別にそれに対して今更どうこう思うこともないし、患者のために毎日身を粉にして働いている両親のことは、純粋にすごいとも思う。

 「父さん、僕、今日の小テストは満点だったよ」
 「まぁ小テストはな。次も頑張れよ」

 簡単にそれだけ返ってきて、おやすみの言葉を背に、僕は自室に戻る。

 この家では、テストで満点を取ることは褒めるようなことじゃない。有名私立高校に受かることだって通過点のひとつでしかない。毎日人の命を預かって、何人もの人を救っている両親からしたら、僕のテストの結果なんて取るに足らないことだ。学年トップであり続けた兄たちだって、当たり前のことをしただけ。
 小学校の時から使っている自室の机には、定規やコンパス、シャーペンの先で作った引っかき傷がたくさんある。
 テストで満点を取れなかった日、満点だったのに両親が帰ってこなかった日、兄たちの優秀さに隠れて褒めてもらえなかった日。涙を流すなんてかっこわるいことはできなかったから、こうして机をひっかくことで気を紛らわせていた。

 「寝よ」

 独り言は、肌寒い部屋によく似合う。なぜか寝る前にふと思い出したのは、クラスの真ん中で大きな口を開けて笑う彼だった。きっと彼が独り言を零したら、たちまちそれはグループの話題となるんだろう。

 かり、と机に爪を立てる。

 分厚い木の板にひとつも傷はつかなくて、ざらりとした溝から伝わってくる振動が、心臓の鼓動を少しだけ邪魔をしてくるようだった。
 



 毎日予習復習をしていると、あっという間に中間テストがやってきた。全体的に手応えはあったけれど、英語で躓いた自覚がある。得意科目だから、無意識に気を抜いてしまっていたのか。満遍なく勉強しているつもりだったのに。
 教壇に立った英語教師が最高点を書く。
 89点。
 その文字に、教室中がどよめきで満ちる。

 「は? おかしいでしょ」
 「最高点が90点いかないとか今まであった?」
 「なかったって。てことは、永田がしくったってこと?」

 喉がきゅ、と締まる。頭の中はぐるぐるととりとめのないことを考えているようで、もう何も働いてなんかいなかった。
 少なくとも、僕の答案も90点を下回っている。
 高校に入ってからこんなことは一度もなかった。
 教師に名前を呼ばれる。固まった身体は思うように言うことを聞いてくれなくて、立ち上がったときに机に腰をぶつけてしまった。

 「永田でも難しかったか。ちょっと今回問題作成失敗したな」

 先生にかけられた言葉なんて、正直どうでもよかった。答案を見ると、86点。最高点でもなかった。
 喉は張り付いて動いてくれない。いま声を発したら確実に震えているだろう。どうしようもなくて、先生と目を合わせることもせず、静かに席に戻った。
 手が震える。間違ったところの修正をするために赤ペンを持つも、手が冷たくて全く動かない。真冬でもないのに、血が通っていないみたいだ。この手は自分の解答が間違っていることを頑として認めたくないらしい。

 「今回のテスト、何も難問を出したつもりはなかったんだがな。いままで習った単語、文法なのに解けなかったろう。これが難関大学の入試問題だと当然のように起こるんだよ。基礎固めの大切さを学んで欲しかった。まぁでもさすがに成績に影響するから、今回のテストは赤点のラインを15点にする」

 教師の最後の言葉に、教室が騒がしくなる。
 何度も模範解答と自分の解答を照らし合わせてみたけれど、間違いは何一つ正解になってはくれなかった。




 授業が終わる。いつものように図書室に向かおうとしたけれど、足が進まなかった。
 だだっぴろい校内をひとりで意味もなく歩く。部活をしている生徒は、グラウンドか体育館か、道路を挟んだ向かいにある武道館、それから各部室に散ってしまった。意外と放課後の校内は、人がいない。
 知らない間に校舎裏にある職員駐車場のそばまで来てしまっていた。教師しか用事のないここは、本当に人がいない。こんなに早く帰宅できる教師もいないから、植木の葉が風に揺られる音しかしない。
 僕は校舎の冷たい壁に背中を預け、ひとつ息をつく。
 視界が滲む。別に泣きたくなんてないのに。泣いたって何も変わらないのに。どうしても止められなかった。
 誰かから満点を取ることを強制されたり、満点じゃなかったら罵られたりするわけでもないのに、どうして僕はこんなにもうまくやれないんだろうとぐちゃぐちゃな思考が騒がしい。
 溜めきれなくなった涙は、スラックスとブレザーの袖を濡らしていく。布地に落ちて膜が張ったように浮いた涙は、時間をかけて繊維の間に沈み込んでいく。
 狭くなった喉から、ひゅ、と無理やり呼吸をする。
 頭の真ん中と涙は不快なほどに熱いのに、校舎に触れた背中がじんじんと冷えていく。

 その時、ざり、と足音が聞こえた。
 この場から去らなければと思い咄嗟に顔をあげる。

 「っ……」

 通路に立っていたのは、大町くんだった。

 「え、なに、どうしたんまじで」

 永田じゃん、と大町くんはゆっくりとした歩みでこちらへ寄ってくる。こんなことなら顔をあげるんじゃなかった。今更隠しても遅いのに、泣いている顔を見られたくなくて膝に埋める。

 「まじかぁ……」

 心底困ったようにそう言った彼は、何を思ったのか僕の横にすっと腰をおろした。

 「なんか、いじめられでもした?」

 気遣った優しい声。返事をするか迷ったけれど、余計な心配をかけたくなくて少しの間を置いて首を横に振る。

 「ほんとに? だったらいいんだけど」

 すぅー、と大町くんが息を吸う。僕も倣って深呼吸をしようとしたけれど、吸う息はみっともなく揺れていた。

 「今日、なんか泣くようなことあったっけ」

 教室の真ん中にいるときとは違う、言葉を選んだようなゆっくりとした話し方に、僕がどれだけ大町くんに迷惑をかけているかがわかる。

 問いかけには返事をしない。
 というか、できなかった。
 声が出ない。
 すすってもすすっても鼻水が出てきて、喉に蓋をされる。ここまできたら、もう自分の意思で泣き止むことはできなかった。

 「んーー? 今日、テスト返ししかなかったけど……」

 その言葉に、喉の奥でこらえようとしていた声が少し大きく漏れる。

 「あー。テストか。点数悪くてへこんでんの?」

 僕はいま、へこんでいるのか。行き場のない無力感や焦燥感がごちゃまぜになって、自分が怒っているのか悲しんでいるのかすらもわからなくなっていた。

 「俺は大して勉強してなかったから25点でも別に悲しくないけど、永田、頑張ってるもんな」

 倒れるくらいには、と大町くんがぼそっとこぼす。
 なんだか、その言葉がとても嬉しかった。
 そうだよ、僕、頑張ってるんだよ。

 「……がんばってる。のに、点数悪かった」

 絞り出した声は力が入っていないかと思いきや、思わうところで裏返る。ださいことこの上ないけれど、もうこの際なんでもよかった。

 「まーしゃーねーわ。テストとか運ゲーなとこあるし」

 所詮俺らは先生の手のひらの上で転がされてんのヨ、と大町くんが変に語尾をあげて、冗談めかして言う。

 「あとさ、永田。下向いて泣くと顔むくむぞ」

 せめて上向け、と。こんな状態で顔を晒したくなんてなかったけれど、夜になっても泣いたのがバレバレだと、流石に両親に怪しまれてしまう。
 意を決して、顔をあげる。
 夏の気配がする風は、まだほんの少しだけ冷たくて、自分の目が驚くほどに熱を持っていたことに気づいた。

 「涙は物理で乾かすに限る!」

 しばらく上向いてろなー、と大町くんも同じように空を仰ぐ。空はポスターカラーを塗ったみたいな均一な水色で、ちぎれたように浮かんでいる雲はこれまた均一に真っ白だった。

 「このこと、誰にも言わねぇから安心しろ。けど、万が一お前が闇落ちして俺の弱み握って脅してくるようなことがあったら、そんときは言うわ」
 「そんなことしないよ」

 もう声は震えていなかった。不思議なくらいすっと涙が引いた。冷たい風を吸い込んで、頭の奥の方がすっと冷えていく。

 「大町くん、なんでこんなところ来たの」
 「このあと用事あるんだけど、まだちょっとはえーから散歩してたんだよ」
 「いつもの友だちは?」
 「あいつらは散歩とかしねぇだろ」

 ないない、と困ったように眉を下げて笑う。散歩はひとりでするもの、じゃあ友だちとは何をするものなんだろう。クラスの真ん中で笑うための線引きは、僕には理解できなかった。

 「つか永田、休み時間にこっち見てくんのやめろ」
 「……ごめん」

 この間の休み時間に目があったことを引き合いに出されると思っていなくて、悪事がバレて親に叱られる子どものように一瞬肩が縮こまる。

 「別にいいけど、混ざりたいのかと思って声かけるか真剣に悩んだわ」
 「そっち?」

 気味の悪い視線を向けてくるなとか、俺は見せもんじゃねぇとか、そういう尖ったことではなく、僕を仲間に引き込むか悩むからやめてくれって。そういや、大町くんのグループはいろいろな人を巻き込んで短い休み時間の中で大きく成長していた。大町ファミリーと三國が呼んでいたものに、僕が勧誘されるところを想像してみるけれど、あまりにも現実味がなくて、何の映像も浮かんでこなかった。

 「あのさ」
 「ん?」
 「あんなにグループに人がいて、うまくいかなくなったらどうするの?」

 我ながらすごく卑屈な質問だなとは思う。けれど、大町くんの取り巻きをみて思わずにはいられなかった。

 「別になんとも思わないんじゃね? うまくいかなかったら別の人といればいいし」

 言い淀みも悩みもせず、あっけらかんとしている。大町くんは足元に転がっていた石ころを手にとって、おもむろに地面にマルを描き始める。

「ここがだめならここ、ここもだめなら次はあっち、あっちがだめならそっち」

 散り散りに描かれていくマルの大きさはばらばらで、どれも少し歪だった。ちびて小さくなった石を、大町くんは遠くにぽいと放る。

 「モテ男は言うことが違うね」
 「まー。否定はしない」

 恐ろしいまでに嫌味のないきれいな笑顔に吸い込まれるも、思わず目を逸らす。自分が泣き腫らしていることをすっかり忘れていた。

 「俺そろそろ時間だから行くわ」

 立ち上がる前に大町くんががさごそとポケットの中を漁る。右ポケットから出てきたのは、飴玉だった。ぐっと左手を掴まれ、半ば強引に小さな飴玉を握らされる。

 「あ、ありがと」
 「それ、飴の中にガム入ってるやつ。ガム食える?」
 「うん。けっこう好き」

 眠気覚ましにミントのガムをよく噛んでいる。茶色のパッケージをよく見てみると、顔のついたコーラの瓶が口を尖らせ。ガムでフーセンを作っているイラストが描いてあった。

 「俺、毎回我慢できなくて早くに噛んじゃってさ。歯に飴つくんだよな」
 「飴噛んじゃうタイプなんだ?」
 「噛むだろ。永田は……じっくり舐めてそう」
 「うん。で、最後に薄くなった飴で舌をケガするまでがセット」
 「なんだそれ。それなら噛む方がいいだろ」

 んじゃ帰るわ、と大町くんが校舎へ向かって歩いていく。手ぶらなところを見るに、荷物は教室に置いてきているんだろう。

 「大町くん」

 離れ始める背中に声をかける。
 振り向いて、僕が話し始めるのを待っていてくれる。きっとこういうところが、色んな人とうまくやっていける秘訣なんだろう。

 「いつも、お菓子持ってるの?」

 別にこんなこと、わざわざ彼の足を止めてまで訊くことじゃない。泣いていた僕の相手なんて、面倒なことをさせてしまったとわかっているのに。
 どうしても、初めてちゃんと話したときに見た、『だがしや おおまち』の文字が頭から離れない。

 「まぁな。売るほどあるから」

 あ、でも、と言葉は続く。

 「誰にも言うなよ。俺はお前のこと言わねぇから、その代わりに」
 「うん」

 やば、とスマホをちらりと見て彼は去っていく。遅い時間だったとは言え、学校にエプロンを着けてくるくらいだから、彼の友人は皆知っているもんだと思っていた。
 ふと思いつき、ポケットから自分のスマホを出して、検索エンジンに『だがしや おおまち』と打ち込んでみる。数秒待ったあと出てきたのは、店名と地図アプリに連携された情報だけだった。この学校から2駅離れたところにあるらしい。目を引くような派手なものはなにもない、地域の駄菓子屋さんといった佇まいの一軒家が提示される。
 文字でしか見たことのなかったものが、実際に存在すると知れてなんだか安心した。
 スマホをしまい、大町くんにもらったキャンディガムの封を開ける。彼の体温のためか飴が若干溶け始めていて、包みから出すのに少し手間取った。口に入れると、炭酸の抜けたコーラの風味が広がる。大町くんの癖に倣い、すこし早い段階で噛んでみる。ばり、とキャンディが砕ける音がして、中からふわふわのガムが出てくる。ガムを噛むとキャンディが歯につく。キャンディを舐めようとじっとしていると、ガムを持て余しているような感じがしてなんとも落ち着かない。小さい頃はどうやって食べていたっけなと考えているうちにキャンディが溶け、ガムだけが口内に残された。

 久しぶりに作ったフーセンは、思ったよりも大きくなってしまった。自然には割れてくれなかったから仕方なく口の中に引き込む。舌を使ってフーセンを上顎に押さえつけると、頭の中にぽん、と音が響いた。